第178話 後始末

「ふぅ。何とかなったな……」


 バイスはその場で尻もちをつき、フルフェイスの兜を脱ぎ捨てると、その疲れを露にした。

 手甲を外し、汗びっしょりの顔を袖で拭う。


「ナイスタンク!」


 シャーリーがバイスに歩み寄り拳をグッと突き出すと、バイスはそれに自分の拳を軽くぶつける。そしてその拳は、九条へと向けられた。


「九条もねっ?」


「ああ。シャーリーもな」


 笑顔のシャーリーと拳を合わせ、お互いの健闘を称え合う。

 息をはずませ近づいて来る従魔達に気付いたシャーリーは、皆と同じようにねぎらいの言葉を掛け、わしゃわしゃと激しく撫で回す。

 九条の中に沸き上がった達成感は愉悦を覚えるほどだが、それよりもなんとかなったという安堵感の方が大きかった。


「はぁ。冒険者も大変だな。こんなのばっかり相手にしてたら割に合わなくないか?」


「いやいや、こんなの滅多に出ないから! 私達の運が悪かっただけよ。ねぇバイス?」


「そうだな。金の鬣きんのたてがみの時と同様だ。大型種は基本4チーム以上のパーティーで相手するもんだ」


「そうなんですか?」


「ああ。今回は武器のおかげでなんとかなったが、基本は持久戦だ。ローテーションで相手にぶつかり、休憩させない作戦を取ることが大半。大型種のスタミナに人間が勝てるわけがないからな」


 それが人間の強さだ。数の暴力……と言えば聞こえは悪いが、力を合わせることこそが強者に対抗する術であり、それこそが弱い者の知恵である。


「このワームは強さ的にはどうなの? 金の鬣きんのたてがみより強かった?」


「どーだろうな。攻撃が単調だった分、金の鬣きんのたてがみよりは弱いんじゃねーかな?」


「嘘でしょ……。あんた達これより強い奴相手にして勝ってるってヤバくない?」


「まぁ、九条のおかげってところが大きいけどな。それよりグレイス、そろそろ回復してくれよ」


 バイスは気だるそうに顔を傾けグレイスを呼ぶも、返事はない。

 それを不思議に思った全員が視線を向けると、グレイスは抜け殻のように呆けていた。


「あっ、ごめんなさい。今すぐに!」


 我に返ったグレイスは、慌ててバイスの元へ駆けだし、傷の手当てを始めた。

 その様子を見て、九条は満足そうに頷いた。


(グレイスは今日の事をノルディックに報告するだろう。力の差を見せつけ、暗に関わり合いにならないよう促してくれればいい。後は……)


 コクセイの雷霆らいていをまともに受けたボルグサンは行動不能。九条はそれをグレイスに知られないよう再起動させなければならない。

 炎の魔剣を回収し、その傍らに横たわっていたリビングアーマーに触れる。

 その機能は停止していた。盗賊の首領だったボルグの魂は完全に消滅し、輪廻転生の呪縛から解き放たれたのだ。

 元々は極悪人。魂に人権はなく、九条には憐憫の情すら湧かなかった。


(あっけない最後だったな……)


 リビングアーマーとして復活させるには、別の魂を入れるだけでいい。

 借り物の鎧は派手に焦げてはいるものの、魂の入れ物としての機能に支障はない。


「【魂の拘束ソウルバインド】」


 失われた魂を新たに吹き込むと、何事もなかったかのように立ち上がるリビングアーマー。

 燃え残ったボロボロの布切れを新たに被せ、馬車へと積み込むはずであったが、それはグレイスの目に留まってしまった。

 バイスの回復も程々に、血相を変え飛んできたグレイスは目に涙を浮かべながらも、ひたすらに頭を下げ続ける。


「ボルグサン様! 申し訳ありません! 私が不甲斐ないばっかりに! 今回復するので、こちらで横になって下さい!!」


 どちらかというとコクセイがぶっ放した所為だが、迷惑を掛けてしまったという点では、間違ってはいない。


「大丈夫ですグレイスさん。この鎧は雷に耐性があるんですよ……」


 真顔でサラリと嘘をつく九条。

 鎧は少々焦げてはいるものの、原形は留めている。背筋を伸ばししっかりと歩いているところを見ると、弱っているどころか壮健だ。


(九条様の指示で、コクセイと呼ばれる従魔が稲妻を落とした……。仲間を攻撃するのはあり得ないけど、鎧がそれを無効化してくれると知っていればそれも戦術……?)


