第11話 共同生活

「おにーちゃーーん!」


 ミアは俺を見つけて駆けだすと、そのまま湯舟にダイブ。

 水柱が立ち上り、咳き込むミアは水を飲んでしまったのか、だらりと鼻水が垂れていた。

 それと同時に、大きな声を上げながら浴場へと入ってきたのはソフィアだ。


「ミア! まだ仕事が残ってるでしょ!!」


「えっ……ちょっと……」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ソフィアは俺の裸を見た途端、すごい勢いでUターンし脱衣所に帰っていった。

 それを見たミアは湯舟の中でケラケラと笑っている。


「ミア! 明日は残りの仕事やってもらいますからね!」


 ピシャリと閉まる脱衣所の扉。遠ざかっていく足音に、ミアはべーっと舌を出した。


「ミア……?」


 あまりに急な出来事で思考が止まっていたが、目の前ではしゃぐミアを見て、1つの疑問が頭を過る。

 あれ? ここ男湯だったか?

 特に気にせず入ってしまったが、入り口は1つしかなかった。

 もしかして、男湯と女湯が時間で分けられていたりするタイプなのだろうか?

 だが、注意書きのようなものは見なかった……。いや、見落としたのか!?

 そうであるなら、社会的に抹殺されてしまうのは俺の方。

 どこかに注意書きがあっただろうかと今更辺りを見渡すも、そんな物はどこにもない。

 焦りの色を隠せず、キョロキョロと不穏な動きを見せる俺に対し、ミアは心を読んだかの如くズバリ答えを言い当てた。


「ここは混浴だよ?」


「あぁ、そうなのか。ならよかった……。……いや、よくなーい! ミア、入ってきちゃダメじゃないか!」


 華麗なノリツッコミを披露してから、泣き出さない程度に非難の声を上げる。


「だから混浴だよ?」


「いや、そう言う事じゃなくて……。恥ずかしくないのか!?」


「んー。別に? おにーちゃんしかいないし」


「そうか。ならいいや」


「え? いいの!?」


 急にトーンダウンした俺に驚くミア。

 どうせ出て行けと言っても出て行かないだろうし、かといって俺もまだ十分に温まっていないので出たくない。

 まぁ、冷静になって考えてみれば、ダメならソフィアが止めているはずである。

 風呂で騒ぐのはマナー違反だ、ゆっくりと浸かろうではないか。


「ところで、体は洗ったのか?」


「まだー」


 だろうな。ミアは直で走り込んできたし、聞くまでもなかった。


「じゃぁ洗っておいで」


「おにーちゃん、洗って?」


「いいよ」


「え? いいの!? やったぁ」


 断られると思ったのだろうが、予想外の答えに嬉しそう。

 自慢じゃないが元の世界では、兄の娘を風呂に入れたことがある。

 こんなことでは動じないのだ!

 木製の小さな椅子にミアを座らせると、洗髪剤を手に付け、髪を洗って……。洗髪剤を手に付け、髪を……。洗髪剤……。

 髪の長い女性は洗髪剤の使用量すげぇ多いな……。全然泡立たねぇ……。

 そんなことを考えつつ、ようやく泡立ってきたのを確認して、ワシャワシャと丁寧に洗う。

 ふと美容室を思い出し、定番のセリフを口にした。


「お客様、お痒いところはございませんか?」


「えーっと、おなか?」


「いや、頭でだよ……」


 まさか頭以外の部位を言うとは思わなかったので思わずツッコんでしまったが、言われた通りおへそのあたりをポリポリと掻いてやる。

 後ろ髪は大体洗い終え、次は前髪をと思いそれをかき上げると、普段は隠れていて見えない顔がよく見えた。


「ミアは前髪は切らないのか? 見づらいだろうし、目を出した方が可愛いと思うんだが……」


 ミアの顔はリンゴの様に赤くなると、両手で顔を覆ってしまった。


「恥ずかしいから、あまり顔は見ないでほしい……」


「……あぁ。すまない……」


 裸よりも顔を見られる方が恥ずかしいということなのだろうか?

