第43話 張り込み

 次の日。今日もギルドは冒険者達で賑わっていた。

 その中にはバイス達の姿もあったが、気付かないフリをして、いつも通りカイルと世間話をしながら仕事が割り振られるのを待っていた。

 挨拶位してもよかったのだが、別に話すこともない。昨日少し話しただけで、仲間でもなければ友達というわけでもないのだ。


 ガヤガヤと騒がしかったギルドは時間と共に静けさを取り戻し、冒険者達が疎らになると、バイス達の場違いな存在感は誰の目から見ても異様であった。


「おい、九条。あそこにゴールドプレートの冒険者がいるぞ」


「そうだな」


「そうだなってお前……。結構めずらしいぞ? こんな村にいるなんて」


「そうなのか? あまり気にしたことは無かったな」


 盗賊の一件からコット村で見かける冒険者は増えてきた。とは言え、その殆どがシルバープレート以下で、ゴールドプレートの冒険者はそう見ない。

 それもそのはず、こんな小さな村にゴールドプレートの冒険者が受けるような難易度の高い依頼があるはずがないのだ。

 危険だと言われている魔物の討伐も、ブロンズプレート程度でこなせるものばかりだし、それ以外は基本村人達のお手伝い。

 人材派遣的な依頼が大半を占めていて、冒険者というよりボランティアのレベルである。

 最終的にギルドに残っている冒険者はバイス達のみで、依頼を受ける気配すらなかった。

 なんというか、見張られているような気がして生きた心地がしない。


「それでは専属さんにお仕事割り振りますので、こちらへどうぞ」


 いつものようにソフィアに呼ばれ、請け負う仕事の確認作業が始まる。


「では、昨日と同じで宿屋増築のお手伝いをお願いしますね」


 手続きを済ませ現場へ向かっていると、バイス達も一定の距離を保ちながらついて来る。

 俺の尾行でも始めたのかと疑うもそれは杞憂で、途中西門へと方向を変えていった。

 それに安堵したのも束の間、魔術師ウィザードのネストだけが残っていたのだ。


 炭鉱側は封印されていない。バイス達が炭鉱の調査をしている間に、必要のないネストが俺の見張りをしていると考えれば合理的ではある。

 昨日、俺の事を調べていた事実を踏まえれば、怪しまれていることは間違いない。

 差し当たり警戒しておくに越した事はないが、ダンジョンへと足を踏み入れれば108番から呼び出しがあるはずである。

 それまでは不審に思われぬよう宿屋の増築に精を出さなければ……。



「おい、九条。大丈夫か? 体調がすぐれないなら休んでてもいいぞ?」


「いや……そうじゃない。大丈夫だから気にしないでくれ……」


「そうか……。まぁ、なんかあったら言ってくれ」


 仕事を始めて2時間ほどだ。俺の不調に気づいたのか、カイルが声をかけてくれた。

 とてもありがたいことなのだが不調というわけではなく、その原因はネストにあった。

 遠くから俺を監視しているのである。

 しばらくは意識しないようにと気を張っていたのだが、徐々に苛立ちが募りそれが無意識に表に出てしまっていたのだろう。

 大きな木に隠れてコソコソとこちらを窺っているのがバレバレだ。

 ネストの方へ視線を向けると素早く隠れるのは見事であるが、隠れている木から見えているのだ。胸が。

 尻隠して胸隠さずと言うべきか、それで気付かれていないと思っているのが苛立ちを加速させる。

 本当はズカズカと出て行って、「用件があればハッキリ言ってくれ!」と言いたいのだが、それをずっと我慢しているのだ。

 夜まで待てばネスト達の情報が手に入る。そうすれば、何かわかるかもしれない。それまでは耐えなければ……。



 仕事が終わると食事と風呂を手早く済ませ、自室で作戦会議の開始である。

 といっても、そんな大層なものではなく、ミアに調べてもらっていたネスト達の情報を精査しようというだけだ。

 わざわざミアに頼んだのは、ギルド名簿が職員以外閲覧禁止であるからだ。

