第223話 再会
九条は、オルクス達が考えた作戦を進めるのであれば、それでもいいとは思っていた。最初からイリヤスのことを話すつもりはなかったのだ。
イリヤスの望みはバルバロスの遺骨を見つけることであり、白い悪魔の討伐ではない。
イリヤスから「オルクスを助けてあげてほしい」と懇願されたから手伝うだけ。
死して尚、家族とその仲間達を想うイリヤスの気持ちは痛いほどよくわかる。だが、それは同時に九条の秘密を明かさなければならないということ。九条にはまったくメリットがない行為なのだ。
だから九条はオルクスを試した。それは最大限の譲歩であり、お互いの秘密を知れば、それが自然と足枷になると考えたからだ。
「お願い……オルクス……信じて……」
霊体であるイリヤスは、オルクスの左腕を両手で掴み、その顔を不安げに見上げていた。
オルクスはその姿を見ることも、声を聞くことも出来ない。
苦悩の表情を浮かべていたオルクスであったが、不思議と自分の左腕が妙に暖かく感じたのだ。
言葉では言い表せない違和感。気の所為かと思うほど感触はなかったが、オルクスはその感覚を思い出した。
バルバロスが船長としての職務を果たしていた時、イリヤスの遊び相手はいつもオルクスだった。
見た目は母親のイレースそっくり。だが、内面は父親に似たのか活発で元気のいい子だった。
バタバタと甲板を走り回り、イリヤスが飛びつくのはいつもオルクスの左腕。右腕には古傷があるのを知っているからである。
10年前は当たり前だった日常を思い出し、違和感のぬぐえない左腕を見つめていた。
そしてオルクスは顔を上げると、まっすぐに九条を見据えたのだ。それは覚悟を決めた者の瞳である。
「わかった。俺達の秘密を教えよう。だが、それが漏れれば俺達の命が危ない。絶対に他言しないと誓ってくれ」
イリヤスの表情がパァっと明るくなった。自分の思いが通じたのだと胸がいっぱいになったのだ。
「誓おう」
九条の返事にオルクス深く頷き、その視線がミアとシャーリーに向けられると、2人も他言無用を誓ったのだ。
「俺達最大の秘密……。それはネクロガルドの構成員だということだ。お前達は知らないと思うが、裏の世界には闇魔法結社という巨大組織が存在する。名前を出すことさえ許されていない。だが、白い悪魔を倒せるのなら……。船長の仇が討てるのなら、その秘密も明かそう。これが俺の精一杯の誠意だ」
「いや、ちょっと待て!」
頭を抱える九条に、うっすらと引きつった笑顔を見せるミア。それに首を傾げていたのは、シャーリーだけだ。
「言っておくが嘘じゃないぞ?」
オルクスは九条の反応に不満を抱いた。自分なりに誠意を見せたつもりなのに、何故か苦笑気味であるからだ。
確かに知らない者が聞けば疑ってかかる内容だが、これは紛れもない事実。
九条を信じたからこそ明かした。オルクスのみならず、仲間の命さえ危うい情報なのである。
「いや、すまない。ちょっと立ち眩みがしただけだ……」
九条は、まさかオルクスからネクロガルドの名前が出て来るとは思わなかった。そして1つの可能性が頭に浮かんだのである。
(もしかして、エルザの言っていた船ってコイツ等の事なのか……?)
