第285話 リリーの本音

 そのままぞろぞろと民衆を引き連れ、九条達がギルドへ辿り着くと、今度は冒険者達が驚く番である。


「おい、あれプラチナの九条だ。王都のギルドに来るなんてめずらしいな。やはり噂は本当なのか?」


「今回は孤高の魔女じゃなく王女連れか。間違いないな。ノルディックの件もあるし、あの噂は確実だろう……」


 途端に騒がしくなる冒険者達。その異変に気付いたギルド職員が支部長であるロバートを呼び出すと、すぐに応接室へと通された。

 そこで待つこと数分。部屋に入って来たのは何かの書類の束を持ったロバート。


「これはこれは王女様に九条様。ようこそおいで下さいました。お2人の御来訪、心より嬉しく存じます」


 貴族の仕来りである挨拶が板に付いているロバートであったが、連絡もせず伺ってしまった為か、少々慌てた様子が見て取れる。


「急な来訪で申し訳ない」


「いえいえ。お気になさらずともわかっております。王女様のナイトになられるのですね? 九条様がプラチナになられた日。私はいつかこんな日が来るのではないかと思っておりました。この度は誠におめでとうございます」


「……え?」


「……え?」


「「……」」


 無言の空間が場を支配する。ロバートと九条が茫然としている中、ただ1人リリーだけが笑顔を浮かべていた。


「おや? 何か間違いが御座いましたか?」


「俺はただフィリップの事で、礼を言いに来ただけなんだが……」


「あ……ああ! そうでしたか。これはこれは失礼しました」


「どこからそんな話が……?」


「本当にご存じないのですか? 街中の噂になっていますよ? なんでも九条様が王女様の御寵愛を受け、専属のナイトに就任されると……。本日は王女様をお連れになられましたので、そのご挨拶に来たものかと……。ノルディック様の時も第2王女であらせられるグリンダ様と一緒に御来訪なされたので……同じお手続きをと思いまして……」


 ロバートが勘違いするのも無理もない。そもそも王女がギルドを訪れることなどあるわけがないのだ。

 噂には尾ヒレがつきもの。飛躍しすぎた噂話に、リリーは少しやり過ぎたようだと九条は小さく溜息をついた。


「違います。王女は……その……ただの散歩ですよ」


「そ……そうでしたか……。今日は天気もいいですからねぇ……。ハハハ……」


 王女を連れての散歩の方があり得ない。しかし、ロバートは九条の破天荒な一面を知っているが故に、無理矢理納得して見せた。

 テーブルに広げた数々の書類を片付けながら見せる引きつった笑顔が、どことなく哀愁を誘う。

 そんなやりとりを見ても、リリーはクスクスと笑顔を見せるだけで、九条との関係は否定しなかった。


(そのどっちつかずな反応が、民衆を惑わせているんじゃなかろうか?)


 そう思う九条であったが、当の本人がどう思っているのかは、その表情から読み取ることは出来なかった。


「九条様。これからのギルド方針について、ミアとすり合わせをさせていただきたいのですが……」


「ええ。かまいませんよ?」


「ありがとうございます。すぐに戻ってまいりますので、お茶でもお飲みになりお待ちくださいませ」


 スッと立ち上がったロバートは、ミアを連れて応接室を後にする。そのまま廊下を進み、角を曲がった暗がりでキョロキョロと周囲に気を配ると、ついて来たミアに小さな声で話しかけた。


「ミア。あの話はどうなった?」


「うーん。諦めた方が賢明ですよ? おにーちゃんはコット村に永住するつもりですし、今回ギルドに顔を出したのも、預けていたお金を取りに来たついでみたいなものなので……」


 これはミアがグリムロックギルドにクレームをつけた際に、ロバートから出された提案であった。

 ミアを担当に据え置いたままでいいから、九条を王都であるスタッグに移住させられないか、ミアの方からそれとなく促すようにと言われていたのだ。

 その考えは間違っていなかった。ミアが九条の枷となっているのはギルドでも承知の上。だが、九条にはそれ以外にもコット村を離れられない理由があるのだ。

 それはダンジョンの存在である。コット村が近いからこそ、そこに身を置いているのだ。

 それを知っているミアは、当然ギルドの申し出を断っている。それに九条を王都に住まわせるとなると、もれなく80匹近い獣達がついて来るのである。

 ギルドの力であれば、それを容認することは可能であるが、住民が認めるかは別だ。

 いくらアイアンプレートを付けているとはいえ獣は獣。普段は契約している主と共に行動することが普通であり、コット村のように放し飼いにされていることは滅多にない。

 今回の件で良くなった評判を、そこで下げてしまっては意味がないのだ。


 それともう1つ。九条がコット村の村長に祭り上げられるのではないかと言う懸念が浮上している為だ。

 もちろんギルドはそれに反対の立場である。プラチナプレート冒険者を村に縛り付けるなんてとんでもないことだ。それが現実になろうものならギルドへの損失は計り知れない。

 今回、九条が第4王女のナイトに抜擢されたとのことで、その件は白紙になったと安堵していたギルドであったが、それがただの噂話であるなら焦るのも当然と言えた。


「そこをなんとか! 頼む!」


 仮にも王都ギルドの支部長だ。それが僅か10歳の女の子に土下座である。


「私が言うより、直接おにーちゃんに言った方がいいんじゃないですか?」


 ロバートが九条に同じ提案をしたとしても、100%断られるのはわかっている。だからこそミアに頼んでいるのだ。

 九条はミアにだけは甘い。ロバートだってこんな回りくどい方法を取りたくはなかった。

 だが、プラチナにしか……九条にしか任せられない仕事は着々と詰みあがっていたのだ。

 ネストとバイスも極力サポートしてくれてはいるが、そもそも学院の教師をしているネストは長期の休暇は取れないし、バイスも本業が冒険者な訳じゃない。あまり遠くまでの遠征は依頼出来ないのだ。


