第634話 女神は女神らしく


「おかえりなさいませ!」

「ただいまぁ!薬草、たくさん採れたよ!」

「アンナリーゼ様、雨の中、大変でしたね……」

「でも、この薬を待っている人がいるなら、雨の中でも行くだけよ!」

「また、風邪ひかなければいいけどな!」



 えへへと事情を知るノクトに笑うと、ため息をつかれた。そういえば、外で待っていてくれたのだろうか?



「ロアン、外で待ってくれていて、寒くなかった?」

「えぇ、私は雨に打たれていませんから、大丈夫です。少々、ヨハン先生に外で

 空気をすってくるように言われましたので……」

「それは、根を詰めて動きすぎたってことね?あれほど、無理はしないように

 言ったのに!」

「申し訳ありません」

「怒っているわけじゃなくて、ロアン自身も大事にしてあげて」

「それは、他人にいう前に、自分にもいうべき言葉だな、アンナよ?」



 ノクトに言われて、ごめんと小さく謝った。それから、ヨハンのところへ向かい、薬草を採ってきたことを報告する。

 助手たちが、ノクトと一緒に樽を運び、薬の仕分けをしていってくれる。



「アンナリーゼ様にしては、気が利くじゃないか?」

「あぁ、それはね、ノクトに言われて採ってきたの。なんの薬草?」

「食欲不振とか、お疲れの人へ出す薬草。助手たちやここに手伝いに来てくれて

 いる人もいるけど、そろそろ看病している方が倒れそうだったから、これは、

 助かるよ」



 助手たちに指示を出し、2手に分かれて薬を作り始めた。

 それを見送る私は、ヨハンに話しかける。



「伝染病の方は、どうかしら?」

「うーん、子どもたちへの感染は終息を見せてきたけど、その子どもたちを看病

 して疲れ切って弱った親たちに移る傾向があるね。元々子どもが主な患者だった

 けどね。あれだけ薬があれば、大丈夫だと思うよ!」

「まだ、隣町の方が酷いんでしょ?」

「そうだ。薬が出来上がったら、あっちへ向かう予定。明日には行けるかな。

 こっちは、アンナリーゼ様もいるし、落ち着いてきてるからね。まぁ、女神は

 女神らしく笑顔を振りまいて置いてくれ!それだけで、大人たちは希望に満ちる

 わけだし」



 私はヨハンを見て、どういうこと?と聞くと、いるだけで心強い存在だと言われた。

 なんだか、そんな風にヨハンに言われると恥ずかしい。頼られているという思いもあり、嬉しくなった。



「そうだ、後で話があるんだけど??」

「いまじゃダメです?忙しいので……」

「人が多いところでは、話しにくいわ!」

「あぁ、もしかして……」

「そう、その話をしたいの!」



 私は、ヨハンを連れ立って少し離れた場所へと向かう。誰もいないことを確認して、話始めた。



「白い花の話ですか?」

「そう。麻薬だって、ノクトから聞いたわ!それと同時に、必要な薬でもあるとも」

「あのおじさん、なんでも知っているんですね?インゼロから来たんでしたっけ?」

「そうよ?何か?」

「なら、知っていて当然か……アンナリーゼ様は、インゼロで麻薬が流行っている

 のをご存じですか?」

「えぇ、それが、今では、ローズディアの南の方まで浸食していると……」

「そうですね。まぁ、元々は医療用に発見されたものなんです。死ぬ間際まで

 痛がっていた人を少しでも穏やかに逝かせてあげられるようにと。インゼロは、

 戦争の多い国ですからね……手足を切られたり、まぁ、戦場は酷いものなんです

 よ!その中でも、虫の息の人ならまだしも、まだ、しっかりしていて痛がって

 しかたがない人に対して飲ませていたんです。痛みを和らげたり、感覚を麻痺させ

 たりするのに」



 ヨハンは遠い目をした。ヨハン自身も、戦場で医師として身を置いていたこともあると聞いていた。友人を失って、従軍しなくなったと聞いたことがある。



「戦争ってね……人が狂うんですよ。人が人を殺すんですからね。善良な人がある

 日いきなり剣を握らされるんです。心が壊れていく。そんな彼らにも、あの白い

 花の麻薬を渡すんです。何も考えず、敵兵を切れるようにと……戦果は絶大で

 した。人を切るという恐怖が麻薬によって麻痺してしまっているんですからね。

 戦争をしている間中、心を麻痺させるのに飲み続けるんです。すると、戦争が

 終わっても飲み続けないと、恐怖で寝られなくなってしまう。使い続けて廃人に

 なった人を何人も見てきました。幻覚、幻聴が1番多くの人にあらわれている

 症状でしょうね。効いている間だけ、平気でいられるし、正常でもあったり

 するんですよ」

「……そんな怖いものが?」

「えぇ、ローズディアに入ってきています。これは、治す薬がありません。本人の

 努力で体から麻薬成分を抜くしかない。辛くて、大変な時間を本人だけでなく、

 家族や大事な人も過ごすことになります。あの花については、助手を含め、厳重に

 管理をしています。この国でも、少なからず、病気で苦しんでいらっしゃる人はい

 ますから……」



 私は、ヨハンに頷く。

 ヨハンの使い道が正しいことに使われていることを疑うことはしない。ただ、確認は必要だったから、聞いただけだ。



「あの花は、友人を殺しました。世界中で1番嫌いな花ですが、必要な人がいる

 限り、使わざるをえないこともあります。それだけは、わかってください」

「えぇ、わかったわ!あと、領地へも近づいてきているの。対策を練らないといけ

 ないと思うんだけど、手を貸してくれるかしら?」



 もちろんと頷くヨハン。

 いつもと違うヨハンに、並々ならぬ想いがあることがわかった。

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