第845話 あの日、何故?

 誕生日祭りは、夜まで続く。主役は、とうに寝てしまっていても、大人たちも騒ぎたいのだろう。

 お酒の力もあってか、夜でも屋敷の前の広場は大賑わいだ。



「明るいから、夜じゃないみたいだね?」

「そうですね。なんだか、みんな子どもに戻ったようにはしゃいでますよ」



 領民たちが、踊ったり大きな声で笑い合ったりするのをジョージアと見ていた。どちらかと言えば、混ざりたい気持ちはあるが、今日のところは大人しく見ているだけにした。



「混ざりたいんじゃないの?」

「いえ、そんなことは」

「そう。きっと、ウィルがいれば、誘いに来ていただろうね。あの踊りの場へ」

「お上品じゃないから、ダメですよ」

「アンナは、そんなこと気にしないだろ?楽しく踊りたい。領民と手を取り笑いあい。それが本当のアンナの姿だと思うけど……俺じゃあ、そのアンナは、引き出せないな」

「……そんなこと。ジョージア様といる世界は居心地がいいですよ」

「貴族たちとの牽制のしあいのどこが?」

「どこが……ですか?腹の探り合いとか、わりと楽しんでますよ。自身が遅れを取ると腹も立ちますが、今のところ、ゴールド公爵が私より何枚も上手で困っています」

「腹の探り合いを楽しめるなんて、アンナ以外にはいないと思うけどね……」

「ジョージア様も公爵なのですから、そういうものを楽しまないと。貴族だからこそ出来るお遊びですよ!」



 葡萄ジュースをグラスの中でゆらゆらと揺らして、微笑んだ。



「その遊びは、受けるものが大きすぎる遊びだと思うけど?」

「そうですか?遊びは遊びですよ。ちゃんとした調停者がいれば、成立するんですけど、今のところ、そういう人はいないですからね?」

「その役は、公が担うべきものだろう?」

「はい、そうですよ。でも、公は、まだまだ、そこまでの力がありません」

「アンナの後ろ盾があったとしてもか?」

「そうですね。まだまだです。私の後ろ盾と言っても、少ないですから。今後は少しその範囲を広げるよう、イチアに頼まれています」

「なるほど。それには、俺も関わった方がよさそうだ」

「いいですけど……今、狙っているところは、どこもかしこも独身女性を抱える領主ですからね。ジョージア様が出ていくと、第二夫人、第三夫人と増えそうで……増えてもいいですけど、そうしたら、しばらく、私、実家でゆっくりしたいです。結婚してから、何度か帰りましたけど、会いたい人には会えずにいますから」

「……帰られると困るし、会いたい人はヘンリー殿かな?」

「ハリーですか?」

「違うのかい?」

「クリスとフランに会いたいのですよ。フランなんて、前はエリザベスのお腹にいたのですから……」

「あぁ、甥っ子に会いたいのか」

「そうです!私、超絶可愛いであろう、クリスとフランを可愛がりたいのですよ!」



 鼻息荒く、兄から来る手紙の内容で、二人の子の話が書かれていることが多い。クリスも小さかったこともあったり、そもそも、実家で寛ぐ辞退ではなかったので、慌ただしく動き回ていたことを思い出す。



「この前帰ったときは、可愛がれなかったの?」

「時間がなかったのです。シルキー様の容態のこともあって」

「あぁ、それも、アンナがかんでいたな」

「なんていうか、その言い方だと、私が悪いみたいな……」



 そんなことないよとクスっと笑うので、そんなことあるのだろう。



「ところで、教えて欲しいんだけど……」

「何ですか?」

「……リアンなんだけど」

「リアンが、どうかしましたか?」

「あの襲撃事件があった日、アデルを呼んでもらったんだけど、リアンは呼んでいないのに現れたんだ。どうしてだったんだろう?」



 不思議そうにしているジョージア。私は、答えを知っていた。



「リアンに直接聞きましたか?」

「聞いていないよ。なんだか、聞きにくくて……」

「そうですか?聞けば答えてくれますよ。ただ、真相までは、わかりにくいかもしれませんが……」

「アンナは、知っているのかい?」

「もちろんです。お教えしましょうか?」

「頼む。何があったんだい?」

「あの日、アンジェラが夜泣きをしたらしいのです」

「……夜泣き。たまにあるよね?アンジェラの夜泣き」

「そうですね。私も身に覚えがあるので、なんともですが……」

「アンナも?」



 えぇと曖昧に笑う。夜中に泣きながら、誰にも悟られずに兄のベッドへよく潜り込んでいた。また来たの?と眠気眼に兄はいうけど、いつも優しく迎え入れてくれる。



「もう、そんなに泣くような年じゃないだろ?」

「もうって言ったって、まだ、3歳になったばかりですよ。夢が怖ければ、泣きます」

「……夢が?それって、アンナと一緒?」

「おそらくは。まだ、アンジェラが小さすぎてうまく言葉に出来ないので、ハッキリはしないのですけど……私より、精確なものを見ているんじゃないですかね?あの晩、ジョージア様が殺される夢をみたらしいので」

「えっ?あの晩?」

「そうです。私は、その夢を見ていない。襲われる夢をみたようなぼんやりしていましたが、夜会で襲われるジョージア様の方がハッキリ見えましたから」

「アンジェラは、ハニーローズだ。過去見は出来るかもしれないけど……予知まで?アンナの血をひいているからなのか……」

「それは、どうかわかりませんけど……それで、アンジェラが泣いたので、私を呼びに来てくれた途中だったみたいです」



 なるほどと頷きながら、疑問に思っていたことが、解決できたようだ。



「アンジーは、怖かっただろうね」

「そうですね。でも、これから、こんな夢はたくさんみることになりますよ。うなされて目が覚めるとか、本当にたくさん。私は、経験をしてきたので、少しでもアンジェラの心に寄り添うようにしたいと思っています。ジョージア様はどうですか?」



 もちろんだよと微笑む。とても愛情をかけているアンジェラのこととなれば、頼もしい。

 期待していますから!と笑いかけると、二人で子どもたちを支え導いていこうと真剣な顔でいうので、私もそれに応えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る