旅客船が運航していない中で、唯一乗り込む事の出来る船だ。
しかし、九条はそれをオルクスに聞くことは出来ない。それを秘密として明かすということは、九条がネクロガルドとは無縁だと思っているからだ。
イリヤスと話しているという九条の言葉を信じていないのなら、尚更である。
「よ……よーし。……お……お前の誠意は受け取った。ならば俺の秘密を明かそうじゃぁないか」
あまりの衝撃に少々ドモリ気味になる九条。それにミアだけがクスクスと笑っていて、やはりシャーリーは置いてけぼりであった。
「え? 何? ネクロなんちゃらがどうしたの?」
「シャーリーには悪いが、聞かなかったことにした方がいい」
「えぇー……」
不満そうに口を尖らせるシャーリーであったが、それ以上は聞かなかった。
自分だけが仲間外れにされたようでいい気分ではなかったが、わからないことは自分で調べればいいだけの話。それこそが冒険者である。
「ちょっと待っててくれ」
九条は皆に背を向けると、1人船室を出て行った。
「何処へ行く!? 話が違うぞ!」
それに焦りを感じたオルクスが船室の扉に手を掛けるも、その扉をそっと押さえたのは、小さなミアの腕である。
「大丈夫だよ。少しだけ待ってて。おにーちゃんは逃げたりしないから」
刹那、扉の隙間から漏れ出たのは魔法の光。赤とも紫ともとれる輝きが収まると、閉めたばかりの扉がゆっくりと開いた。
そこにいたのは、小さな女の子だ。黄金の髪と同じ色の瞳。そしてそこから流れる一筋の涙。
目を見開くオルクス。全身に鳥肌が立ち、言葉を失くした。
目の前にいる少女はイリヤス。それが紛れもない事実であったからである。10年前と何も変わらない愛らしい少女が、そこに立っていたのだ。
「オルクスぅー!」
「お嬢!?」
まごうことなきイリヤスの声。
イリヤスは脱兎の如く駆け寄ると、オルクスに飛び込み抱き着いた。もちろん左腕にである。
オルクスはそれを優しく抱き寄せ、歯を食いしばるほど涙していた。
白い悪魔に襲われた日。船長の乗った船が沈んだ。真っ暗闇の海上で、船長の声だけが聞こえたのだ。逃げろと……。
(あの時、逃げずに白い悪魔に立ち向かっていれば、別の未来が待っていたかもしれない……)
それからは後悔の日々。オルクスの選択に愛想をつかした仲間達は離れて行った。
(当然だ。俺は船長を見捨てたのだ……)
船長の後を追おうとも考えたオルクスであったが、それでも自分について来てくれる仲間もいたのだ。
「これで俺を信じることが出来たか?」
「ああ。もちろんだ」
イリヤスの頭を撫でながら九条を見上げるオルクスは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも力強く頷いた。
そして、イリヤスが今までのことを全てを説明したのである。
「礼を言う、九条。お前がお嬢の為に動いてくれていたなんて……」
「気にするな。これは契約だ。バルバロスを探す代わりにグリムロックまで案内してもらった。それだけのことだ」
「素直じゃないなぁ」
隣でボソッと呟いたシャーリーを九条はキッと睨みつけ、シャーリーはサッと目を逸らす。
それは、先程シャーリーを仲間外れにした些細なお返しであった。
「じゃぁ、俺は針路の変更を伝えてくる」
「……私も行っていい?」
それはオルクスではなく、九条への問いかけだ。オルクス以外の者に自分が見られても構わないかの確認である。
「ああ。行ってこい」
「ありがとう! おじさん!」
「おにーさんと呼べ」
満面の笑みを浮かべたイリヤスはオルクスと手を繋ぎながら、船室を出て行った。
暫くすると甲板から大きな歓声が上がり、そしてそれはすぐにむせび泣く男たちの嗚咽に変わったのだ。
「ねぇ、九条?」
「なんだ?」
「なんでいちいち外でよみがえらせたの? ここでやればよかったじゃない。九条の力を信じてもらうには、その方が手っ取り早かったでしょ?」
九条はそれに肩を竦め、深く溜息をつく。それがバカにされたようで、シャーリーは頬を膨らませた。
「俺が何を媒介にしてよみがえらせているのか、知ってるだろ?」
「頭蓋骨でしょ? ……あっ……」
そう。オルクス達には見せることが出来ないのだ。イリヤスの墓を荒らしてきましたなんて、口が裂けても言えるわけがない。
それは彼らの逆鱗に触れるかもしれない行為。知らぬが仏とは、まさにこの事なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます