第67話 作戦会議

 ギルドの2階に完備されている作戦会議室。そこはパーティを組んだ冒険者達の話し合いの場として使われている部屋だ。

 中はコット村の応接室より少し狭いが、置いてある家具や調度品はほぼ同じ物で、違う所は黒板のような物が壁に設置されていることだろうか。

 背の低い長いテーブルを挟んで、両脇に配置されているソファ。

 そこに俺とミア、テーブルを挟みバイスが腰掛けていた。

 ギルドの地下にある訓練所は、現在別の冒険者が使用中の為、空くまで待っているといった状況である。

 ミアは俯き加減で元気がなく、カガリを撫でながら物思いにふけっているようにも見えた。


「なんてことしてくれたんですか、バイスさん!」


 本気で怒っている訳ではない。元々は俺が悪いのはわかっている。

 しかしバイスの余計な一言が、場を複雑にさせたのも事実だ。


「九条だって煽ってただろ? 人の所為にするのはよくないぞ?」


「確かにそうですけど、バイスさんならあの場を収める事だってできたでしょう?」


「いやさ、俺マルコもロイドも嫌いなんだよ。ロイドは同じ盾職としてよくつっかかってくるし、マルコも担当にしてくれってうるさいしさ。九条がズバッと言ってくれてスッキリしたよ」


 確かにマルコに絡まれていた時は面倒くさそうに相手をしていたバイスだったが、完全に私怨である。

 ソファにもたれ掛かり笑顔を向けているのは余裕の表れなのだろうが、俺はそれどころじゃない。

 これからの事を考えると気が滅入る。


「人をダシに使うのはやめてくださいよ!」


「大丈夫だって、九条だったら余裕で勝てるよ」


「いや、勝てるとか負けるとかじゃなくてですね……」


「じゃぁなんだ? 目立つのが嫌だとか言うのか?」


 異世界から来たという事を知られない為に、あまり注目を集めない方がいいだろうとは思っている。

 今は記憶がないという設定を貫いてはいるが、この先俺を調べようとする輩が出て来るかもしれないのだ。

 俺を調べても、コット村でギルド登録した日以前の情報は出てこないだろう。

 あたりまえだ。それ以前はこの世界にいなかったのだから。

 そこで調査を断念すればいいが、それを不審に思い、別の世界から来たのでは? と考える者が出てこないとも限らない。それを懸念しているのである。


「どちらかといえば、目立ちたくはないですけど……」


 ソファに寄りかかっていたバイスは、真剣な面持ちで身体を起こした。


「言っておくがロイドの言っていることは本当だ。ギルドは実力主義。プレートで上下がハッキリしてる。九条が言った通り規約に書いてある訳ではないが、どうしても下のランクを見下す奴はいるし、上のランクの言う事を聞かなきゃいけない不文律は存在している」


「じゃぁ、俺は何も言わずにミアに酷いことをされるのを黙って見てろって言うんですか!?」


 大人げなく声を荒げる俺に、目を丸くするカガリとミア。

 それだけ俺が本気だということだ。何があっても守るとそう約束したのである。

 もしかしたら外に声が漏れてしまったかもしれないが、聞かれて疚しいことは何もない。


「そう。そこなんだよ。たとえ俺があの場でロイドとマルコを諫めたとしても、ミアちゃんの扱いは変わらない。ゴールドの俺が言っても、ギルドの内情までは変えられないんだ。それはギルド側も同じで、冒険者同士の争いに職員は関与しない。確かにロイドは冒険者として人気がある。その人気を利用してギルドは利益を上げているが、それ自体は悪い事じゃない。だが、ギルドはロイドの傍若無人のような振舞いを咎めようともしないんだ。街を出て行かれちゃ困るからな。しかし、九条がロイドをこてんぱんに打ちのめせば考え方が変わるかもしれない。カッパーの九条が勝つというのが重要なんだ」