 年頃の女の子の考えていることはさっぱりだ。

 大量の泡を洗い流し、2人でまったり湯船に浸かると、ミアの体が温まったタイミングで温泉を後にした。


 ミアと別れ部屋に戻ると、ベッドに倒れ込み横たわる。

 今日は色々とあったが、明日からは借金返済の為の仕事が始まる。

 風呂で体も温まったし、すぐに眠れそうだ。今夜は酒も入ってない、明日はちゃんと起きなければ……。

 ウトウトとしてきて、そのまま眠れるだろうと力を抜いたその時だ。

 ドアノブをガチャガチャと回す音にハッとした。

 こんな時間に何の用だろうか? 鍵はかかっているがノックは聞こえなかった。

 ――いや、聞き逃した可能性もある。

 警戒しつつ、こちらから声を掛けるべきか悩んでいると、カチャリと鍵が開いたのだ。


「――ッ!?」


 バァン! と勢いよく扉が開くと、そこに立っていたのは大きな荷物を持ったミアである。


「おにーちゃんと一緒に寝るー!」


「ミア! カギはどうした?」


「ギルドのスペア!」


「風呂は1つしかないから仕方ないとしても、一緒に寝るのはダメだ。ミアには自分の部屋があるだろう」


 さすがにそれは許せるラインを超えている。これが他の人に知られれば、噂になること請け合いだ。

 冒険者初日から担当を部屋へと連れ込む変態……。今度こそ間違いなく人生終了である。


「なくなる予定なので」


「え?」


「おにーちゃんの借金立て替えたから、お家賃払えなくなるの。だから一緒に住めばいいかと思って!」


 なるほど……。俺の所為か……。


「ギルドの部屋なら他にもあるじゃないか、俺と一緒じゃなくてもいいだろ?」


「でも他の部屋、お野菜いっぱい置いてあったよ?」


 そうだった……。入りきらない農作物を保管していたのだ。

 それでも結構ギリギリなので、果実類はこの部屋に置いてある。


「しかし、担当だからと言って一緒に住むのは、ちょっとやりすぎじゃないか?」


「金貨20枚……」


「うっ……」


「それに冒険者さんが引退して、ギルドの担当さんと結婚したりすることは、よくあることだよ?」


 ダメだ。ミアには勝てそうにない。なんという行動力の化身……。

 元はすべて自分の責任だ。力ずくで部屋から放り出すのは簡単だが、非のない子供にそんなこと出来るはずがないだろう。

 何より、初めて会ったであろう俺なんかを慕ってくれているのだ。


「はぁ、しょうがないか……」


「やったー!」


 ミアは大きなカバンをテーブルの横に置き、中からパジャマを出したと思ったら、その場で着替え始める。

 驚きのあまり心臓が跳ね上がり、止めようとしたが……よくよく考えたら裸は風呂で見ているのだ。

 今更気にすることでもなかったと心の中で苦笑した。


「ミア。ソフィアさんはまだギルドにいるか? 他に寝具があれば、俺は床で寝るが……」


 この部屋は1人用だ。ベッドはシングルサイズが1台しかない。


「ううん。ギルドはもう閉めちゃったから、支部長は帰っちゃったよ? 小さいから私は一緒でも大丈夫っ!」


 着替え終わったミアが、ベッドへと飛び込んでくる。


「ほら!」


 この笑顔の破壊力たるや……。

 これはもう言う通りにするしかないと、全てを諦めた瞬間であった。


「はぁ。俺の負けだよ……」


「えへへ」


「じゃぁ、寝るぞ?」


「うん、おやすみなさーい!」


「おやすみ」


 月明りが窓から差し込んでいて、とても静かな夜である。

 枕を譲りサイドテーブルにあるランタンの火を消すと、ミアは俺の顔をジッと眺めていた。

 意識しているわけじゃないが、子供とは言え女性と一緒に寝るのは初めてである。


「どうした? 寝ないのか?」


「んとね、おにーちゃんがいいひとで良かったなって。天使様に言われた人が、怖い人だったらどうしようってずっと思ってた……」


「そうか? まだわからないぞ?」


 わざと不敵な笑みを浮かべてみせる。


「大丈夫だよ。私、怖い人いっぱい見てきたもん。……戦災孤児っていっぱいいるの。私みたいに適性を見つけてもらえれば、拾ってもらえることもあるけど、ほとんどは奴隷になっちゃう……」


「この国は奴隷がいるのか?」


「うん。大きな町だとよく見かける……。怖い人が同い年くらいの子を、棒で叩いたりしてるの……。助けてあげたいけど……私にはどうすることも……出来なくて……。私も……ああなっちゃうのかも……って……思うと……」


 ミアは弱々しく震え、徐々に声を詰まらせる。

 なんと声を掛けていいのかわからない……。

 この世界の孤児は、かなり過酷なのだろうということは理解した。

 甘えたくても親がいないというのは、子供にとっては辛いことだ。

 俺に出来ることと言えば、ミアを抱きしめ、優しく頭を撫でてやることくらい。


「大丈夫。俺はそんなことしない……。こんな事しか言えないが、信じてくれ」


「うん……」


 ミアと俺は、そのまま深い眠りについた。

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