第331話 この親にしてこの子あり

「本当に俺でいいのか? そっちのやり方の方がいいんじゃないか?」


 それは葬儀の方法についてである。

 ペライスとは別に、使用人達の分は俺が弔ってやるつもりだったのだが、一緒にと頼まれたのだ。

 彼等は海賊達とは違い、しっかりとした宗教意識を持っている様子。ならば、それに倣えばいいのではと提案したのだ。


「ペライスの葬儀は既に終わっている。2回やるというのもおかしな話だろう? 今回は言わば非公式のものだ」


「まあ、それでよければ俺は構わないが……」


 確かに同じ者に2回葬儀するというのも前代未聞だが、それよりも気になるのはシルビアとセレナへの対応である。

 神が迎えに来るなどと言っていたが、一体どう処理するのか……。

 この世界の神がどんな教えを説いていて、どんな容姿をしているのか。それすらも知らない俺にはどうすることも出来ない。

 出来る事といったらアンデッドを呼び出すくらいで、スケルトンロードが迎えにでも来ようものなら腰を抜かしてしまうだろう。

 それが神様と瓜二つなわけがなく、行き着く先は天国と言うより地獄である。

 任せろとは言われてはいるが、本当に大丈夫なんだろうか?


「お父様? 九条さんには何を?」


 不思議そうにレストール卿を見上げるセレナ。シルビアとは正反対で、引っ込み思案な印象を受ける。


「葬送の儀式を頼んだのだよ」


「……何故それを九条さんに頼むのです?」


「彼は死霊術のスペシャリストだからね」


「そうだったのですね……。私はてっきり獣使いビーストテイマーの方かと……」


 まあ、興味がなければそんなもんだ。どう考えても従魔達の方が目立つからな。


「葬儀の件はともかくとして、お兄様のお迎えは何時なのですか?」


 ペライスの傍を離れようとしないシルビアは、ソワソワと落ち着かない様子。


「残り時間は3時間程だが、葬儀と同時に九条殿に送り返してもらう予定だ」


「えっ?」


 それを聞いて言葉を失うシルビア。光を失った瞳がゆっくり俺へと向けられる。


「レストール卿。ちょっとこちらに……」


 レストール卿の袖を掴み、少々強引に部屋を出る。


「俺に死ねと言うつもりですか、レストール卿!?」


「いや、そんなつもりでは……」


「あの言い方じゃ、そうとってもおかしくないでしょう!? 神が迎えに来ることになってるんじゃないんですか!?」


 シルビアは、ペライスが帰ってしまうなら神をも殺すと言い切ったのだ。その役を担っている俺に矛先が向くのは道理である。

 もちろん殺されるつもりは毛頭ないが、何故俺がシルビアの恨みを買わなければいけないのか。


「神のお迎えは何と言うかついノリで……。だが、いくらなんでもウチの娘はそこまでバカじゃぁない。神殺しなんて大それたことするわけがないだろう?」


「ノープランかよ!!」


 敬語を忘れてツッコんだ。貴族じゃなければ、手を出していたかもしれない。

 そして、執務室から漏れ出るシルビアの声。


「離して、グラーゼン! 九条さんを殺せば私はお兄様と……おにぃさまとぉぉぉぉ!!」


「「……」」


 顔面蒼白のレストール卿を睨みつける。


「随分と拗らせているようですが?」


「シルビアは昔からお兄ちゃんっ子だったからなぁ……」


 感傷に浸っている場合ではない。遠い目で現実逃避をするな。

 放っておいても時間が来ればペライスは天へと召されるのだ。そうなれば風情もクソもない。

 会話中に急に灰になるペライスを見せるのはあまりにも酷である。


「レストール卿は、娘さんにトラウマを植え付けるおつもりですか?」


「すまない。色々と考えたのだがいい案が思いつかなかったのだ。娘は何とかするから怒りを静めてくれ九条殿」



 その言葉を信じ、2時間後。執務室へと呼ばれると、皆が勢揃いしていた。

 どうやらシルビアの説得には失敗したらしい。

 簀巻きすまきにされ、ぐったりとしているシルビアが床に転がっているが、見なかったことにしよう。


「お父様。お世話になりました。それとグラーゼン。私なんかの為に尽力してくれてありがとう」


「ペライス……」


「勿体なきお言葉で御座います。ペライス様」


 レストール卿はペライスを抱擁し、グラーゼンは硬い握手を交わす。


「お別れは十分か?」


「ああ。これ以上いると私も諦めきれなくなりそうだ。娘たちの手前、そんな情けない姿は見せられないからな」


 1人1人視線を合わせると、皆無言で頷いた。予想外なのは簀巻きすまきのシルビアもそのうちの1人であった事だ。

 どう言いくるめたのかは不明だが、葬儀の邪魔はされずに済みそうである。

 使用人であった者達の遺骨を並べ、ペライスはその後ろに立つと俺はローブを翻し正座する。


「ペライス。汝の法名は釋董秋しゃくとうしゅうだ。先に言っておくが気にしないでいい。そういう習わしなんだ」


 目の前に用意された小さな器。入っているのは暖炉から拝借した灰だ。


「カガリ。頼む」


 シャーリーお手製の線香を手に取り掲げると、空中に浮かぶ小さな狐火で火を灯す。

 火が移るとそれを払い、灰の器にそっと立てた。

 本来は3本立てるのだが、今回は1本でいいだろう。手作り故に太く、煙の量が多すぎる。

 肺の空気を全て吐き出し合掌すると、次は礼拝らいはい。ゆっくりと頭を下げ、そして上げる。

 大きく息を吸い込むと読経の開始だ。

 ガラリと変わる空気感に、誰もが目を見張った。

 外界と切り離されたような神聖な場の雰囲気に気圧され、息を呑んでしまうほど。

 ぼやけていた煙が一瞬にして晴れ、広大な草原にでもいるかのような錯覚を覚える。

 低い声で唸るように読み上げる経典。それには2つの意味がある。

 1つは故人に向けて読まれるもの。極楽浄土へと行けるようにと願いを込めて。

 もう1つは、大切な人を亡くし心を痛める遺族や参列者を癒すという役割である。

 棒読みのような一定のリズム。初めて聞く者には恐怖すら感じさせることだろう。

 読経の声が聞こえているにもかかわらず、無音にも思える厳かな空間。

 ペライスが淡い光に包まれると、その時が来たのだと皆が自然と理解したのだ。


「お父様。グラーゼン。それにシルビアにセレナ。私は先に逝くが、どうか悲しまないでくれ。道半ばであったが、最後に家族に見送られるなら悔いはない」


「ペライス。私はお前のような息子を持てて果報者だ。もう間違う事もないだろう。安らかに眠ってくれ」


「ペライス様。歳を考えれば次は恐らく私でしょう。土産話を持参致します故、それまでは少々のご辛抱を」


「お兄様! お元気で! 願わくばまた神に頼んで戻って来て下さい! いつでもお待ちしています!」


 シルビアだけが大分欲深い願いを口にしたが、皆がペライスの安寧を願うとその肉体は塵と消え、そこには頭蓋骨だけが残された。

 読経が終わると最後に合掌礼拝し、天井を見上げる。

 分離した魂が最後に礼を言い残し、万感の思いを胸に成仏していったのである。

 約束通り笑顔で見送る一同であったが、それが口元だけであったことは言うまでもないだろう。

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