「言いたいことはわかりますけど……」


 俺はマルコがミアに手を出そうとしたから、それを庇っただけである。スタッグギルドの内情なぞ知ったことではない。適性の再検査が終われば村に帰るだけなのだ。

 確かにミアの扱いを根本から変えてやれればそれが一番いいのだろうが、現段階ではそこまで求めておらず、村でひっそり暮らしていければ何も文句はないのである。

 情けないと思われるかもしれないが、俺が頭を下げることでミアが助かるのなら、謝ることもやぶさかではない。

 もちろんそれはフリである。こっちは100歩譲っても悪いとは思っていないのだから。

 それをバイスに伝えようとしたその時、ノックもなく扉が開け放たれた。


「あんた達、何したの!?」


 血相を変え、飛んできたのはネストである。


「やぁネスト。遅かったな」


 バイスはあっけらかんとしているが、それがネストには我慢ならなかったようだ。


「遅かったな――じゃないわよ! どういうこと! 説明して!」


 ネストは相当お冠の様子。

 俺とバイスで事のあらましを説明すると、ネストは仁王立ちでバイスを見下ろし、「バイスが悪い」と、ハッキリ言い放ったのだ。


「確かに最近のロイドとマルコは鼻につくけど、あなたなら丸く収めることも出来たでしょうに……」


 ネストは怒りを通り越して呆れ顔。

 綺麗な赤髪の中に片手を伸ばし頭をポリポリと掻きながらも、深い溜息をついた。


「下の方はどーなってるんだ?」


「お手上げ。もうみんなお祭り騒ぎよ……。どっちが勝つか賭けてる奴等もいるわ……」


「で? オッズは?」


「ロイドの方が人気なのは聞かなくてもわかるでしょ? シルバー対カッパーよ? 九条に誰も掛けなきゃそもそも成立しないけどね」


「ってことは、一応九条に賭けてる奴もいるんだな。どいつが九条に張ったんだ? 見る目あるじゃねーか」


「私よ」


「「おまえかよ!」」


 バイスと俺のツッコミがハモり、部屋中に響き渡る。


「正確には2人ね。私と賭けを始めた胴元の男」


 バイスに説教するネストを見て、穏便に処理をする為に動いてくれているのだろうと期待していた自分がバカであった。まさか、すでに乗っかっているとは……。

 訝しむような視線を向けると、それに気付いたネストはニヤリとほくそ笑む。

 バイスの隣にドカっと腰を下ろしたネストは、俺に向かってガッツポーズをして見せた。


「九条。やるからにはがんばるのよ!」


 盛大なため息が漏れたのは言うまでもないだろう。


「何? 九条、やる気ないの?」


「あるわけないじゃないですか……。俺はミアを守れればそれでいいんですよ……」


「はぁ……。ミアちゃんはいいなぁ。守ってくれるナイト様がいて……。私にもいればなぁ?」


 ネストはチラリとバイスの方に視線を向ける。

 バイスはそれに気づいたのか気づかなかったのか慌てて立ち上がると、「俺も九条に賭けて来るわ!」と言い残し部屋を出て行ってしまった。


「……意気地なし……」


「……何か言いました?」


「いえ、なんでもないわ。こっちの話」


 少々むくれ気味のネストであったが、軽い溜息と共にその表情はすぐに元へと戻った。


「で、九条。さすがにここで禁呪を使うのはマズイわ。大騒ぎになっちゃう。何か地味な死霊術ってないの? アンデッドを呼び出す系以外で」


 アンデッドを呼び出す魔法が主体なのに、長所を潰されてどうしろと言うのか……。


「リビングアーマーはどうですか? 大きめのローブでも被せればアンデッドには見えなくないです?」


「悪くはないけど、九条が戦わなきゃ意味がないでしょ?」


「うーん……。後は、呪縛カースバインドで動きを止めて、暗黒炎柱ダークフレイムピラーで焼くとか……」


「火力がありすぎる。ギルドを燃やすつもり? 他に何かないの?」


 注文が多い……。というか、なんで手を抜く作戦会議をせにゃならんのだ。

 こちらとしてもあまり目立ちたくないから好都合ではあるのだが、これではあべこべである。

 そこへ、表情の緩み切ったバイスが帰って来た。


「うへへ。今夜はウチに来いよ九条。VIP待遇でもてなすぞ?」


 もう賭けに勝った気でいるようだ。その自信は何処から来るのか……。


「わざと負けるかもしれませんよ?」


 それを聞いた途端、2人の顔からは一瞬にして笑みが消えた。


「嘘よね? 九条……」「嘘だろ……九条……」


 マジでお前等どんだけ俺に賭けたんだよ……という言葉が喉まで出かかったが我慢した。


