第774話 カラマス子爵とトライド男爵

 休憩を挟み、一息入れる領主たち。宰相よりもたらされた話に戸惑う領主もいれば、ある程度の心づもりがあった領主もいるようだ。

 こちらから見ている限りでは、公と一緒に若返った領主には前者が多く、長年領主をしているものは落ち着いている。

 経験の差といえば、そうなのだろう。さすがの貫禄に私は頷く。


 そういえば、見覚えのある領主がいるのよね。


 私が見知っているより、さらにお腹あたりに肉がついたような気がするが、相変わらずのようであった。


 ナタリーがいたら、汚らわしいって吐き捨てちゃんだろうな……


 ナタリーの元夫であるチャギルの姿をみつけた。今回の集まりは、基本的にゴールド公爵に近しい貴族たちは来ていないのだが、それでも数人は見かけることに、ゴールド公爵の方も一枚岩ではないのだと思えた。


 声、かけたら何か言ってくれるかしら?


 チャギルの方を見ていたので、視線を感じたのかカエルのような笑い方でこちらに笑顔を向けてくる。


 うん……やめておこう……せめて、ナタリーがいるときに話しかけるようにしましょう。


 苦笑いをしていると、サーラー子爵が、数名を連れ立ってやってくる。



「アンナリーゼ様、連れのご挨拶させてもらいたいのですがいいですか?」

「もちろん!」

「こんなときでなければ、なかなかお声をかけることもできませんので……」

「カラマス子爵ね!ナタリーのお兄様でよかったかしら?」

「はい、左様でございます。テリー・カラマスと申します。以後お見知りおきください」

「えぇ、もちろんよ!ナタリーにはいつもお世話になっているの!」

「迷惑をかけているではないのですか?」

「カラマス子爵は、ナタリーのどこらへんが、迷惑だと思っていらっしゃるの?」

「アンバー領主主導で経営しているハニーアンバー店へ差し出がましいことをしていると聞きおよんでいます……帰ってくるように再三言っておるのですが、一向に返事もありませんし」



 カラマス子爵に向け微笑んだ。



「子爵が言いたいことはわかりました」

「では……!」

「でも、私からナタリーを取り上げないでくださいませんか?」

「それは、どういうことですか?戴冠式後からとくに父との仲が良くないので、あまり、ナタリーが家族とは話をしないものですから……」

「そうですか。ナタリーの口から聞くのが1番でしょうけど、ナタリーは私にとってかけがえのない友人であり、アンバー領の改革に深く携わって知恵を貸してくれているのです」

「……知恵ですか?」

「ナタリーのこと、もう少し、注意深く見て差し上げてください。すごいですよ!私の今日、着ているドレスはナタリーお手製のものですし、この国のご婦人方の流行を一手に引き受けていると言っても過言ではありません。ハニーアンバー店にあるドレスは、全て、ナタリーのデザインから出来ているものです。奥さまにもいかがですか?」

「……いえ、私が買ってあげなくても、ハニーアンバー店のドレスは、とても気に入っていて、何着も揃えております」



 そうですか……と呟く。

 お得意様だったのね……、カレン同様にお茶会へ呼びたいけど、恐縮されそうね……カレンのお茶会にナタリーと一緒に参加なら来てくれそうかしら?


 夫人にもあってみたくなり、ナタリーに相談案件だと考えていた。



「自身で揃えるのと旦那様に選んでもらって着るドレスは別物。私のためだけに選んでくれた特別ですもの!喜ばれると思いますけど……ナタリーと話すきっかけに夫人に贈られてはいかがですか?」



 ちょっと強引かしら?と思いながら見つめ返すと、それはいいと顔を綻ばせた。



「……あの、お話中」

「いいですよ!トライド男爵」

「私のことも?」

「いえ、セバスの面影と言ってもいいですか?似ているなと思いまして」



 ニコリと笑いかけると、照れているようだった。何を意味しているのかわからないが、少しだけ嬉しそうである。



「セルシオ・トライドと申します。……セバス。あの子は、本の虫であったのが学園に行き、さらに齧りつくように本を読むようになりました。心配をしていたのです。公国の文官になると聞いたときは、少しだけホッとしていたが、その実は、他に目標があると伝えられたとき、私はその真摯な目に驚きました」

「ごめんなさいね。私と出会ったばっかりに、セバスの人生を狂わせることになったのかもしれないわ」

「いいえ、それはないと思います。文官になってからというもの、無茶なこともしていたことも聞いています。運動音痴なセバスチャンが乗りなれない馬を駆って小競り合いに出たと聞いたときは肝も冷えましたし……驚かされたり寿命が縮まる思いですが、五男であるあの子に、私がかけられる言葉も少ないのです。そんな、セバスチャンが見つけた自身の道が、アンバー公とともにあることだと伝えてきたことが、少し不思議に思っていました。私の中で、アンバー公爵は、銀髪の彼ですから。自身の目で確認をして付き従っているのを知ったとき、私は胸が熱くなりました。話は聞いていましたが、まさかそんなことないだろうと親の私が恥ずかしながら思ってしまったのです」



 トライド男爵からしたら、私の存在は、五人目の息子と同い年の小娘にしか見えないだろう。そんな父親から、全幅の信頼を思わせる優しい眼差しで見つめられ、照れる。



「トライド、それはうちの息子も同じだ」

「うちの妹もです」

「アンナリーゼ様に出会ったからこそ、自身が歩みたい道を見つけた。そして、生涯の主と決めたのだ。大きな声では言えないが、うちの息子は実のところ、公に命令されても、頑として動かないはずだよ?」

「うちの妹なんて、アンバー公の側にいたいので離婚します!と政略結婚をしたにも関わらず、早々に何十人もの女性を引き連れ帰ってきたかと思えば、こちらを見向きもせずにさっさとアンバー領へ馬を駆って出て行ってしまいましたよ」



 二人の父親と一人の兄が私を見てため息をついた。ただ、その三人の顔は、困っているという顔ではなく、誇らしげである。



「あの、私、全然そんなつもりはないんですけど……息子さんお嬢さんをたぶらかしてごめんなさい!」

「本当ですよ!生き生きしすぎる子らが羨ましいくらいだ」

「若ければ、私もついて行きたいものですな?」

「みなさん思ってましたか?実は私も領主でなければ……と思って、父に交渉して領主を変わってもらえないか頼んだことがありますよ!」

「みな、あれか?戴冠式がきっかけかな?」

「そうですそうです。小娘が国の1番高い場所に近いなんてとか最初は思っていましたが、セバスチャンに話を聞いたとおり、素敵な公爵に心惹かれましたね!」



 クスクスと笑う三人に苦笑いをしていると、ジェラン侯爵……カレンの旦那様まで、混ぜてくださいよと輪に入ってきた。

 休憩のひととき、ウィルたちの話を聞きながら、居心地悪く過ぎて行った。

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