第262話 ダンジョンチェック
ダンジョンの入口に着くと、ロザリーのチェックが始まった。入口の大きさを測ったり周辺の魔物の状況なども細かくチェックしながらの進行は、マッピングの作業にどことなく似ていた。
「おっけーです。先に進みましょう」
白狐の狐火を先頭にダンジョンへと潜っていく。
「はえー。便利ですねぇ……」
確かに松明を持たなくていいのはかなりのアドバンテージだ。ダンジョン内で両手が使えるメリットは大きい。
「このダンジョンは地下9層まで存在しています。生徒達が目指す場所は地下7層。そこに宝箱を模した木箱を置いておくので、その中身を回収し、村へと帰還すれば試験は終了ということでよろしいですか?」
「ふむふむ。わかりました。行程はそれで問題ないでしょう。それよりも……」
「なんです?」
「いえ、何も用意されてないようですが、魔物はどうするんです? まさか倒しながら進むとは言いませんよね?」
「大丈夫ですよ。こう見えても
「……なるほど……。さすがはプラチナですね……」
感心したように頷くロザリーであったが、もちろん嘘である。
ただ、ダンジョンの主である俺を襲わないだけだ。その辺りは108番がコントロールしてくれている。
開けっぱなしになっている封印の門を抜け、アンデッド達の真横を素通り。物怖じしながらもキョロキョロと挙動不審なのはロザリーだけ。
「ア……アンカース先生……。怖くないんですか?」
「別に? 私達はこの魔獣達に守られているんですよ? それに私は九条を信じてますから」
面と向かって言われると少々こそばゆい気持ちにもなるが、信頼されているというのは悪くない。
「トラップとして6層に似たような箱を置いておきます。熟練の冒険者なら見破れるビックリ箱程度の罠です。引っかかればそれなりのペナルティを課しますが、トラップ自体が生徒達に危害を加えることはないので安心して下さい」
「了解です。ちょっとメモを取るので……」
ダンジョン構造を大雑把に説明しながらも一行はゴールである7層に到着した。8層へと繋がる階段がある部屋に置かれていたのは、いかにもな宝箱。
中に入っているのは学院の印が付いた銀貨。これがダンジョンクリアの証。持ち帰ることで試験は終了となる。
「何か問題は?」
「いえ、十分です。これなら試験も上手くいくでしょう。……後は危険級の魔物の事なのですが……」
「それはもう1つ下の階層にいるはずです。ここも巡回ルートの内に入っていますので、身を隠し待ちましょう。ネストさんお願いします」
「【
ネストが杖を振ると、自分達の姿が背景に溶け込んでいく。とは言え、それは完璧に姿を消すわけではなく、カモフラージュのようなもの。
動かなければ相手からは認識されないだろうが、音を出したり熟練度が低ければ見破られる確率は跳ね上がる。
そのままの状態で小さな通路の角に身を潜める。ここからなら、通り過ぎる時に少しだけその姿を見ることが出来るはずだ。
待つこと数分。ガチャガチャと騒がしい金属音が近づいて来るのが聞こえると、ロザリーは小声で囁いた。
「危険級はリビングアーマーなんですか? 少々強めではありますが、悪くはないと思います」
「「しー!」」
俺とネストがロザリーに向かって同時に人差し指を立てると、ロザリーの顔が恐怖に染まった。
通路の角から顔を覗かせた魔物が、リビングアーマーなどではなかったからだ。
「ヒッ!――」
僅かに漏れた悲鳴に、ロザリーはすぐに自分の口を手で押さえた。
そこにいたのはデスナイト。リビングアーマーよりも遥かに格上の魔物だ。
ロザリーの悲鳴に、ほんの少しの反応を見せたデスナイトであったが、周囲に気を配ることもなく、そのまま通り過ぎて行った。
静まり返ったダンジョン内に、ロザリーの心音だけが響いていた。
「ふぅ。どうやら行ったみたいね」
溜息をつくネスト。我に返ったロザリーは血相を変えた。
「な……なんであんな魔物がこんな低階層のダンジョンにいるんですか!」
デスナイト。それは身長2メートルを超える死霊騎士だ。スケルトンとゾンビの中間的な見た目で、纏っている鎧はリビングアーマーのそれより強固である。
両手剣を片手で振るうほどの腕力は、並の盾であれば粉々にしてしまうほどの威力を誇り、ダンジョンで言うならば地下40層以下で出現するとされているアンデッドだ。
「ボスには丁度いいでしょう?」
「いけません! 強すぎます! 生徒全員がアレックス君やリリー王女様のような実力を持っているわけじゃないんですよ? 今すぐ倒してしまうべきです! 私には無理ですけど、アンカース先生と九条さんなら勝てますよね!?」
「もちろん勝てますが……。そうすると危険回避項目の点数はどうするんです?」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう? アンカース先生も何か言ってあげてください!」
「いいんじゃないですか? どうせ生徒達は帰還水晶を持っていますし、早期に気付けば走って逃げることは可能でしょう。ちゃんと盾役の冒険者がいますし、魔法が効かないタイプの魔物よりは現実的かと思いますけど……」
「ええぇ!?」
「アンデッドは光を嫌う習性があるのはロザリー先生だって知ってますよね? ダンジョンの外に出てしまえば追ってくることもないですし。魔物の種類や特徴も授業でやった範囲。問題ありません」
「……何があっても知りませんよ?」
「大丈夫ですって! 現役プラチナプレート冒険者がそう言ってるんですから。ね? 九条?」
「ええ。もちろんです」
「……」
納得はしていないが、言いくるめられている感が拭えない。そんな微妙な表情を浮かべるロザリー。
結局は諦め、そのままデスナイトでの試験続行が決まった。
「やはりプラチナは頭のネジが外れてるんですかね……」
「何か言いました?」
「いえいえ、何も……」
村へ帰ると生徒達の合宿施設へと戻り、留守番のマグナスと合流する。
「おかえりなさい。ダンジョンの方はどうでしたか?」
「マグナス先生。それについては後程……。それよりも転移陣の方は終わりました?」
「ええ。滞りなく。後は待つだけですね」
そう言ってマグナスが指差した場所は、合宿施設の隣にある小さな小屋。
全開になっている扉から中を覗くと、床には2畳ほどの大きさの魔法陣が描かれていた。その中心に無造作に置かれているのは複数個の帰還水晶。
それは生徒達の帰還用。通常ギルドが使う帰還水晶はその国の本部が帰還地点として登録されているが、生徒達に配られるのは、まだそれを登録していないまっさらな物。
それをコット村に登録することによって、この転移陣へと帰還する事が可能になるらしい。
転移の魔法陣に水晶を一晩おいておけば、登録作業は完了とのこと。
それは
村の様子はいつもとさほど変わらない。学院の生徒は殆どが貴族階級。生徒達から話しかけることでもしなければ、村人達との会話が生まれることは滅多にない。
合宿施設の周りで狼やキツネを撫でている生徒達がチラホラと見える程度で、あまり外出している生徒はいなかった。
出迎えた時の勢いは何だったのかと思う程ではあるのだが、問題を起こさないでいてくれた方が俺的にはありがたい。
ひとまずこれで一通りの準備も完了。学院から割り振られた俺への仕事の大半が終わり、後は明日の試験本番を待つばかり。
ここからは個人的な用事を済ませてしまおうと、俺は合宿施設に足を踏み入れた。
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