第780話 抱きしめる

 屋敷に近づくころ、お昼前になっていた。寒々していた日差しも、ほんのりあたたかみのあるものに変わり、ちらほら領民たちも活動を始めたようだ。

 すれ違うみなに挨拶をされれば、最近どう?と聞いてまわり、一向に前へと進まない。


 領主の屋敷が見えたときには、たくさん領民と話過ぎて疲れた。ノクトは、後ろで苦笑いをしているが、領民たちの顔をみれば帰ってきたという気がした。


 今日、帰ることは屋敷へ連絡をしていなかったのだが、子どもたちの遊ぶきゃっきゃという可愛らしい声が聞こえてくる。



「あぁ、アンジェラの声がする!」

「どれがだ?」

「あっ、ほら、今、まてぇーって言っているの」

「よくわかったな?」

「これでも、アンジェラのママですから!」



 胸を張ると、殆どかまってやれてないけどな?と余計な一言に肩を落とすと、何があっても、三人の母親に変わりないさと言ってくれるが、さっきのはいらないよね?と睨む。



「ほらほら、こんな道の真ん中で睨んでないで、アンジェラを抱きしめてこい!」

「……きっと、リアンに止められると思うの。お風呂に入って着替えてからじゃないとダメだと言われるのよ……」



 予想出来た未来にため息をついたが、早く会いたいに決まっている。

 馬車でなく、レナンテで帰ってきた理由はそこにもあった。



「レナンテ、行くよ!」



 あと少しだが、レナンテを走らせる。あっという間に領主の屋敷の前までこれた。レナンテからおりると、私に気が付いたアンジェラがパッと顔を綻ばせて、走ってくる。

 たどたどしい走りではなく、しっかりこちらに向けて。それを見ているだけで、涙が出そうになった。



「なにしているんだ?」

「感動しちゃって……アンジェラがすごく成長しているなって……」

「大きくなったなぁ……」

「ママッ!」



 最後の一歩は私に抱きつくように飛び込んできた。後ろからリアンが追いかけてきてくれ、私に気付いてニコリと笑う。



「ママ、ママッ!おかえり!」

「ただいま、アンジェラ!」

「ぎゅーだね!」



 嬉しそうに甘えるアンジェラを抱きかかえると、重くなっている。その重みにもさらに上手になったおしゃべりにも成長を感じた。


 ちょっと見ない間に……成長してる。公め……覚えてろ?


 命令されればはせ参じなければならない私の身の上、子の成長を見られないかと思うと、悔しくてしかたない。



「ママ、あのね?」

「ん?どうしたの?」

「ネイトがね、お話するの!」

「ネイトもお話できるようになったの?」

「そうなの!」



 弟も大事にしているアンジェラらしく、両頬に手をあてて嬉しいと伝えてくれる。その姿も可愛くて仕方がないなぁと微笑む。



「アンナリーゼ様、おかえりなさいませ」

「ただいま、リアン、レオ」

「おかえりなさい、アンナ様」

「レオも大きくなったわね!毎日、ちゃんと訓練しているのね!いい成長をしているわ!」

「本当ですか?父様が帰ってくるのを楽しみにしていたんです。練習の成果を見てもらおうと。その、父様は一緒じゃないんですか?」

「うん、ごめんね。ウィルは、国境近くの領地まで行ったから、まだ帰ってくるまで時間かかるかな」

「そうですか……」

「でもね、レオやミアからの手紙、ウィルはきっと喜んでいたと思うよ!早く帰りたいって言ってたし」

「ミアに会いたいからじゃないですか?」

「ミア?」

「みんな、ミアに会いたいって……」

「そんなことないわよ!ウィルは、レオの成長、とても楽しみにしているって話していたもの。リアン、少し、アンジェラをお願いできる?」

「ママ?」

「少しだけよ。ちょっとだけ、待っていて?」



 よくわからないけどというふうにアンジェラは頷き、リアンに抱かれる。私は、そのままレオに抱きついた。突然のことにリアンもノクトも驚き、レオはよくわからずに固まってしまった。



「レオ、私はレオにも会いたかったよ!とっても成長したね!ウィルがいない間、本当に練習を頑張ったんだって、体や顔つきを見ればわかる。よく頑張ったね!」



 ギュっと力を込めると、レオも抱き返してくる。初めて会ったときに比べ、身長も伸び、体重も増えただろう。棒のように細かった体には年相応の肉がつき、抱きしめればわかる。ウィルが考えている柔らかさもある筋肉がついていた。



「アンナ様。僕、頑張れていますか?一人じゃ、わからなくて……」

「えぇ、とっても。ウィルが考えている理想になっているわ!本当によく頑張っているわね!少しずつの積み重ねがレオを作っていくんだから、じっくり育てていきましょう!」



 誰かに褒めてほしかったのか、レオの少しだけ緊張していた体が揺るまったような気がする。1番はウィルに褒められたいだろうが、私でもよかったみたいだ。



「アンナ様、ありがとう」

「いえいえ。いつでも貸してあげるよ!」

「それは、聞きづてならないけど……」



 はぁ……とため息が上から降ってきた。足音で近づいて来ていることはわかっていたので、レオを解放して、なんとなく淑女の礼をとった。



「さすが、筆頭公爵。揺らぎもない綺麗な礼だね!」

「アンも!」



 リアンに降ろしてもらい、私の隣で淑女の礼をとるアンジェラ。チラッとそちらを見ると、少々グラグラと揺れてはいるが、とても上手に出来ていた。ナタリーが教えてくれたのだろう。



「ただいま戻りました、ジョージア様」

「おかえり、ご苦労だったね。公のおつかい」

「本当ですよ!」



 アンジェラの手を取り立ち上がる。目線の先、トロっとした蜂蜜色の瞳と目が合い、優しく微笑んでくれた。

 その微笑みひとつで、公への不満が吹っ飛んでしまったことは内緒である。

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