第263話 アレックスの事情
俺がカガリを連れて向かった先は、宿舎2階の一番端っこ。アレックスの部屋である。
廊下で他の生徒達との挨拶程度のコミュニケーションを取りつつも、アレックスの部屋が目的だと話すと、皆ばつが悪そうに離れていくのは少々不憫にも感じてしまう。とは言え、それは自分の生活態度が招いたこと。自業自得だ。
周りに誰もいないことを確認し、アレックスの部屋の扉をノックする。
「誰だ?」
「俺だ」
「誰だよ!」
わかるわけがないとは思ったが、案の定である。別にふざけている訳じゃない。場を和ませるための作戦というか、冗談みたいなものだ。ちなみに効果のほどは確認できず。
「九条だ。話がある」
「俺にはない! 帰れ!!」
予想通りの答え。子供は素直でわかりやすい。
「いいやダメだ。扉を開けろ。でないとお前の採点を0点にするぞ?」
「お前にそんな事出来る訳ないだろ!」
「そうかな? 確かに試験官をするのは俺じゃない。どうせフィリップがお前達に付くよう裏で手を回してるんだろ? だが、最終的な評価はネス……アンカース先生がする。俺との関係を知らない訳じゃあるまい」
「……」
暫くするとゆっくりと扉が開き、隙間から聞こえてきたのは盛大な舌打ち。その隙間に手を入れ、無理矢理に扉を開け放った。
「邪魔するぞ」
部屋に入るのは俺だけだ。他の生徒達に話を聞かれないようにカガリには外で見張っていてもらう。
中は意外と綺麗に使っているといった印象。まぁ、新築の宿舎を数日で汚す方がおかしいか……。
部屋は8畳のワンルーム。生徒達が集まりミーティングをしてもいいようにと、それなりの広さが確保されている作りになっている。
アレックスは椅子に座るとテーブルに肘を突き、不貞腐れた様子で何の用だと言わんばかりに俺を睨みつけていた。
「率直に言おう。お前いい子になれ」
「はぁぁぁ?」
「実は……」
「いいよ。言わなくてもわかってる。どうせお父様から言われて来たんだろう?」
「……なんでわかった?」
「お前が4人目だからだよ。俺に品行方正にしろと言うんだろ?」
「話が早くて助かる」
「返事はNOだ。誰がお父様の言うことなぞ聞くものか」
「いや、お前がどう思っていようと俺は構わない。ニールセン公の言うことが聞きたくない理由も詮索しない。だが、俺の言うことは聞け」
「はぁ? なんでだよ」
まるで話の通じない俺にバカでも見るかのような軽蔑の目を向けると、肩を竦めるアレックス。
「なんでもだよ。俺は何のメリットも無いお前との決闘に勝ったんだ。俺の言う事を聞くくらいできるだろ? それともノルディックみたいになりたいか?」
「貴族の俺を脅すってお前、おかしいんじゃねぇの? 俺に貴族らしい立ち振る舞いをさせたいんじゃないのか?」
「そうだ。だが、お前が何を考えているのかは知らんし、俺はそれに興味がない。ペコペコ頭を下げてお前の機嫌をとるつもりもないし、ゆっくり性格を矯正する時間もない。だからフリでいいからいい子にしてろ」
それに少し考える様子を見せるが、何かを思いついたのか、アレックスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「いくらだ?」
「……は?」
「いくら払えば引き下がる? 他の奴はみんなそうだった。お父様からの報酬の倍額を出したらすぐに諦めてくれたよ」
「……マジで腐ってるなお前」
「お前も同じようなもんだろ。フリでいいからいい子にしてろなんて言ったのは、お前が初めてだよ……」
なんだか当初の予定とは若干ズレが生じている気がする。
無理矢理にでも従わせる予定が、雲行きが怪しくなってきたというか、むしろ思っていたほど雰囲気は悪くない。
仏頂面を向けるアレックス。何を言っても無視されるような状態であれば望みは薄いと思っていたが、話を聞く姿勢ではあるようだ。