「じゃぁ、たまに王都に来た時だけでいいからプラチナ専属依頼を引き受けてくれるように言ってくれ! 緊急性の高いものだけでいいから!」


「一応聞いてはみますけど、当てにはしないでくださいね?」


 ロバートがここまで必死になるのには理由がある。プラチナ専属の依頼と言っても、その内容は簡単なものばかり。

 最悪ゴールドの冒険者でも対応可能な依頼ではあるのだが、なにより遠方なことと、信用が必要なものである為だ。

 ギルドがない村からの魔物の討伐依頼や、盗賊の討伐依頼。それくらいであれば隣町に頼めばいいのだが、国境付近であったり、辺境伯がそこそこの権力者で、特に必要もないのにプラチナ冒険者との面識を持っておきたいという理由なだけで呼びつけるものなどである。

 ギルド内で見れば、ロバートはまだ九条に理解がある方だ。だが、ギルドという組織に所属しているからこそ最低限の事はやってもらいたいとも考えている。組織に所属している以上、上層部には逆らえないのだ。悲しい中間管理職なのである。


「……と、言う話をしているようですが……」


「ふむ……」


 もちろん、その話は従魔達には筒抜けだった。


「九条、いっそこちらにお引越しされては? なんでしたら王宮にお部屋をご用意致しますよ? もちろん従魔達もご一緒で構いません」


「王女様。それ……余計変な噂が立つと思いませんか?」


「そうですか? わたくしは一向に構いませんが?」


「お気持ちだけいただいておきます……」


「もし、わたくしのナイトに立候補するのでしたら一声かけてくださいね。1度は断られた貴族位のお話も、わたくしの方からお父様に掛け合えば可能性はあります。ナイトの為に貴族になるのでしたら領地も分け与える必要がないので、むしろ安易かと……」


「ちょっと待ってください。王女様は俺がナイトになるって話は容認しているのですか?」


「うーん。どちらかと言えば容認派ですかね……」


 リリーと言えど手放しでナイトに……とは言えなかった。もちろん望んでいる事ではあったが、デメリットも存在する。

 九条が王宮に入れば、リリーに対する第2王女からの圧力は減る。だが、九条の禁呪が明るみに出てしまえば、それは糾弾の対象となりかねないのだ。


「買い被り過ぎです王女様。自分で言うのもなんですが、面倒くさがりだし出不精だ。恐らく王宮でゴロゴロしていて仕事なんてしませんよ? 周りからはごくつぶしだと言われ、評判が下がるのは目に見えてる。それにそんな責任重大な事、俺に出来ると思います?」


「あら……九条だからこそじゃないですか。私の周りで九条がうろちょろしてくれるとグリンダ姉様が寄ってこなくて大変ありがたいのですが?」


「……なるほど……。確かに適任だ……」


 一瞬にして言いくるめられる九条であったが、ダンジョンのことがなければ、ナイトになるのも選択肢の1つかもしれないと考えてしまっている自分に呆れていた。


(そもそもナイトって何するんだ?)


 ナイトと言うくらいなのだから、リリーを守らなければならない護衛のようなものだと推測するも、逆を言えば王女に何かあれば責任重大。自分のクビが飛びかねない。


(ノルディックがそこそこ自由に動けていた事を考えると、四六時中一緒にいるわけでもなさそうだが……)


 九条は、ナイトという役職には興味はない。しかし、あの第2王女からリリーを守れるのであれば、守ってあげたい気持ちがないわけでもなかった。


「……取り敢えず保留で……」


「え? ホントですか?」


「嘘を付いてどうするんです?」


「いえ……。絶対に断られると思ったので……。保留ということは脈ありってことですよね? ね?」


 ぐいぐいと九条に顔を近づけるリリー。その瞳は1点の曇りもなく光り輝いていた。


「……ないこともないですが、限りなくゼロに近いですかね……」


「そうですか。それでも十分な進歩だと思います! 気長にお待ちしていますね?」


 天真爛漫とも言える満面の笑みを浮かべるリリーに、引きつった表情を見せる九条。保留という優柔不断の極みとも取れる便利な言葉を使ったが為の弊害である。


(やっぱり取り消す……なんて言える雰囲気じゃないよなぁ……)


 そうなれば、リリーから笑顔は失われ、九条は罪悪感と自責の念に駆られるのは明白。そう考えると無下には出来ず、結局はお茶を濁すことしか出来ないのだった。

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