第273話 レナの想い
「クソっ! 掃除したんじゃなかったのかっ!」
苛立ちを隠せず悪態をつきながらも魔法を放ち、フィリップの援護に躍起になっているアレックス。
「まんまと騙されましたね。まぁこれだけの数だ。見落としって事はないでしょう」
ロングソードを存分に振るい、スケルトンを次々と蹴散らしていくのはフィリップだ。
ダンジョン地下4層目。封印の扉を超え階段を降ると、待っていたのはスケルトンの群れである。
買収しておいた14組目のパーティから得た情報では、雑魚は全て片付けたと言っていたのに、このざまだ。
いくら雑魚だとは言っても、数が多いと厄介なことには変わりない。
「アイツら……。帰ったらタダじゃおかないからな……」
愚痴りながらも次々とアンデッド達を葬り去って行く。
「デスナイトがいまだ健在ってことは、どこのパーティも逃げ帰っているはず。俺達で始末すれば成績トップは間違いなしだ」
「……アレックス様……おやめになられた方が……」
「うるせぇ! 裏切者のお前の言うことなんて誰が聞くか!」
「でも、13番目の……王女様のパーティでも勝てなかったと思うと……」
「あんなの王女だけのワンマンパーティーだろ? こっちは冒険者もゴールドだ。総合力ならウチらの方が強いに決まってる!」
アレックスの言っていることは間違ってはいなかった。不正とはいえ、ゴールドプレートのフィリップが味方なのは大きい。
だが、レナは何かが引っかかっていたのだ。それは気にするほどの事でもない違和感程度のもの。
(九条様は私を気に掛けて下さっている……)
アレックスの婚約者だと明かした事で、憐れんでいるのだろうと思っていた。
顔を見れば気さくに声を掛ける九条。正直ちょっとしつこいくらいだが、レナは悪い気はしなかった。
相手はプラチナプレート冒険者。良好な関係を築くことが出来れば、個人的にも貴族的にも有益である。ただ、その頻度が多すぎて会話のネタに困るくらい。
(生徒達の中では自分が一番話しかけやすいのだろう……)
その程度に思っていたのだが、ある時ふと気付いたのだ。最初は軽いアドバイスなのだと思っていた。だが、決まって最後にはこう言葉を掛けられる。
「いざという時は何があっても逃げることだけを考えろ。パーティのリーダーだから、先輩冒険者の言う事だからといって、全てに従う必要はない」
力を合わせて頑張れと言われるのならまだわかる。だが、九条はとにかく逃げろという言葉を多用していたのだ。それが不自然であった。
(パーティのリーダーは恐らくアレックス様のこと……。私だってアレックス様が裏でなんと言われているかは知っている。でも、それはアレックス様の本質を知らないだけ……。九条様もアレックス様のことを何もわかっていないんだ……)
レナの決意は固かった。アレックスとの婚約はレナ自らが望んだこと。他人にとやかく言われる筋合いはない。たとえ九条であってもだ。
レナは貴族位で言うならば丁度中間あたりに位置する伯爵家。
公爵家から見れば明らかな格下。派閥が違えば、侮蔑されるような扱いを受けることも少なくない。
だが、アレックスは違ったのだ。派閥も違い、身分も違う。なのに友達のように接してくれたアレックスのことを、レナはいつしか慕うようになっていた。
家に不満はなかったが、共に冒険者になることを誓い合った。アレックスと一緒なら、貴族の身分を捨てても構わないと本気で思っていたのだ。
――あの時までは……。
――――――――――
レナは夢への第一歩として、魔法の勉強を始めた。両親はまさか貴族を捨てる為に学んでいるとは夢にも思わなかったであろう。
それを素直に喜び、いずれは魔法学院にと冒険者の家庭教師をつけてくれることになったのだ。
貴族の間では冒険者を家庭教師に招くことはよくある事。冒険者は貴族との間に繋がりが出来るので、断る者はそういない。何より安全で高収入だ。
初めての先生の名はライラ。歳は若く20前後。シルバープレートの
