第750話 いざ、ジニー探しのたび!Ⅳ
「待ってもらうわけにはいかんなぁ……」
こちらをチラと見ながら、明らかについて行きたいと主張をしているノクトを置いて行くわけにも行かないだろう。だからといって、南の領地への薬は、必須だ。これから、ヨハンが活動をしていくわけだし……薬をその場でヨハンなら作れなくはないだろうが、そんな時間はないだろう。
はぁ……とため息をついた。
「1日だけ待つわ。そのむね、ヨハンの助手に伝えるから、レナンテで南まで往復して!」
「東の国の伝説にある千里を駆ける赤兎馬という馬のようだな?」
「……赤兎馬は、わからないけど!レナンテは軍馬だから、強行でも耐えられるとは思うわ。ただ、無理はさせないで!」
「わかっている。あの馬の素晴らしさも折り込み済みで、ここから最速で往復してこよう!」
「あの……最速でも、3日はかかるのではないですか?」
「知らぬのか?商人御用達の抜け道があるのを」
「そんな道、聞いたことがないわよ?」
不敵に笑うノクトを睨めば、秘密だからなと教えてくれそうになかった。それは、私が知るより、ニコライが把握していればいい話なので、後でニコライには教えておいてくれるよう伝える。
「まぁ、いいわ。1日経てば、出発します」
「明後日の朝まででいいのか?」
「えぇ、それで構わないわ!その間に、そこに寝転がっている親玉を引っ掴まえましょうかね?」
「おやめください。危ないですから!」
「大丈夫よ。明日の朝には、隣の領地から貴族の私兵がくることになっているから。片付けましょう!」
きょとんとした顔をするキースにニッコリ笑いかけた。
お手紙をあちこちに書いて送っていたことは、キースは知らなかったようだ。
「じゃあ、ノクトは、先に向かってちょうだい。私は、お寝坊なこの三人を優しく起こしてあげることにするから」
ひらひらっと手を振ると、踵を返してノクトは出ていく。キースはどうしたらいいのかわからずうろたえ、助手は診療へと戻った。
とりあえず、キースは扉の前にいることで落ち着いたのだろう。
「お・き・てっ!」
トントンっと頬を叩くと、気絶していた男が目をうっすら開ける。視線の先でニッコリ笑いかけると、目を見開いた。
まさか、見張る対象が目の前で笑いかけているだなんて思ってもいなかったのだろう。
「さて、突然暇になったから、質問でもしようと思うのだけど、答えてくれる?」
可愛らしく非力そうな私が笑いかけていたので、下卑た笑いを男が私に向けてくるが、気の長い方ではないのでさらに笑顔を深めた。
「おっ、余裕だね?あんまり、お貴族様をなめてると痛い目にあうよ?」
明らかに私のことを何もできない女性と思っているようで、イラつかせる。
「そんな脅し、怖くもなんともねぇよ!お貴族様が、なんぼのもんだ!」
「そう。首と胴体って繋がっているほうがいいかしら?それとも、離れてもいいってこと?」
「はっ?だから……」
「どこから先に、切り落とす?」
剣の柄に手をやり、抜こうとすると一瞬怯んだが、ただの脅しだとたかを括ったようだ。
「脅しかどうかは、体で感じることが1番よね?」
完全に剣を抜ききるとクビに宛がった。本当は、この場合、短剣のほうがいいのだけどなぁ……なんて、どうでもいいことを考えながら、どうする?答える?と、妖艶に囁く。
さっきの可愛らしいお嬢さん風はなりを潜め、女王様のように妖しくどうする?と再度問う。
「は……はい、何なりと?」
「本当に?こういうときは、仲間は売れないとか、悪役らしく言わないの?」
ちょっとだけ幼く言葉遊びをすると、コクコクと頷く。
「なんだ、つまらない」
「そ、それより!お、お貴族様……は、どちらの方ですか?」
「私?私はアンバー公爵よ?知らなくて?」
「アンバー公爵……?」
「そう。私のこと、知っているのかしら?」
「……し、知らない!ただ、有名な貴族だって……確か……」
私の瞳をじっくり見つめ返してきたので、私も見つめ返した。
「……紫の瞳。あの、悪魔と同じ……」
「悪魔?」
「そうだ。悪魔!南から来た娼婦だよ!このあたりの貴族は、みな知っているだろうさ」
私の瞳を見て、縛られた体でも、後ずさりする。何か知っているのだろう。
「あなたは、何者なの?ジニーを知っているの?」
「ジニー?」
「知らないならいいわ!それより、何者?」
「……領主の屋敷で警備をしていた」
「警備だって!だって、あの屋敷は……」
「逃げたんだ。俺たちは、あの屋敷から。あの悪魔が来た日から、屋敷の様子がどんどんおかしくなり、数日のうちに領主が倒れ、それの看病をしていたメイドや侍女が倒れ……伝播するようにいろいろな侍従や兵にうつっていった」
思い出すのも嫌だと拒否反応を示す元警備に内情を聞くしかない。
「それから、街にいた家族を連れて、山に逃げた。そこで、お頭に拾ってもらって……」
「夜盗なんてしているの?領主の屋敷を襲ったのもあなたたち?」
「……俺は、行ってない。まだ、幹部の方々に信用されてないからな。こんな下っ端のやるような仕事を押し付けられている」
「私を見張ることが?」
「そうだ!これでも、領主の屋敷では、強い方だったし……」
私は後ろに回って手を触った。確かに剣ダコのようなものはあるが……どうみても、真面目に訓練をしていたとは思えないほど、掌が柔らかい。
「これで、強い方だったの?この領地って、よっぽど、平和なのね!」
「なっ、ここは、南のオークションの客が多く出入りして、危険も揉め事も多いんだぞ!」
「それにしては、剣ダコがなく、掌も柔らかいのよね。剣じゃなくて、ペンで戦っていたのかしら?」
「他にナイフとか……イロイロあると思うけど、どれとも違うし……あなた程度なら百人いても、たいしたことないわ!
ジニーの話を聞きたいの!どんな感じだった?」
「覚えているのは紫の瞳と、ストロベリーピンクの少し幼い容姿をした女性だった。他に変わったところもなく、通り過ぎたとき、微かに甘い香りがした気がする」
「……甘い香りね」
「あぁ、そうだ。噂では、貴族夫人に似せてあるとか……たしか……」
言葉を続けようとしたとき、私を見て驚く。
「アンバー公爵夫人……?」
「えぇ、そうともいうわね。一応、夫もアンバー公爵だから」
ふふっと微笑み、次は……とお頭の話をしましょうと言えば、口を噤んだ。
「助けられた恩がある。それは……」
「いいけど、領主の屋敷の惨状見た?あなたの知っているメイドや侍女が、連れ出されているかもしれないわよ?慰みものとして」
「えっ?そんな!」
「知らなかったの?あなたの家族も危ないかもしれないわね!あなたたち、今、捕まっているのですもの!」
青ざめる男性にこれ以上かける言葉がないわと思っていたら、ポツポツ話し始めた。根城を話してくれる気になったらしい。明日の朝を待って、私たちはそこへ向かうことにしたのである。
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