「はぁ……。こうなってしまったのなら仕方ないので勝ちにはいきますよ……。でも死霊術なしでどうやって勝てばいいんですか?」


「いや、普通にぶん殴ればいいじゃねぇか」


「は?」


 ネストは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてバイスを見ていた。

 その意味をまったく理解していない。そんな表情である。


「九条、俺は知ってるぞ? 武器屋の裏庭でやった戦闘講習のこと」


「戦闘講習ってギルド登録の時の訓練のことよね? 初耳なんだけど……」


「まあ、俺もついこの間知ったばかりだからな。九条がネストの看病してた日だよ。ダンジョンで破壊されたショートソードの代わりの武器が必要で、村の武器屋に行ったんだよ。そこで武器屋の親父と意気投合してな。武器を買ってくれたら九条にまつわる面白い話をしてくれるって言うからさ」


 別に隠していた訳ではないが、武器屋のクソ親父め……。金に目が眩んだな……。


「村の囲いのデケェ穴を修復した跡も見せてもらったし嘘じゃなさそうなんだが……」


 バイスとネストは俺に視線を向け、早く真相を話せと無言の圧力をかけてくる。


「確かに、その穴をあけたのは自分ですけど……」


「な? だから殴れば勝てるぞ」


「ホントなの? ミアちゃん」


 無言で俺の顔を見つめるミアには、若干の迷いが見て取れる。

 恐らくは発言の許可が欲しいのだろうと俺はそれに頷くと、ミアはその時のことを事細かに説明した。


「嘘でしょ……。防御術を貫通したの……?」


「な? だから殴れば勝てるっつったろ?」


 ロイドとはガチで戦うわけじゃない。あくまで訓練の一環としての模擬戦。名目上は練習試合だ。

 戦闘講習と同じルール。つまり相手にかかっている防御術を先に消失させた方が勝者。

 ただし、解呪ディスペル等の魔法で直接防御術を解除するのは無効である。


「勝てるわ……」


 バイスとネストは勝利を確信したかのように手を握り合う。

 その表情は真剣だが、口角がちょっとだけ上がって見えた。


「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。当たればの話でしょ?」


「絶対に当たるさ。なんせ相手は俺と同じタンクだからな。防御力が自慢なんだ。九条に攻撃させて、歯が立たないことを思い知らせたうえで攻撃に転じるはずだ。俺だったらそうする」


「そうね。ロイドはそういう性格だわ」


「そう上手くいきますかね……」


 バイスとネストは頷き合っているが、そんなに簡単にいくものだろうかと不安に駆られる。

 それが消極姿勢のように見えたのだろう。俺の表情に苦言を呈したのはバイスだ。


「九条は平和主義者なのか? それとも相手が怖いのか?」


 正直言うとどちらでもない。平和主義者と言われる意味もわかるが、降りかかる火の粉は払うし、売られたケンカは買う。

 相手が怖いかと言われると、そうでもない。

 恐怖の度合いで言えば、ボルグ達の方が威圧感というか、凄みのようなものはあった。


「別に怖い訳じゃ……。その……なんというか戦わなければいけない理由が曖昧で、イマイチ本気になれなくて……」


「ちょっと待て九条。お前、ロイドの事は知ってるよな?」


「いえ……。今日初めて知りましたが?」


「マジかよ……。道理で話が噛み合わねぇ訳だ……」


 確かにその違和感には気付いていた。俺とロイドが争って当たり前のような物言い。

 バイスとネストがロイドを知っている前提で話していたということは、俺にそれだけの理由があると思っているのだ。


「じゃぁミアちゃんが、なんで死神と呼ばれるようになったかを聞いてないのね……」


 唇をぎゅっと噛みしめるミア。曇った表情で俯きながらも、小さな手を震わせていた。

 それだけで察することが出来たのだ。そこに知られたくない過去があるのだろうと。


「聞いた話では冒険者を見捨てたとしか……」


「それは表向きの話だ。ミアちゃんからは何も聞いてないのか?」


「はい……」


 人の過去を安易にほじくりまわすなんて非常識なこと、出来るはずがないだろう。


「いい機会だ。九条には真実を教えてやった方がいいと思うんだが……?」


 悩んでいるのか……。それとも言いたくないのか……。

 ミアからの反応は何もなく、カガリを撫でる手も止まっていた。

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