何がきっかけになったのかは知らないが、とにかくいい傾向ではある。
「なんでそんなに捻くれてるんだよ。親の言う事を聞くのがそんなに嫌か?」
「ああ、嫌だね。俺には俺のやりたいことがある。だから放っておいてくれ」
「言いたいことはわかるが、子供は親の言う事を聞くもんだ。誰のカネで生活してると思ってるんだ? 学院に通っているのだって親のカネだろ?」
「わかってるよ! 知った風な口を利くな! だから勘当されるように好き放題してるんだ!」
まぁ、何となくはわかっていた。いくらなんでもバカすぎると。狙ってやってるんじゃないかと思うくらいだが、やはりそうだったとは……。
小学生低学年ならまだしも、高校生くらいの歳になれば、いい事と悪いことの区別くらいはつくだろう。
魔法を使いこなすくらいだ。それだけ知識は豊富なはず。それを学ぶことが出来るのだから、常識を著しく外れるほどのバカというのはあまりにも考えにくいとは思っていた。
仮にも貴族であり、あの厳格そうな父親を持っているのだから。
「そんなに家が嫌なら、自分から出て行けばいいじゃないか」
「平民にはわからないだろうが、貴族はそんなに簡単じゃないんだ」
「まぁ、お前の人生だ。好きにすればいいとは思うが、貴族を辞めてどうしたいんだ?」
「決まってるだろ! 俺はノルディックさんみたいな立派な冒険者になるんだ!」
それを聞いて吹き出しそうになるも、必死に堪えた。ここで笑ってしまっては折角のチャンスが台無しである。口元に手を当て隠しつつも、大きく咳払いをして誤魔化す。
アレックスの目が節穴なのではない。子供は周りの影響を受けやすいものだ。俺からしてみれば、ノルディックはただのクソ野郎だったが、アレックスには神にも見えているのだろう。
それだけの才能はある。この歳でシルバー以上は確実と言われているなら、冒険者にと思うのもわからなくもない。
しかし、貴族として生きるのであれば、その才能を伸ばすことは難しい。家の教育方針次第だが、毎日戦闘に明け暮れるような生活が許されるはずはないのだ。
「冒険者ねぇ……。俺は貴族で楽して暮らしていた方がいいと思うけどなぁ」
「うるせぇ! お前、貴族位の話蹴っただろ! 全然説得力ねぇんだよ!」
「ゔっ……」
レナも知っていたところを見ると、そのことは貴族間では有名な話のようである。
そりゃぁネストのご先祖様であるバルザックが貴族位を拝命した時も、旧貴族達からの反発があったとは聞いているので、冒険者が貴族ともなると、それなりに波の立つ話なのだろう。
「冒険者になんの夢を見ているのか知らんが、止めておいた方がいいぞ? 完全実力主義の世界だ。確かにお前にはそれなりの実力があることは認めるが、1人では何も出来ない。今回の試験で不正をしていい点数を取ったところで、それは仮初の実力だろう?」
「違う! 俺はお父様と約束したんだ。今回の試験でトップの成績を修めれば、レナとの婚約を破棄すると」
「はぁ? マジかよ。あんな可愛い子そうはいないだろ? 何が不満なんだ……」
「レナに不満なんかない! だが、奴の家は伯爵家。結婚したら俺は貴族を辞められなくなるだろうが!」
「あー……。そうなん?」
「そうなんだよ!」
貴族って本当に面倒臭いなぁと改めて実感しながらも、貴族にならなくて良かったと心の底から安堵した。
ニールセン公はアレックスに家を継がせたいが為に、その性格を矯正しレナと結婚させたい。
アレックスは冒険者になる為にワザと道化を演じ、婚約を破棄して家を出たいということか……。
絡み合う事情は大体であるが理解した。中々面倒なことに巻き込まれたものである……。
俺から盛大なため息が漏れたのは、言うまでもないだろう。
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