第286話 シャーリーの憂鬱

 九条は、ギルドに預けていたお金を回収すると、ネストとバイスに今後についての展望を話しておいた。と言っても、そのほとんどが九条が受けなければならないギルドの依頼についてである。

 ロバートの証言通り、その処理が追い付いていないことは2人とも把握していた。


「安心して九条。学院が長期休暇に入ったから、しばらくは私が依頼を受け持つわ」


「ありがとうございます。ですが、これからは俺もある程度は依頼を受けようと思ってます」


「え? ホントに? どういう風の吹き回し?」


「いや、ネストさんとバイスさんに全て丸投げというのも忍びないですし、よくよく考えればそれだけギルドに恩を売れると考えれば……。あまり乗り気ではないですけど」


「そう。助かるわ。どうせだから王女様が九条を説得したって事にしましょう! それなら王女様にも恩が出来て一石二鳥だわ」


「別に構いませんけど、瞬時にそれが出て来るあたり、計算高いっすね……」


「要領がいいって言ってほしいわね」


 得意気に胸を張るネストに笑顔がこぼれる。むしろそんなことでリリーの為に役立てるのなら、九条としてもまんざらでもなかった。


「依頼を受けるとは言いましたが、自分宛てのものに限りますからね?」


「ええ。わかっているわ」


 九条がギルドに所属しているのはミアの為であり、ギルドに仕事を依頼している人々を助ける為ではないので、一応は念を押した。

 困っている人がいれば、全てに手を差し伸べる正義の味方……なんてのはもっての外。

 九条の基本理念は変わらない。あくまで自分の周りだけが幸せであればそれでいい。衣食住とミア、それと従魔の獣達がいれば何もいらないのだ。

 他の冒険者だって、基本的な考え方は変わらないはず。お金や名誉などその理由は様々だが、結果それは自分に返ってくるもの。全ては未来の自分の為への投資なのである。

 そもそも純粋に人助けをしたいのならば、冒険者である必要はないのだから。


 ――――――――――


「まさか九条が、自分から依頼を受けるなんて言うと思わなかった」


「そうか? まぁ、今までの俺ならそうだったかもな」


 ベルモント経由でコット村へと向かう馬車の中。シャーリーは自分の弓を大事そうに抱えながらも、九条の心変わりが気になっていた。


「そんなにおかしいか?」


「いや、そういう訳じゃないけど……」


 あれだけ依頼を受けるのを嫌がっていたクセに……。とは思うが、今回の件で考えを改めたのだろう。

 シャーリーは、九条が自分の事だけを考えているような薄情な人間ではないことを知っている。だからこそ、その一挙手一投足が周りに及ぼす影響のことを気にしているのだ。

 それは九条を中心に波紋を広げ、身近にいる者ほど強く感化される。フィリップもその影響を受けた1人だろう。

 九条が、魔剣の存在を隠していれば、裏切るようなこともなかったかもしれない。今更そんなことを考えても無駄なのは承知の上だが、九条にはそれだけの影響力があるのだ。世間からはそれほどまでに注目されているのである。


「まぁ、でもそれは暖かくなったらだけどな」


「そんな悠長なこと言ってられないと思うけどなぁ」


 シャーリーにはもう1つ懸念していたことがあった。それは九条がこれから受けるであろう依頼のこと。

 九条の強さは折り紙付き。そこにはなんの憂慮もない。それは九条が心配なのではなく、全くもって個人的なこと。九条に逢える機会が極端に減るのではないかということである。

 冒険者達の噂であり実際は不明な点も多いが、プラチナの冒険者に投げられる依頼は、他の冒険者達が受けなかった期限切れの仕事を回されているのではないかと言われている。

 基本的に期限切れ間近の依頼は”専属”冒険者の領分であるが、彼らは街から遠く離れた場所まで遠征することはない。

 他の街で期限切れになった依頼は、王都のギルドへと回される。そこでも期限切れになった場合は、依頼は取り消されてしまうのだ。

 九条に回される依頼は、期限切れにはならない依頼。簡単に言うならば、ギルドが断れない権力者が依頼主である場合と、ギルドが依頼主となる場合である。領主から補助金など受け取っていれば尚更だ。