 伝説の武器を多数所持しているパーティだ。そんな鎧があっても不思議ではないとグレイスは納得した。

 九条達と供に活動したことにより、グレイスの感覚は少しおかしくなっていた。

 あり得ないことでも、九条達ならもしや……と考えてしまっている自分になんの疑問も抱かない。

 例えるならそれは、怪しい宗教団体から高額な壺を売りつけられても買ってしまうくらいには重症であった。


「グレイスー? 私にも回復お願いしたいんだけどー?」


 遠くから呼ぶのはシャーリーだ。それに片手を上げて答えたグレイスは、ボルグサンに深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでしたボルグサン様。あとでしっかりと謝罪させていただきますので」


 そう言ってグレイスはシャーリーの元へと駆けて行った。

 九条は、ひとまずリビングアーマーの事がバレなかったと安堵し、胸を撫で下ろした。

 その時だ。遠くから微かに鳴り響く蹄の音。

 皆がそれに気が付くと、山を登ってきたのは20人近い冒険者の一団だった。そんな彼らは全員が武器を抜き、臨戦態勢をとっていた。


「マジかよ……」


「おいおい。もう終わってんじゃねぇか」


 ワームの死体を見て、ざわざわと騒ぎ出す冒険者達。その表情は落胆と驚愕、それと安堵が混ざった複雑なものだ。

 その一団の先頭にいたゴールドプレートの男が馬から降りると、九条の胸元に視線を移す。


「失礼ですが、九条さん……ですよね?」


「ええ。そうですが」


「もしかして、これはあなたが?」


 ワームの死体にチラリと目をやり嫌悪感を露にする男。辺りはワームのどろどろとした青みががった体液が飛び散り、ぐじゅぐじゅと不快な音を発している。

 そして肉を焼き過ぎたような焦げ臭さが、離れていても鼻孔を強く刺激しているといった状況だ。


「ええ。俺だけじゃなく仲間達で……ですけどね」


 九条が素直に「はい」と言わなかったのは、勘違いしてほしくなかったからだ。

 自分1人の戦果ではなく、皆と協力した結果なのだ。


「ああ、そうだな。すまない。それより俺達は救援に駆け付けたんだが……どうやら必要はなかったようだな」


 地べたに座りっぱなしのバイスは、疲れた表情を見せながらも顔だけを向け言い放つ。


「見た通り討伐は完了した。せっかく来てもらったのに悪いな。ついでで悪いんだが素材回収に付き合ってくれよ。手伝ってくれれば今夜は奢るぜ?」


「「うおおぉぉぉぉ!」」


 それを聞いた冒険者達のテンションはうなぎ登り。全員が馬から降りると、巨大なワームの解体作業が始まった。

 一晩の奢りで素材回収の人手を確保してしまうその手腕は、さすがは貴族。人心掌握には長けている。


「おい! お前等! まだ手伝うとは言ってないぞ!」


 ゴールドプレートの男が声を張り上げるも、誰1人として手を止めようとはしない。そのノリの良さが冒険者のいいところでもあり、悪いところでもある。

 男は言う事を聞かない冒険者達に苦笑いを浮かべ、深い溜息をつきながらも馬に跨った。


「やれやれ……。じゃぁ、俺は先に帰って報告させてもらうよ。ついでにギルドから荷馬車を出してもらうよう言っておくがどうする? 結構な量だぞこりゃ」


「回収できそうなのはデカイ牙と外殻だが、そうだな……。取り敢えず屋根なしの大型が5台ほどあれば足りるんじゃねーかな? あぁ、あとロープも頼む」


「よし、わかった。……とにかくお前達が無事で何よりだ。これで街も地すべりの懸念から解放される。ありがとう」


 山を駆け降りていく男が見えなくなると、オヤジ臭く立ち上がるバイス。


「よっこいせっと……。さて、それじゃぁ剥ぎ取り作業でも始めますか!」


 バイスは、ガントレットの上から腕まくりの仕草でやる気を見せると、それに水を差すよう声を掛ける冒険者が1人。


「おーい。肉はどうするんだ?」


「肉は捨てるから好きにしていいぞ。食う勇気がある奴がいれば食ってみろ。死んでも知らんがな!」


 顔を歪め、嫌悪感を露にする冒険者達を見て、バイスは豪快に笑っていた。

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