第830話 寝汗

 自身のベッドはやはり心地いい。今日は、領地を視察に出たからゆっくり休むようにとリアンが気をきかせてくれてジョージアと眠りについた。

 一人の方がいいなって少し思わなくもないが、春先はまだ冷える。くっついて眠れば温かいので、甘えるようにぴったりとくっつき布団の中に潜り込む。



「アンナのつむじしか見えないんだけど……出てこないの?」

「……ジョージア様はポカポカと温かいので気持ちがいいのですよ」



 ぎゅっと抱きしめて数秒。見事に眠りについた。夢ご事にクスっと笑い声が聞こえてきた。

 小さくため息をついておやすみと言葉とつむじにキスをされれば、ジョージアも眠ったのだろう。



「……ここ……食堂?」



 裸足でヒタヒタと歩きながら、見覚えのある食堂を歩く。寝静まっているのか、部屋の中は薄暗く、月明かりがほんのり差し込めるくらいだった。

 こんな時間の映像をみるのは初めてで、なんだろう?と光が指している調理場を覗く。



「悪いな、こんな時間に」

「旦那様の頼み事ならいつでも。少し、今晩は肌寒いですしね……」



 桶にお湯を入れてもらい、ジョージアはありがとうと微笑んでいる。



「それにしても桶ですか?」

「あぁ、アンナがすごい汗を書いたからね。拭いてあげようと思って」

「なるほど、アンナリーゼ様が。ジョージア様は、本当にアンナリーゼ様への愛情が尽きませんね。いつも感心しています。俺は、もう……」

「奥さんに好きだと言ってあげると喜ぶと思うけど?アンナなんて未だに頬をほんのり染めて抱きついてくるけど」

「その光景は、屋敷でよく見ているあのやつですか?」

「……だいたい、アンナは感情表現が大きいからね……最近ではアンジーやジョージにその役目もとられてしまっているけどね」

「とてもお子様方を可愛がっていらっしゃいますからね。いつも笑っているアンナリーゼ様はとっても魅力的ですよね」

「……あぁ、なんだ。俺の奥さんだから」

「誰も旦那様から奪おうなんて思いませんよ!」

「そうか。これからも、アンナの我儘に付き合ってやってくれ」

「もちろんです。おいしい料理ができますからね!」

「……あぁ。じゃあ、冷めるとダメだから行くよ!」



 調理場を出ようとしたとき、ジョージアは振り返る。



「言葉が恥ずかしいなら、赤い薔薇を一本渡すといい。庭のを持って行っていいから、感謝の意味も含めて渡せば喜ばれる」

「……ありがとうございます。夜勤明けにいただいて行きます!」



 料理人は一瞬驚いた顔をしたが、ニッコリ笑った。

 あぁと返事をし今度は本当に調理場を出る。私がちょうど食堂へ入ってきたところだろう。



「あっ、き……!」



 闇の間に隠れていたのだろう。一人の黒ずくめの人間がジョージアに向けて走り出す。



 !!



「ジョージア様、今日も素敵です!」

「アンナもそのドレスよく似合っているよ。青紫薔薇の君」

「茶化さないでくださいよ!」



 ふふっと寄り添って歩く。その場も見覚えがあった。公宮の廊下を歩いているのだ。ジョージアが褒めてくれたドレスは、ナタリーの新作で、今年の始まりの夜会で着る予定のドレスであった。



「ジョージア・アンバー!!」



 そのとき、廊下に女性の声が響く。みながその女性を見ていた。そして、手に持っているものを見てギョッとし、脇に避けている。



「あの人の敵!」



 一直線にジョージアに向かって剣を刺そうとする女性を私がジョージアの前に出て捕らえることにした。

 ぼんやりことの顛末を他の貴族たちと見ている近衛に動く気はない。



「ジョージア様には指一本、髪の毛一本触れさせませんわ!」



 剣を扱ったことがないのがわかるブレた様子を見ながら、突っ込んでくる女性の内側にサッと潜り込み手首を取って投げ飛ばした。一瞬のことだったが、騒ぎを聞いたらしいキースが慌てて駆け寄ってくる。



「キース、ありがとう」

「いえ、こちらこそすみません……」

「いいのよ!」



 キースと話をしていると鈍い音とともに私を呼ぶ声に振り返った。



「……ジョージア様?」



 床に倒れ、広がる血に驚いた。

 その傍らに立ち、薄ら笑いをしている女性がいた。その手にはナイフが握られており、血が滴り落ちている。



「……ジョージア様!」



 私は倒れこんでいたジョージアへ手を伸ばした。『予知夢』の一種だとわかっていても、伸ばさずにはいられない。


「……アンナ?大丈夫?」



 伸ばした手を握り、心配そうにこちらを覗き込んでいた。起こったことがわからず、母mんやりとジョージアを見つめ返した。



「……ジョージア様?」

「あぁ、ここにいるよ?」



 握られた手に力が入り、少しだけホッとした。そこは、よく知る私の寝室だ。



「起きられる?」

「……はい」



 背中を支えてもらい、ベッドに座る。背中がヒヤッとしたことに驚いていたら、手伝ってくれていたジョージアも驚いているようだった。



「すごい汗だよ?本当に大丈夫?」

「……はい、大丈夫です」



 そうは言っても、起き上がるまでにすごい体がすごくだるいうえに疲労感がすごかった。一人で座ることも出来ず、そのままジョージアにそっともたれかかりふぅっと小さくため息をついた。すると、ギュっと抱き寄せられた。ジョージアから優しい香りがして、少し目を瞑る。私を心配する優しい言葉が聞こえてくれ、力なく頷いた。

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