第22話 脱出不可能

 俺が捕らえられて、どれくらいの時間が経過しただろうか。腹の減り具合から数時間は経っているだろう。

 その間、何度かウルフを説得するも無駄に終わった。

 しかし、1つだけ収穫があった。ウルフ達は、好きでキツネ達を襲っているわけではないと言う事だ。

 この炭鉱に近づく者はすべて排除しろとの命令なので、この辺りをうろつかなければ襲うことはないらしい。


 暫くすると、こちらに近づいて来る複数の足音。牢の前へと現れたのは、盗賊のボスであるボルグと、もう1人の見知った男。


「こいつなんだが……。どうだ?」


「ああ。コイツで間違いない」


 聞いたことのある声。薄暗い牢の中、目を凝らしてその男の顔を覗き見ると、俺は目を見張った。

 村の冒険者であるブルータスが、そこに立っていたのだ。


「ブルータス! 助けに来てくれたのか!?」


「はぁ? そんな訳ないだろ。ここは俺の住処だぞ?」


 理解が追い付かず、一瞬の間が空いた。


「……盗賊の……仲間……なのか?」


「そうだよ。残念だったな」


「じゃぁ、なんで冒険者なんて……」


「これから襲撃する村の調査に決まってんだろ? 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすってな。ちいせぇ村だが油断はしねぇ。それが長く盗賊をやるコツだぜ? ギャハハハ……」


 段々と顔が青ざめていくのが自分でもハッキリとわかった。

 盗賊達は、確認できただけでも20人は居たはず。それが全員かどうかはわからないが、そこにウルフ達も加わるのだ。村のギルドでどうにか出来るレベルではない。

 しかし、ミアとカガリがギルドに報告に行っているはずだ。明日まで待てば、街のギルドから応援が来るはず……。


「お頭。こいつの仲間が村のギルドに報告に来た。ベルモントのギルドには偽の依頼を出してるからすぐに討伐隊はこねぇと思うが、このアジトは捨てた方がいい」


「チッ、クソが! ここは中々居心地が良かったんだが……。まぁしょうがねぇ。前のアジトに戻るぞ。ギルドからの襲撃はどれくらいだ?」


「そうだな……。依頼は空振り。帰還してから準備しても、まぁ3日はかかるだろう。その間にアジトを移して村を襲撃すりゃ、ギリギリいけんじゃねーか?」


「3日だと!?」


 あまりの衝撃に声が出る。


「なんだ? 意外か? お前がそれを知ったところでどうしようもねぇだろ。ここから一生出れねぇんだからな」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるブルータス。

 このままでは村が盗賊の手に落ちてしまうのも時間の問題。どうにかしたい気持ちはあるものの、出来ることと言えば指をくわえて見ていることくらいだ。


「待ってくれ、何故村を襲うんだ!」


 ボルグはその言葉に驚きを隠せないといった表情を浮かべていた。そして俺を鼻で笑ったのだ。


「盗賊が村を襲うのに理由がいるのか? まあ、強いて言うならカネと女だろ? なぁブルータス?」


「ああ。ギルドのソフィアはいい女だ。ド田舎ギルドにゃもったいねぇ。子供も奴隷商に売ればいい金になる」


 ゲヒャゲヒャと下品に笑うブルータスとボルグを見て、何も出来ない自分が歯がゆかった。

 俺にはそれを睨みつけることしか出来ないのかと、無力感に打ちひしがれたのだ。


「じゃぁな、新人。恨むなら冒険者になった自分を恨むんだな……」


 ボルグがウルフに声を掛けると、2人は元来た道へと戻って行く。

 机の上で寝ていたウルフは少し間を置き立ち上がると、それに追従するかのように歩き出す。

 そして俺の前を通り過ぎる瞬間、何かを目の前に吐き出したのだ。

 それは牢の鍵の束……。鈍い金属音が僅かに響き、ウルフはそのまま去って行った。


 それから30分ほど経っただろうか……。

 遠くから微かに聞こえていた盗賊達の声は聞こえなくなり、辺りは耳鳴りがするほどの無音の空間。


「そろそろいいか……」


 ウルフの置いていってくれた鍵を後ろ手に持つと、鉄格子を背中に押し付け鍵を開けた。

 ギィィィという錆びついた金属同士を擦ったような音がダンジョン内に響くも、人の気配はしない。


 盗賊達がいたホールには誰もいないが、篝火はそのまま。

 その炎で手を縛っているロープを切れないかと考えるも、篝火の背が高すぎて後ろ手では届かない。

 ならばそれを倒せばと思案するものの、大きな音が出てしまうことを懸念し諦めた。

 何か役立つ物が残っていないかと物色していると、篝火の光に反射する何かに気が付いた。

 そこに落ちていたのは、俺の冒険者プレート。それはミアと自分とを繋ぐ担当の証。

 それを手に取り、プレートの欠けている部分でロープを切ろうと試みる。


 ――いけそうだ……。


 プレートを何度も往復させ、ロープの繊維を1本ずつ切っていく。

 気の遠くなる作業だが、繊維の切れる音が次第に勢いを増すと、最後はブチブチと大きな音を立て、ようやく両手が解放された。

 手首に残るロープの跡が変色していて痛々しいが、流血は免れている。

 ヒリヒリするのをさすって我慢し、今度は地上を目指し歩き出した。


 ダンジョンを抜け、炭鉱跡地に足を踏み入れたところで聞こえたのは花火にも似た爆発音。それと同時に足元が僅かに揺れた気がした。

 もしやと思い、警戒しつつも急いで出口へ走ると、そこに出口はなかったのだ。

 あるのは大量の土砂と、視界を奪うほどの土煙。


「そんな……」


 隠蔽か、もしくは時間稼ぎか。大声で助けを呼べばとも考えたが、恐らくは無駄。

 ミアがギルドに報告しているということは、村人はここに盗賊の一団がいると知っているはず。

 わざわざ危険を冒してまで近寄る人はいないだろう。


「あれ? もしかして結構ヤバいんじゃね?」


 とは言え、ここで待っていてもただ時間が過ぎていくだけ。

 ここが炭鉱であったのなら、どこかにスコップやツルハシがあるかもしれない。


 ――そして炭鉱を彷徨うこと数時間。


 残念ながら役に立ちそうなものは何もなく、あったのは何かの骨と無数の石ころだけだった。

 僅かな希望も打ち砕かれ、膝から崩れ落ちる。どうにもならない焦燥感と諦めから来る脱力感。

 ミアに教えて貰ったスキルを思い出し、落ちていた骨片を出口に溜まっていた土砂に投げつけるも、カーンという甲高い音が響いただけ。

 それは何事もなかったかのように、地面へと転がった。


「……ちゃん……? おにーちゃん……」


 その時だ。微かにミアの声が聞こえた。

 ついに幻聴まで聞こえてくるようになったのかと苦笑いを浮かべたのも束の間、それは先程よりもハッキリと聞こえたのだ。


「おにーちゃん! そこにいるの!? おにーちゃん!」


 ハッとして顔を上げた。そして、腹の底から声を出し叫んだ。


「ミア! そこにいるのか? ミア!」

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