第294話 かくしごと
「いい機会じゃから教えてやろう。ギルドはダンジョンを放置し、魔物が巣食うのを待っておるのじゃ。いずれ魔物が溢れ出せば、その討伐の為ギルドに依頼が出されるじゃろう? そこに冒険者を送り込めばいい。自分の手は汚さずにカネだけが湧き出る。こんなおいしい商売なかろうて。それともお主も自分の仕事がなくなるよりマシだと考えるのか?」
「た……確かにそういう事例もあるかもしれませんが、依頼が来る前にギルドが率先して調査を行う事も……」
「はぁ……。何故ギルドは冒険者に担当を付けるようになったんじゃ?」
「それは冒険者さんの安全の為と、遺跡やダンジョンの破壊や遺物の盗難を防ぐ為で……」
「ギルド保有のダンジョン調査で発見された遺物は誰の物じゃ?」
「……ギルドに……所有権が……。ですが出所がハッキリしている物はちゃんと返却しています」
「ハッキリしていない物は? 懐に入れるんじゃろ? 落とし物に名前が書いてあるとでも? どうせ預かると言っても数年じゃろうて。持ち主が見つからなければギルドが落とし物で溢れてしまうからの?」
その通りだった。シャロンは何も言い返せなくなってしまった。自分はただの職員にすぎない。言われた仕事をこなすだけ。むしろ、人々を助ける仕事を手伝っているのだと誇りにさえ思っていたのだ。
「で……では、ネクロガルドはダンジョンを潰して回っているのですか?」
「全て……ではないが、不要な場所はもちろん潰す。じゃが、そんな話は聞かないじゃろう。我らが潰して回っているのは、人里から離れている場所ばかりだからの。近い所はどうしても先にギルドに報告が行く故、我等にはどうしようもない」
「全てではないのはどうしてです?」
「それは企業秘密じゃ。知りたくばネクロガルドに入るんじゃな。悪いようにはせんよ? 闇魔法結社と名乗ってはいるが、犯罪集団ではない。真偽は……言わずもがな……といったところかの」
その口調は穏やかで、九条に向けるエルザの視線は疑いようがないほどに澄んでいた。
同様に、カガリの瞳もそれが真実であるということを訴えていたのである。
エルザには丁度良かった。九条の従魔であるカガリが真実を見抜く。それを利用し、少なくとも自分達が敵ではないということを理解してもらえるだろうと思っていたからだ。
あわよくば、ギルドに対する不信感を植え付けられれば儲けものである。
もちろんエルザは、ギルドの全てが悪だとは言っていない。人を助け、お金を貰う。それ自体に不満はない。
孤児院などギルド以外の運営費なども鑑みれば、カネが掛かって当然だ。それは何処かで回収しなければならないだろう。
だが、ダンジョンの扱いに関しては賛同出来ない。ギルドのやっていることは盗賊と同じだ。魔物に奪わせ、それを取り返し、報酬を得るマッチポンプ。
魔物退治は冒険者の花形である。魔王の時代より数は減っているとは言え、命を賭ける分報酬は多く、困っている民衆からは感謝されるだろう。
それを生きがいだとしている者もいることは事実であるが、中にはそのやり方に疑問を持つ者もいるのだ。
ギルドに不満を抱く者、禁呪とされ力を奪われた者、そしてネクロガルドの理念に賛同する者。
そう言った者達が、エルザの支持者になるのである。
「どうじゃ? シャーリーとやら……」
悩んでいるように見えたシャーリーだったが、答えは最初から決まっていた。
「ごめんなさい。言っていることは尤もだと思う。でもまだギルドは捨てられない。シャロンを置いて自分だけ逃げる訳にはいかないもの」
「シャーリー……」
「それに実力もまだまだだしね。せめて一般人の最高峰であるゴールド位にはなっておかないと」
「おい待て、それじゃプラチナが一般人じゃないみたいじゃないか」
「え? そう言ってるんだけど?」
殺伐とした雰囲気が一気に和んでしまうほどの笑顔で微笑むシャーリー。
シャロンもそれにつられて僅かに笑顔を見せ、エルザもシャーリーの獲得には失敗したが、組織に対する誤解が少しは解けたであろうと頬を緩めた。
「やれやれ。またしてもフラれてしもうたか……。じゃが、お主はすでにゴールドの域に達しておるぞ?」
「「えっ!?」」
シャーリーとシャロンが同時に声を上げる。ネクロガルドのトップという肩書から滲み出る謎の信憑性と、そう思わせてからの世辞なのでは? という不信感から出てしまった驚きの声だ。
「なんじゃ、知らんのか? そのプレート、色がくすんできておるじゃろ?」
全員の目がシャーリーの胸元へと集まる。言われてみれば、少々黒ずんでいるようにも見えるが、汚れているだけのようにも見える。
「確かにシャロンさんのと比べると輝きが失われているようにも見えるが、汚れてるだけじゃね?」
「職員のプレートと従魔用のアイアンプレートは冒険者さんの物とは違って金属そのもので作られているので、比較対象にはならないかと……」
「仕方ないのぉ……」
ごそごそと袖の辺りをまさぐるエルザは、そこから小さな小瓶を取り出した。湿ったテーブルを雑に拭き上げ、コルクの栓をポンっと開ける。
それを慎重に傾けていくと、じゃらじゃらと小気味良い音を立てて出て来たのは、大磯砂のような直径1センチ程度の2つの茶色い小石。
