第135話 冒険者の義務

 ノーピークスにあるネストの実家。俺達はそこで世話になっていた。

 王都の屋敷と比べても何ら遜色はない屋敷。むしろこちらの方がデカイまである。

 ネストの父親は、その後処理で右往左往しているようだ。

 俺とミアは当初別々の部屋だったのだが、ミアがこっちに入り浸っているので実質一室で済んでいた。

 金の鬣きんのたてがみとの戦いから2日。用件も終わったのでさっさと帰りたいというのが本音なのだが、そうもいかない事情があった。

 それはある意味冒険者の義務とも言えるものだ。


 ベルモントでゴールドプレートの冒険者を15人。それも討伐する為に厳選されたパーティでも歯が立たなかった金の鬣きんのたてがみを、プラチナプレート入りとは言え僅か5人で討伐したのだ。話題になるのは時間の問題だった。

 ネストの実家には連日、ギルド関係者や貴族達、それに王族までもが続々と尋ねて来ている。その様子はまるで記者会見だ。

 隣の部屋がガヤガヤと五月蠅いのはその所為。そこはバイスに宛がわれている部屋。

 古代種という希少な魔物の討伐。それが「強かったけどがんばって討伐しました。よかったね」で終わればいいのだが、そんな簡単な話じゃない。

 今頃バイスはギルドからの聞き取り調査に長時間付き合わされていることだろう。

 それは討伐を疑われているわけではなく、後世に知識として残す為のもの。

 後に同じような状況に陥った時の対処法としての調査。それが精査され、ギルドに文献として保管される。

 一般的な魔物の強さや習性、弱点等の指標は、この調査があればこそ。討伐難易度等もこの調査から決められているのだ。

 その調査を受けているであろうバイスの部屋からドン!ドン!と、壁を激しく叩く音が響いた。

 それを気にせずしばらくすると、またしてもドン!ドン!と壁を叩く音。


「主、呼んでますよ?」


「気にするなカガリ」


 ベッドに寝転びながら、わざと欠伸をして見せる。

 それはバイスから調査報告を代わってくれという合図なのだが、俺は無視し続けた。

 俺のところにだけ誰も来ないのは、部屋の前に魔獣達を待機させている為だ。近づく者には威嚇でもしてやれと言ってある。これ以上ない完璧な番犬だ。

 そもそも俺に話を聞いたところで話せることなど何もない。言うなれば素人だ。戦闘における知識は、バイスやネストの方が有している。

 召喚したデュラハンにってもらいました。とは、口が裂けても言える訳がないのだ。


「おにーちゃん、バイスさん可哀想だよ」


 ベッドの横に立っていたミアは、戸惑いとも取れる表情で訴えかけていた。

 ミアも厳密に言えばギルドの人間だ。調査の重要性は理解している。

 もちろんそれが重要なのは俺にだって理解出来るし、バイスばかり可哀想だと言うのもわかる。飯の時間以外は基本誰かしら客人が来ているといった状態で、体を休める時間はなさそうだ。


「んーまぁ、ミアがそこまで言うなら……。だが、そうするとミアの相手は暫くできなくなるな……」


「……ごめんなさい、バイスさん」


 そしてミアは俺の胸へとダイブしてきたのだ。


「現金な奴だ」


「えへへ」


 しかし、その魔獣達の罠にも臆せず扉をノックする猛者がいた。

 俺とミアは顔を見合わせ入室の許可を出すと、そこに立っていたのは第4王女のリリーである。


「失礼します」


「王女様! こちらこそこんな格好で申し訳ない」


 俺とミアはベッドから出ようと体を起こすも、リリーはそのままで構わないと言い、隣の椅子に腰かけた。


「九条。ネストから話は聞きました。仲間を、街を救って頂いてありがとうございます」


 恭しく頭を下げる王女を止める。そんな大層な理由ではないのだ。

 自分から進んでやったことではない。それに頭を下げているのなら、見当違いである。


「頭を上げてください王女様。仲間の為……いや、違うな……。流されて仕方なくやったことです。王女様が頭を下げる価値は、俺にはありませんよ」


 顔を上げた王女は、俺の焦る姿を見てクスリと笑った。

 その破壊力は抜群だ。目の前に小さな太陽があるのではないかと思うほどの微笑み。


「九条のそういう正直なところ、嫌いじゃないですよ?」


「まあ、かっこつけても似合いませんからね」


 苦笑いを浮かべ冗談を言っているようにも見えなくもないが、本心だ。

 もちろん最初は面倒だと思っていた。できれば丁重にお断りして、さっさと帰るつもりでいたのだ。

 最初から仲間の為にがんばっていたわけじゃない。結果的にそうなっただけだ。


「今日の用事はそれだけですか?」


「いえ、あと2つほどあります。1つは後日王宮から皆さんに勲章が送られることが決定したので、その授賞式に必ず参加して頂きたいという事と、もう1つは白狐をモフモフしに来たということです!」


 恐らく後者が1番の理由だろう。伝えるだけなら何も王女が来ることはないのだから。

 リリーは白狐に向かって一目散に駆けて行くと、そのモフモフを存分に堪能していた。

 相手は王女、逃げるわけにもいかず、大人しくモフモフされている白狐だったが、まんざらでもない様子。


「勲章は代理人じゃダメですか?」


「九条ならそう言うと思っていました。でも代理じゃダメです。出来ることなら本人に参加していただきたいのです」


「出来る事なら? ということは出なくても?」


 揚げ足を取るようで申し訳ないが、出たくないものは出たくない。


「失礼、訂正します。必ず本人でなきゃダメです」


「……その理由は?」


 リリーは急に挙動不審になったのかと思うほどキョロキョロと辺りに視線を泳がせると、俺に近づき小さな声で、それでいて力強く言い切った。


「決まってるじゃないですか! 私をバカにする貴族達の悔しがる顔が見たいからです!」


「ぷくく……わははははは……」


 そんなことを大真面目に言うもんだから、堪えきれず吹き出してしまった。

 身分は王族。公式でそのようなこと言えるはずがない。

 ネストもバイスもヒルバークもいない今だからこそ、本音をぶっちゃけたのだ。

 それだけ俺を信用してくれているのであれば、その想いに応えるのもやぶさかではない。それに面白そうだ。


「わかりました、王女様。僭越ながら参加させていただきます」


「よかった。それが聞けただけで満足です」


 リリーは笑顔で答えると、その後の時間を白狐のモフモフに費やした。


 ギルド関係者、それに貴族や王族が帰った後は、夕食をいただく。

 相変わらずの豪華な食事。従魔達の前には巨大なステーキ肉が置かれていた。

 経験済みのカガリは戸惑うことなくそれに齧り付くが、その他の3匹はカガリをお手本にするかのように食していた。


「九条! おめぇギルド調査員の相手しろよ! なんで俺ばっかり……」


「俺の部屋に来たのは王女様だけでしたよ?」


「そりゃ入りたくても入れねぇだけだろ……。廊下の魔獣達を退かせよ」


「俺が命令してる訳じゃないので……。あそこが好きでいるんじゃないですか?」


「そんなわけねぇだろ……。ずりぃよなぁ……」


 そんな雑談をしながらの何気ない食事風景。笑顔が絶えず、何も考えずに皆と食べる食事というのも悪くはなかった。

 キャラバンの事にマルコの事、そして金の鬣きんのたてがみと問題が山積みで頭がいっぱいだったから余計にそう感じてしまったのかもしれない。

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