その日から本格的な指導が始まったが、正直言ってアレックスほどの才能はレナにはなかった。
それでも必死に励んだ。得意のダンスレッスンよりも、ライラの授業を優先する程に。
少しずつだがレナは成長していった。何よりライラが話してくれる冒険譚が楽しみであったのだ。
「そうだ。次の冒険は未開のダンジョンなんですよ? お宝がいっぱい眠っているかもしれません」
「ホントに!?」
「ええ。なので少しお休みをいただきたいのです。出来れば、一週間ほど」
「お父様とお母様がよければ私は大丈夫。帰ってきたらいっぱいお話聞かせてね!」
レナは自分がどれだけ恵まれているのかを知らなかった。良くも悪くも素直であった。そして授業再開の日。ライラは授業に来なかった。
「レナお嬢様。本日の授業はライラの都合により中止となりました」
「ええー、そんなぁ……」
冒険が長引いてしまっているのだろう。未開のダンジョンだ。想定外な事もあるかもしれない。だが、その日からライラは姿を見せなくなった。
それから1ヵ月が過ぎたあたりで、別の冒険者が新しい家庭教師として顔を見せるようになった。
教え方は丁寧で、ライラよりもランクは上のゴールドだ。しかし、レナはあまり馴染めなかった。
ライラに戻してほしいと両親に頼んでも断られ、その理由は決して教えてくれない。
ある日、レナが街へと買い物に出向いた時、従者達の目を盗んで冒険者ギルドを訪れた。野蛮な人達が大勢いるから行ってはいけないと言われていたにも拘らず、単身そこへ乗り込んだ。
「ライラに会わせて!」
「えっと……お嬢ちゃん。どこの子かな? 捜索の依頼ならあっちに……」
身形がよく、どう考えても場違いな少女。ギルド職員は困り果てた表情を浮かべ、立ち去るようにとレナに迫る。
「お嬢ちゃん。ライラの知り合いかい?」
ゴネるレナを見かねてか、1人の冒険者が声を掛けた。
「そう。ライラには魔法を教えてもらっているの!」
「そうか……。残念ながら、もうライラはいないんだ……」
「……え?」
そしてその口から語られた真実に耳を疑った。レナは知ってしまったのだ。ライラの死を……。
「……うそ……」
その冒険者はライラのパーティメンバーの1人だった。レナの前に差し出されたのは、血塗られたシルバープレートと、ライラがいつも被っていた羽付き帽子。
見るも無残に切り裂かれていたそれは、コカトリスの羽根で出来た貴重な物であると、ライラが自慢げに話していた物だ。
(あんなに強かったライラが死んだ? ……ほんの1ヵ月前までは、楽しそうに冒険譚を語ってくれていたのに……)
人生で初めて、身近な人の死を目の当たりにしたのだ。人間の弱さを知り、レナは冒険者になるのを恐れるようになった。
当然だ。レナはライラの足元にも及ばないほど弱いのだから……。それは冒険者の夢を諦めるには十分な理由であった。
しかし、それをアレックスには明かせない。そうすればレナは仲間外れだ。
レナは、アレックスの傍にいるからこそ冷遇されずに済んでいる。それが公爵家の力。
ならば、アレックスが冒険者になるのを諦めればいいのだと考えるようになった。そうすれば全てが上手くいく。
とは言え、レナの力では大それたことは出来やしない。自然と諦めるのを待つしかなかったのだが、アレックスは諦めなかった。
いつしかその想いは、自分の為からアレックスの為へと変わっていった。
(冒険者は危険だ。アレックス様には冒険者になって欲しくない……)
そこに舞い込んできたのがアレックスとの縁談である。ニールセン公はアレックスとレナの仲の良さを知っていた。
ニールセン公は結婚を機に落ち着いてもらえればという想いで。レナはアレックスを冒険者にしないで済む。
それは、双方共にメリットとなる婚約だったのである。
そして今日。レナはそれを実行に移す。
(私がこの試験でアレックス様の足を引っ張れば、その願いが現実のものとなるのだから……)
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