第12話 異物混入

 気が付くと、既視感を覚える空間に立っていた。

 雲の中にいるような、まるで現実味のない感覚。


「ここは……。そうだ! どうしてここに!? 俺はまた死んだのか!?」


「落ち着いてください」


 聞き覚えのある声とともに、天から降りて来たように見えたのは1人の天使。


「ガブリエル! ここはどこだ!? 俺は死んだのか!?」


 あの時と同じ状況だ、なぜ俺はここにいる? 訳が分からない。

 ガブリエルの肩を揺さぶり、必死に訴えかける。


「痛い痛い! 大丈夫ですから! 九条さんはまだ死んでませんから」


「じゃぁ、なんでここにいるんだ!」


「ほら、現在のあなたはミアと一緒に寝てますよ。大丈夫ですから少し落ち着いて」


 何もない空間に映し出されたのは、ミアと共に小さなベッドで寝息を立てている自分の姿。それを上から見下ろしている。

 不思議な感覚であったが、少し落ち着きは取り戻せた。


「現状を少し説明しようと思って夢の中にお邪魔したんですけど、急ですいません」


「夢?」


「はい、今はあなたの頭の中にいると思っていただければ。なのでまだ起きないでくださいね」


 そんなこと言われても、どうすれば目を覚ますのか……。


「私は今、ミアの中で眠っている状態なんです」


「どういうことだ?」


「あなたの魂を間違えてお連れしてしまったことに対して、罰を受けなければならなくてですね。その罰というのが、あなたの監視なんです」


「監視?」


「あぁ、勘違いしないでくださいね。監視といってもあなたの行動を見ているわけではないです。別の世界の魂を転生させると、その世界に馴染むのに時間がかかるんですよ。別の世界の魂はその世界から見ると、異物なんです。世界は異物を強制的に排除しようとします。それをある程度中和するために、私があなたの近くにいなければなりません」


 ガブリエルは右手の人差し指をピッと立てて得意げに説明する。

 それがミアとダブって見えた。もちろん2人の顔は全く違うのにだ。


「しかし、天使は地上に長い間滞在することができないので、ミアの中で眠らせてもらっている――って感じです。わかりました?」


「じゃぁ俺は、ミアから離れると世界に殺されるってことか?」


「極端に言えばそのとーりです。理解が早くて助かります」


「どーやって? 心臓麻痺――とか?」


「そういう直接的な感じではないですね。あくまで自然に……。例えば乗っていた船が沈むとか、魔物に襲われるとかですかね。単純に運が悪くなると思って頂ければ……」


 なるほど。なんとなくだがわかってきた。

 この世界に来ていきなり襲われたのも、その可能性が無きにしも非ずといったところか。

 ただ腹の減った狼に追われただけなのかもしれないが、線引きが難しいな……。

 しかし、なぜミアなのか?


「ミアは、ガブリエルに助けられたのは5年前と言っていた。なぜそんなに前からミアの中に?」


「あなたは一瞬だったと思いますけど、転生させる為にこっちの世界の時間で5年の歳月がかかってるんです。あなたの存在力が大きいってのもありますけど、時間をかけずに転生させると、それだけあなたを排除しようとする力も強くなります。それこそ天変地異が起きてもおかしくないくらいに……。なので世界を騙す為にも、時間をかけてゆっくり転生させる必要があったんです」


「なぜミアなんだ? 彼女じゃないとダメな理由があるのか?」


「ミアを選んだのは――。……申し訳ないですけど丁度よかったからです。戦争に巻き込まれ死にかけていて意識がなかったのと、大人と違って子供は心に隙間が出来やすいので入りやすかった――。あなたと一緒にいることを条件に傷を癒し、5年間待っていた……ということです。……正直言うと、この5年間はミアにとってはあまりいい人生ではなかったですが、それでも私との約束を守ろうと必死に生きてきました。なので、出来ればミアには優しくしてあげてください……。まぁ今の状態なら何も問題はなさそうですけど」


 ガブリエルは空中に映し出されている俺とミアを見て、やわらかい笑顔を浮かべた。


「ガブリエルがミアとして動いているのか?」


「私はミアの中で眠っている状態で、ほぼ意識はありません。ミアの行動は全てミアの意志です。私が強制させている訳ではないので、ご安心を」


 大体のことは理解できた。それにしても世界の異物か……。

 まさか世界が俺を殺しに来るとは……。


「そういえば、俺の存在力がどうとか言ってたけど、どういう意味なんだ?」


「あれ? 言いませんでしたっけ? こちらの世界では経験が強く反映されると。九条さんは僧侶の家系ですよね? 小さい頃からそれに触れていれば、膨大な魔力があって当然でしょう。簡単に言ってしまえば、子供の頃からずっとやっていたスポーツで、大人になったらプロになる――みたいなもんですよ。九条さんの場合は1回死んでしまったことによって、おかしなことになっていますが、魔法文明の世界ならば生きやすいはずですから、あまり心配なさらず――」


 話が終わるかどうかという所で、ガブリエルの顔が急に強張りを見せた。


「あ! もう時間が! ミアが起きちゃいます。えーっと、ミアが近くにいても世界の強制力は100%中和することは出来ません。でもあなたの実力なら何とかなると思いますので――、えーっと、とにかく頑張れ!」


「えぇ、なんで最後、急に投げやりになったの!?」


「あ、そうだ。この夢の中の話はミアは覚えてないので。じゃそーゆーことで」


「ちょっと待て! まだ話は……」



 ――というところで、目が覚めた。



 夢の所為か、寝起きだというのにあまり疲れは取れていない。

 まだ聞きたいこともあったのに……。

 ふと隣に目をやると、そこにミアはいなかった。僅かに残る温もりは、俺より少し早く起きたといったところか。

 テーブルの横にはミアが持ってきたカバンと、着ていたパジャマがきちんと畳んで置いてある。


「ミア?」


「あっ、おにーちゃん、おはよう。ちょっと待ってて」


 その声は洗面所から聞こえた。

 そこから顔を覗かせるミアは既に着替えが済んでいて、ギルドに出勤する準備をしていたようだ。


「ミア、その髪……」


 何か昨日と違う雰囲気に気が付いた。

 長い前髪で隠れていた素顔がほんの少しだけ……髪の分け目からチラリと片目が覗いていたのだ。


「髪留め……支部長に借りたんだけど……」


「いいじゃないか。とてもよく似合ってるよ」


「えへへ……」


 もじもじと照れくさそうに微笑むミアであったが、やはり少し恥ずかしいのか、あまり目を合わせてはくれなかった。


「じゃぁ、先にギルド行ってるね。おにーちゃんも準備できたら降りて来てね」


 ミアを見送りベッドから起き上がると、俺は大きな欠伸で冒険者としての新たな門出をスタートさせた。

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