第3話

 「ハアッ!ハァ。ハァ。ハァ」


 悪い夢を見たからか、荒い呼吸を上げて起きていた。


 だがすぐに夢のことを忘れ、すぐに商売に行く準備をした。商売服に着替え、懐中時計を持ち、身だしなみを整いた。

 気合を入れ、部屋を出たら、


 ティクティクティクティク            チッチッ

     キッキッキッキッキッキッ   キッカカ     キッカカ 

カチカチカチカチカチ   トトトトトトト     チックタックチックタック

      ツツツツツツツツ  クックックックックックッ


 嵐のような針の音を聞いていた。

 目の前にはいろいろな時計が壁に埋め尽くされるほどに積み上がっている。

 しかしいつものことだ。

 蒔田家はもともと時計屋だった。だが爺いと親は死んで、兄は戦争に行っていまだに戻ってこない。だから今はもう時計を作る人はいなくなった。彼らが残していったものはこの家、懐中時計、そして山ほどある時計だけだった。この時計らを始めは売ろうとしたが、今はもう武器しか売れなくなった。

 一階は商売のために使わないといけなかったし、捨てるのももったいなかったから時計は全て二階に持っていった。しかしそのせいで二階にあるもう一つの部屋は時計で埋もれ、廊下はとてつもなく狭い。


 毎朝この時計のせいで気合が削がれる。



 今日のすることを確認するため、手帳を開いたが、字がよく読めなかった。こまめに顔を洗わなかったのからか、目垢がまだあるせいか。


 大通り


 そうだ、大通り。なにかあったのを覚えている。大通りに何か大事なことがある。思い出した途端、すぐに大通りに行った。



 始めは人が海のように混んでいる、だが徐々に速くなっていった。

 人が波のように混んでいる。全員忙しく動いている。

 全員面白い顔をしている。とても特徴的であるし、ないとも言える。

いや、顔がない。それも違う、顔はなくない、人がいない。

 人はいない。誰もいない。一人もいない。広島に、大通りに、人はいない。


 俺だけか。

 俺だけだ。


 いや、俺だけじゃない。一人いる、大通りに。一人いる。


 斎花だ。


 

 斎花か。


 「斎花は」

 俺は走っている。


 「斎花は…」

 俺の顔は歪に歪んでいる。


 「いない?」


 そして思い出した。

 あの生々しい光景。あの痛み、苦しみ。夢とは思えない。

 爆弾。斎花。時。

 全て鮮明に蘇る。

 血塗れた、火傷に覆った彼女の体。あの記憶が戻った。


 俺は時間を巻き戻したのか。だから彼女がいるのか。さっき見た不気味な光景はなんなのか。もしかして時間が戻った副作用なのか。

 落としきれない違和感を抱えながらも、彼女の元までで走った。


 だが走っても走っても追いつけない。斎花はおしとやかに前を歩いているだけなのに、まだ届かない。まだ夢の中にいるのか?

 そう考えているときに彼女は歩くのを止め、後ろを向き、俺を見た。


 彼女を見た瞬間、何かがおかしいと気付いた。


 「お前は誰だ!」

 一つ一つの動作は斎花と違うし、彼女の目は何処か遠くを見ていて、目に靄がかかっているようだ。


 斎花の体をした「ナニ」かは少し驚いた顔をしたが、すぐに不自然な微笑びしょうを浮かべてた。

 「さあ。私は誰でしょう」」

 俺を馬鹿にするように言い。恐怖より苛立ちがまさった。


 ドッン


 しかし何かを言う前に、暴力的な音が鳴り響いた。

 あの爆弾だと思ったが、すぐに違うと分かった。


 下の土がひび割れ、周りが崩れ始めて、本川はそのひびをそるように水を流し込んでいった。

 普通の地震とも違っていた、何故ならこのひびは建物にまで及び、天まで届いた。

 天は硝子ガラスのように砕き、白い隙間を顕にした。


 異常だと気付いたが、構わず走り出した。


 下の土も時間が進むと同時に崩壊も加速した。隙間からは不気味な神々しい白も見えるようになった。段差がつき始めたせいか、本川の水も滝のように周りに降ってきた。

 だが確実に奴に近づいている。

 浮いているような岩と土に飛びつぎ、徐々に近づいていった。

 白い隙間は今は空間と呼べるほど大きくなっている。


 あと一歩のところまで奴に迫ったが、奴は思わぬ行動をとった。

 さっきまで立っていたところから、飛び降りた。

 数秒だけ呆気に取られるが、少しためらいないながらも、自信を持って底が見えない白い空間に飛び込んだ。


 強風が耐える様子もなく顔に当たり続け、無重力みたいな環境の中で俺は驚きを隠せなかった。

 それを揶揄からかうように、奴は憎たらしいニヤ顔をして俺を見た。斎花の体を冒涜している。許せない。そうやって怒りを募らせる。

 少し飛ぶ状況にになれた後、すぐに奴の方へ行き、捕まえようとした。そしてすぐに奴の手を取った。

 「オマエは…」奴にまた問おうとした。けれど。

 悲壮な顔をしていた。斎花の体をしていたから、彼女の死んだ姿を思い出し、一瞬罪悪感が体に刺さった。そのせいで話している途中、口がもってしまった


 しかし奴はすぐに憎たらしいニヤ顔に変わった。そして何故か俺の懐中時計を持っていた。

 「目的があるんでしょ。ここで道草食ってないほうがいいんじゃないの?」

 そして奴は懐中時計を俺の手の中に握らせた。

 「時を使ってください。あなたには使う理由がある。」

 いきなり真面目な雰囲気で言われ、すこし戸惑ってしまった。

 「なんで…」としか言えなかった。

 なんで俺は時を操れるんだ。なんで俺はこの夢の中にいるんだ。なんでオマエのことを知らないままなんだ。



 しかし山ほどある質問を聞く前に、俺は夢から醒めた。

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