 冒険者であれば最低でもゴールドプレート以上。そしてそれなりの理由がなければ閲覧することは出来ない。

 それくらいの実力がなければ信用を得られないということなのだろう。

 恐らくは部外秘の情報なのだろうが、ミアはやけに乗り気だった。


「よし。じゃぁミア、頼む」


「えーっと、まずはネストさん。名前はネスト・フォン・アンカース。アンカース領のノーピークスの産まれで、魔術の名門貴族みたい。冒険者に登録したのは18歳の時でシルバープレート。23歳でゴールドプレートに昇格して現在は24歳。基本的には1人で行動することが多いみたいで、その所為で付いた二つ名は『孤高の魔女』。祖先に有名な死霊術師ネクロマンサーがいたみたいだけど、行方不明になってる」


「それは聞いたな。だが、死霊術師ネクロマンサーが気になるといっても1日中見張られるってのは、ちょっとおかしいよなぁ……」


「え? 今日?」


「ああ。飯の時以外はずっと俺の事を見張っていた。バレてないつもりのようだが……」


 1番の心当たりは、俺がダンジョンマスターだと言うことがバレていて、尻尾を出さないか見張っているということなのだが、どこからそれを知ったのかが問題だ。

 俺が村で破壊神と呼ばれていることを知ったとしても、子供達が勝手につけたあだ名なだけで、実際の破壊神とは関係ない事はすぐにわかることだろう。

 音の反響が激しいダンジョン内で聞いた声を、外で判別できるとも思えない。

 実際、俺は声だけではバイス達とは気付けなかった。


「主。あの女は危険です。すぐに始末するべきかと……」


「いや、まぁそれが出来れば話は早いが、そうもいかないだろう? 殺す以外の解決策を考えてくれよ……」


「彼女が1人になったら喉笛を咬みちぎり、誰にも見られぬうちに森に捨てるのです。どうですか?」


「だからダメだっつーの! 発想が怖いわ……」


 ドヤ顔で提案するカガリの案を瞬時に却下すると、溜息をつく。

 ミアに危害を加えると言われたことに腹を立てているのだろうが、どう考えてもやりすぎだ。

 カガリは優秀なのだが思考が獣寄りなのか、邪魔者イコール排除という条件反射的な考え方が強い。


「ミアはどう思う?」


「もしかすると、ネストさんはおにーちゃんのことが好きなのかも!?」


「……んな訳あるか……」


 確かに行動だけを見ればある意味ストーカーだが、どう考えても俺に惚れる要素は皆無だ。


 暫く知恵を絞るも何も浮かぶことはなく、そうしているうちにミアは何時の間にか寝てしまっていた。敗因はベッドで横になっていた事だろう。

 俺はそれに気が付くと、起こさないようそっと布団をかけてやり、ミアの残したメモを片手にカガリと話し合いを続けたのである。


 バイスもネストと同じ貴族出身らしい。

 その所為か、ネストとはちょくちょくパーティを組むようだが、常に組んでいるというわけではないようだ。

 フィリップの実家は鍛冶屋。

 剣の適性を持っていて、世界中に散らばる伝説の武器を探すというロマン溢れる理由から冒険者となったようである。

 シャーリーはベルモントの"町付き"冒険者だったが、フィリップと組むようになってからは"町付き"を辞め、2人組で活動しているとのこと。

 ダンジョンに特化したレンジャーで、そこそこの知名度があるらしい。


「流石にこれだけではどうにもならないな……。何の糸口も見えてこない」


 椅子に座り、机に頬杖をつきながらミアのメモと睨めっこ。

 考えれば考えるだけ瞼は徐々に重くなる。気付けば俺も、机に突っ伏して寝てしまっていた。

 それを見かねたのだろう。朧気ながらに覚えているのは、カガリが寝床にあるバスタオルを器用に咥え、俺に掛けてくれたこと。

 そしてその隣でカガリも丸くなっていた事と、そのバスタオルが、ほんの少し獣臭かったことである。

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