 ギルドが依頼主になる場合はダンジョンの調査や、ギルド関連の依頼が大半。遠方ギルドへの物品の輸送や、要人警護などが該当する。

 プラチナであれば国跨ぎのギルド輸送を担う事も少なくはない。国家間の会合であれば王族や貴族、その護衛に駆り出されることもあるのだ。

 1度依頼を受けてしまえば、どう考えても数か月程度は帰ってこないことは明白。シャーリーにとっては死活問題であった。


「まずは近場から処理していけば大丈夫だろ?」


「いや、近場はネストとバイスがやってくれるんじゃないの? むしろ九条に投げられる依頼は遠方だと思うけど……」


「げ……。マジで?」


「多分だけどね」


「……ま……まぁ、簡単なものからこなしていくさ。依頼の選定は……ベテランギルド職員であるミアに任せよう。なぁミア?」


「うん! 任せて!」


 カガリと白狐の間に挟まり暖を取っているミアの表情は、自信に満ち溢れている。ようやくギルド職員らしい仕事が出来ると、ミアは心躍らせていた。

 ミアの存在意義は、冒険者としての九条のサポートである。正直に言ってコット村にいる限りは、プラチナプレート冒険者が必要な高難易度な依頼なんてあるはずがないのだ。

 九条の仕事は名目上、村の警備ということになってはいるが、実質ただの散歩である。

 プラチナプレート冒険者が、ド田舎の村に住んでいるというだけで噂になるほど。そんな所を、好き好んで襲おうとする盗賊なんているはずがなく、魔物でさえもその従魔である4匹の魔獣の気配を察すれば、尻尾を巻いて逃げ出してしまう。

 少々大袈裟ではあるが、今のコット村はある意味世界一安全な村なのである。そんな村の仕事にやりがいなんて見出せるわけがない。

 冒険者が依頼で遠出をすることになれば、必然的に担当者も同伴する。それはミアにとっては九条と一緒にいられる時間が増えるということと同義。

 同じ屋根の下に暮らしていて、まだ足りないのかとも思うだろうが。ずばりその通りだった。

 ミアは自分を雇い入れてくれたギルドに、少なからず感謝はしている。だが、それも過去の話。今は既に仕事をサボってでも、九条と一緒にいたいと考えていた。一秒たりとも離れたくないのである。


 九条に対する依頼は、ソフィアを通しての通信術でのやり取りになる。ギルドで厳選された緊急性の高いものがソフィアに伝わり、それをさらにミアが担当職員として厳選するのだ。ミアを経由することが最も重要なのである。


(うんと遠くの依頼を受けよう。その間はずっとおにーちゃんと一緒にいられる……。ふひひ……)


 ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるミアに、それを無言で見つめる九条とシャーリー。

 なんとなく何を考えているのかわかってしまう辺り、まだまだお子様である。


「まぁ、まずは引っ越し作業からだな」


「引っ越し?」


「ああ。ネストさんからの提案でな。学院の試験で使った合宿施設あるだろ? あそこの部屋を使っていいって言うから、お言葉に甘えようと思ってな」


「え? おにーちゃん、私は?」


「ん? もちろんミアも一緒だが、別々が良かったか? 何処を使ってもいいって言われているし、2部屋くらいなら融通は利くと思うが?」


「ううん。一緒でいい!」


 一瞬曇った表情も、それを聞いてパァっと明るくなる。一緒にいることが当たり前であった為、ミアの了解を得なかったのはまずかったかと不安に駆られた九条ではあったが、どうやら杞憂だったようだ。

 正直引っ越しは面倒くさいが、ギルドのクッソ寒い部屋に居続けるのもそろそろ限界であったため、九条には好都合であった。

 暖炉付きで家賃は無料。好条件すぎて若干裏があるのではないかと疑うも、暖炉の温かさには敵わないのである。


「でも、おにーちゃん。あの建物って学院が管理してるんじゃないの?」


「俺も最初はそう思っていたんだが、ネストさんが個人的に建てたんだそうだ。試験をコット村でやるのに、どうしても大人数で泊れる宿舎が必要で、それを建てる代わりにコット村での試験を学院側に認めさせたらしい」


「そうなんだ」


「ああ。だから、大家さんはネストさんになるな。しかも家賃は無料だ!」


「かんむりょうです!!」


 ミア会心の駄洒落に、ゲラゲラと笑い声をあげるのは2人だけ。くだらないと思いながらも釣られて口元を緩めたシャーリーは、笑ってなるものかと顔を背けた。

 笑いたくても素直には笑えない。そんな心境の中、馬車は順調に歩みを進めベルモントへと到着しようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る