「ありゃ。1つで良かったのじゃが……。震える手には辛いわい……」
エルザはそう言って小瓶の蓋を元に戻し、それを袖口にそっと仕舞った。
「これは?」
「これはギルドのプレートと同じ材質で出来ておる。2つ出てしまったのじゃ。九条とシャーリー。それぞれこれを触ってみるがいい」
毒見役を兼ねて九条が先にそれをつまむと、自分の手のひらへと置いた。
小さく輝く小石。茶色い表面がペリペリと剥がれ落ちると、それは九条の首に掛かっているプレートと同じ色で発光したのだ。
「ほれ、嘘じゃないじゃろ? お主もはよう」
唾を呑み込み無言で頷く。シャーリーがそれを手のひらへ乗せると、中から黄金色の小石が姿を現した。
「うそ……」
「何故これをギルド職員でもないあなたが持っているのですか!?」
シャロンの疑問は当然だ。ギルド職員はその製造方法を
「何故と言われてものぉ……。別にギルドの専売特許でもなかろう?」
「モラクス様とお知り合いですか? それともネクロガルドにも優秀な
それを聞いてエルザは悪戯っぽく笑った。老婆であるが故に少々怪しくも見える。
「イッヒッヒッ……。そうかそうか。ギルドはそんなことも教えとらんのか……。これはダンジョンハートと呼ばれる外殻をこそぎ落とした物じゃ。ギルドでは確かダンジョンコアと呼んでいたかのぉ。これには魔力を溜め込む性質がある。その原理を利用して作られておるのじゃよ……」
九条は、まさかエルザからダンジョンハートと言う単語が出て来るとは思わず、心臓が口から飛び出すかと思ったほどに動揺した。
シャロンに向かって得意げに話すエルザに、それを見られていなかったのが不幸中の幸いだ。
むしろ、九条の動揺を瞬時に察知したカガリがオロオロ焦り始め、それが可笑しく見えてすぐに平常心を取り戻した。
「コアって……。揺らぎの地下迷宮の……」
「残念ながらこれ以上は教えてやれん。……そうじゃ、1つ忠告しておいてやろう。この事は調べない方が良いぞ? ギルドはワシ等より甘くはないからのぉ……。イッヒッヒッ……」
エルザは2つの小石を回収すると、それを別の小瓶に仕舞った。浄化することにより元の色へと戻るのだが、その方法はもちろん企業秘密だ。
「そろそろ暖まって来たし、お暇しようかの。ネクロガルドに入団を希望するなら、ワシの店を訪ねなさい。2人ならいつでも大歓迎じゃ……」
エルザが帰ると、部屋は暗雲が立ち込めたように静まり返った。当たり前だ。ギルドに対する不信感は募るばかり。どちらが正しいのかわからなくなってしまったのだ。
「よ……よかったじゃないかシャーリー。ゴールドプレートおめでとう」
「え? あ……あぁ。ありがとう……」
喜び半分、不安半分といった様子。あんな話を聞かされてはそれも仕方のない事だ。
「まぁ、これでコット村に異動という話もなくなったって事だな」
「そうなるかな? ね、シャロン?」
「え……。ええ、そうですね……」
シャロンの見せた笑顔は、正直どこかぎこちない。だが、それはギルドの事を考えているからではなかった。
その原因は、九条が予想よりも早く問題を解決してしまった事にある。いくらプラチナプレート冒険者の顔が広いからって、まさかネクロガルドの最高顧問が出て来るとは思っても見なかったのだ。
しかも、探偵も真っ青のスピード解決。その所為でシャロンの中のもう1つの計画が頓挫してしまったのである。
「どうしたの? 浮かない顔して」
「異動の事……。諦めきれなくて……」
「え? だからそれはしなくていい事に……」
「違うの……。ごめんなさいシャーリー。私は元から異動したかった。だから今回の事を利用しようと……」
九条とシャーリーが顔を見合わせ、首を傾げる。シャロンの言うシャーリーの事というのは、ネクロガルドの事と秘めたる想いという2つの意味で掛かっていた。
俯き頭を上げないシャロンは、何か訳アリといった様子。それを心配そうに見つめるシャーリーに、不機嫌そうなしかめっ面を隠そうともしない九条。
解決したと思った問題も、強烈なしこりを残して去って行き、更には別の問題を抱えている様子。
それが顔に出てしまうのも、仕方のない事だろう。
(勘弁してくれ……。ベルモント支部長の謝罪を受けて終了と言う話は、何処へ向かっていくんだ……)
チラチラと向けられるシャーリーからの視線。それに気圧され九条の表情は徐々に引きつっていく。
シャーリーが言い出せないのは、九条に迷惑をかけたくないから。でも心の奥底ではシャロンを助けてほしいと訴えている。
さすがの九条もそれくらいは気付く。面倒ごとは御免だが、じゃぁ見捨てられるかと言われればそうじゃない。既に知らない仲ではないのだ。悩み俯く女性を前に、さっさと帰れとは言える訳がないのである。
(エルザには、容赦なく言えたんだけどな……)
どうしても非情になれない九条は、自分自身を内心鼻で笑いながらも、結局はこうなるのかと小さな溜息をついて諦めた。
「はぁ……。話だけでも聞きましょうか?」
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