第63話 アンカース邸
ネストが玄関の扉を開けると、両脇にずらりと並んだメイドが一斉に頭を下げた。
「「お帰りなさいませ、お嬢様」」
「ただいま」
ネストの帰りに気が付いたスーツを着た初老の男性は、吹き抜けの2階から大声を上げた。
「おじょうさまぁぁああぁぁぁあ!!」
バタバタと大きな足音を立てて階段を駆け降りると、ネストの周りをグルグルと回り、つま先から背中、頭の天辺まで舐めるような視線を向ける。
「お怪我は大丈夫でしたか!? 言ってくだされば王都最高の
呆れた表情で頭を抱え、溜息をつくネスト。
「セバス。あなたはいつも大げさなのよ。ギルドから連絡は受けているんでしょう? 大丈夫だから、もう少し落ち着きなさい」
「し……しかし……」
セバスと呼ばれた男はネストに諫められるも、不安の表情は隠しきれていない。
「そんなことより今日からこの2人を数日間ウチに泊めるわ。客人として扱いなさい。いいわね?」
言われて気づいたのかセバスはこちらに視線を向けると、驚きのあまりカッと目を見開いた。
「お……お嬢様がバイス様以外の男を連れてきたぁぁぁぁ! しかも子連れだぁぁぁぁ!」
「セバス!!」
「ほんのジョークです」
ネストが一喝すると、セバスは何事もなかったかのように真顔へと戻る。
大丈夫だろうかこの人……。
「九条、紹介するわ。執事のセバスよ。わからないことがあれば彼に聞いて。あと希望があれば使用人を付けるけど……」
「いえ、大丈夫です……」
「そう? じゃぁセバス。杖と、あとコレを保管しておいて。大事な物だから杖と同じ場所に」
「かしこまりました。お嬢様」
ネストが持っていた杖と魔法書を差し出すと、セバスはそれを慎重に受け取った。
「じゃぁ九条、部屋に案内してあげる。ついてきて。カガリも一緒でいいわよ?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ミアは外へと走って行く。
「カガリー。おいでー」
誰もが可愛らしい小型のペットを想像しただろう。
しかし、玄関からヌルリと入ってきたのは巨大なキツネの魔獣だ。
「ヒッ……」
メイド達は悲鳴を上げそうになるものの、ぐっと堪えた。
客人に対し失礼があってはならないのだろう。さすがはプロといったところか。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
そんなメイド達の気概を裏切るような悲鳴を上げ卒倒したのは、他でもないセバス。
それを放置し、ネストはさっさと階段を登り始めた。
「えーっと……。ほっといていいんですか?」
「大丈夫。そんなにヤワじゃないから気にしないで」
「はあ……」
家主がそう言うのであれば、何も言うまい……。
豪邸という言葉しか出てこないほどの見事な屋敷だ。
大理石の床に赤い絨毯。正面の上り階段は広く、左右に分かれている階段の中ほどには中年男性の肖像画が飾ってある。
「これは初代様。バルザックの肖像画よ。魔法書の本当の持ち主だった人ね」
「この人が魔法書の著者……」
ネストの父親かと思ったのだが、どうやら違ったようだ。
「しばらくは、ここを使ってちょうだい」
足を止めたネストが目の前の扉を開けると、現れたのは有名ホテルのスイートルームと言われても疑うことは無いだろう豪華な部屋。
天蓋付きの大きなベッドに煌びやかな調度品の数々は、高級感に溢れている。
ミアは先程から「ほぁー」という感嘆の声しか出していない。
「2人一緒で大丈夫?」
「ええ、全然大丈夫です。むしろ広すぎます……」
「そう。ならよかった。それと何かあったらテーブルの呼び鈴を鳴らしなさいな。近くの使用人が来るはずよ」
ネストが向けた視線の先には丸い大きなテーブルと、それを囲うように並べられた4つの椅子。
テーブルの上には小さな花瓶と水差し、陶器製のカップが4つと、その隣にはハンドベルが置いてあった。
「夕飯になったら呼ぶわ。あ……そういえば九条。カガリって何食べるの?」
「基本、食べ物ならなんでも食べると思います」
「そう……。お肉とかでいいかしら?」
無言で頷くカガリ。
「わかった。じゃぁ、また後でね」
扉が閉まると、カツカツと高い足音が遠のいていく。
改めて見ても広い部屋だ。20畳位はあるだろうか……。
それ自体は珍しくない。俺の実家の寺も大きいだけの部屋はいくつか存在していた。
ただ、そこに寝泊まりするとなると話は別で、逆に落ち着かないのも事実。
大きな窓が3つも付いていて、そこからは街の様子が一望できた。
窓を開けると、微かに聞こえる街の喧騒。
松明の光に照らされて、キラキラと輝く街の様子は幻想的で、夜景としては悪くない。
「おにーちゃん、見て見てー」
振り返るとミアは大きなベッドの上でバインバインと跳ねていた。
「アハハ……おもしろーい」
気持ちは痛いほどよくわかる。俺も子供の頃にはよくやった。
トランポリンのようで楽しいのはわかるのだが、それはここでは許されないのだ!
「あぁぁぁぁぁぁ!」
急いでミアの下へ駆け寄ると、飛び跳ねていたミアを空中でキャッチした。
偶然にもそれはお姫様抱っこというスタイルだ。
突然の出来事に驚いたミアは、顔を紅潮させ固まった。
「ど……どうしたの?」
「ミア。ベッドで跳ねるのは良くない……。頼むからやめてくれ……」
「う……うん。わかった……」
ミアをゆっくりとベッドの上に降し、安堵からの溜息をついた。
ベッドのスプリングが傷んだから弁償しろ、などと言われでもしたら確実に破産である。
キングサイズだと思われる高級そうなベッド。絶対、値が張るに決まっている。
ミアは火照った体を冷まそうと、テーブルに置いてあった水差しに手を掛けた。
俺は開けっぱなしになっていた窓を閉め、呼ばれるまではジッとしていようとベッドに腰掛けると、扉から聞こえてきたのはノックの音。
「はーい。どうぞー」
「失礼します」
しわがれた老人の声。
扉を開け入ってきたのは、執事であるセバスであった。
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