第618話 じゃあ、ちょっと……Ⅱ
昼食も食べ終わり、アデルに案内され、工事現場へと向かう。
足元は、昨日までの雨でぬかるんでいるが、太陽の効果なのだろう、少しだけぬかるみもましなところもあった。
「アンナ様、その、こんな泥だらけになるところに、よろしかったのですか?」
「えぇ、構わないわ!そのために汚れてもいい服を着ているのだもの!」
「それが、汚れてもいい服……」
「みんなに比べれば、いい服着ているわよね。でも、一応、公爵っていうこともある
から……あんまり、ぼろいのも着れないのよ。アンバーでは、着古してボロボロの
古着を来て、お掃除したりしてたけど……さすがに、ここでは顔がバレている
から、無理ね」
ため息つく私とは別のため息をつくアデルに、服装のことは気にしないでちょうだいと背中をポンっと叩くとわかりましたと答えてくれる。
「では、こちらに。アンナ様が言っていた場所ですが、今、広範囲に木を切り出し、
厚みを持たせたコンクリートの壁を作っているところです。アルカのいうには、
連日の雨により、思った以上に山に水が溜まりすぎているということでした」
うんと頷き、後ろをついてきていたアルカに声をかける。
「アルカの意見を聞かせて」
「はい、山の水分保水量を昨日確認したところ、すでに限界値を越えているのでは
ないかと考えています。しかしながら、本日、半日でも1日でも晴れた。これは、
少しだけ、私が計算した保水量から若干ですが、減る可能性があります」
「真夏の熱は、水分を蒸発させるには十分ってこと?」
「それもありますが、それ程は、蒸発しません。山の奥深くに溜まっているのです
から。その水を何処かから抜けるのであればいいのですが、いかんせん、相手が
山ですからね……」
「手の打ちようがないわね!」
何かないかしら?と頭を捻るが、いい考えなど、早々に出てこないだろう。
「今、山には植林をしようと考えています。それで、今までよりか、保水量の上限
値は上がりますが、木が成長するまでに時間がかかるのよね……?ってことよね!」
「さすが、アンナリーゼ様」
「おべっかはいらないわ!今すぐ、何か出来ることを考えないと……工事を少しでも
早く終わらせることが、何よりってことかしらね?」
「そうなりますね」
「リアノは、それでいいかしら?」
「それしか、ないですからね。今は、私は、そちらの現場監督と仮住居となる建物
の建設の方も担っていますが、やはり、雨のため、遅々としている感じはします
ね。いつまで、持つのかが勝負になりそうです!」
「被害は最小限に、領民の命が絶たれることのないようにってことを最優先に、
ケガがないよう作業を進めてくれる?」
わかりました!と返事と共に、工事現場に着いたので、見ていくことにした。そこには見慣れた人がいたので、声をかける。
「ピュールっ!」
「えっ?アンナ様、何を!」
後ろから見てもわかる、逞しい体をしているのは、アンバー領の石切りの町のピュールであった。
作業が遅れていることを聞きつけ、駆けつけてくれたらしい。
「遠くまで、ごめんね!」
「いいってことよ……いいです、いいです。気にすることなんてないですから!」
「ふふっ、いつものでいいのだけど……」
「そういうわけにも……他領ですし」
「ここも、私の領地なんだけどな」
「そうだった、そうだっ……そうでした」
「親方っ、おやっさんがいないからって、ダメですよ!」
ちがいねーっとピュールは、同じ石切りの町から応援に来てくれている部下たちに笑われる。叱ろうか悩んで、結局、後で覚えていろよ!と小声で留めることにしたらしい。
「ピュールが工事を手伝ってくれたら、百人力ね!」
「えぇ、おかげさまで、近衛たちの連携もよくなりましたし、要領を得たものも
多い。私たちでは、なかなか、こうはいきませんからね。
やっぱり、職人さんは、すごい!」
「それで、おまんま食ってるんだ。近衛に遅れを取っているようじゃ、俺らも廃業だ!」
はははっ!と、乾いた空に向かって豪快に笑うピュールの声が響いた。やはり、晴れたというだけで、みなの気持ちも少しくらいは、よくなっているのだろう。
ただし、暑すぎるので、気温差にヘタレてしまう近衛も多いようだ。水分補給はこまめにしてね!と叫ぶと、ヨタヨタと水を飲みに行っている。
「日差しが今日はきついから、日差しを遮るものが必要ね!手配しておくわ!」
「それは、助かるが……また、どうせ、雨が降るだろうし……」
「それでも、準備だけはしておくわ!明日には持ってこれるように」
「よろしくお願いします!」
そういえば、私、ノクトも一緒にきたはずよね?と周りを見渡すと、建設中の仮住居の3階にいた。
見るからに、生き生きとしているノクトにため息をひとつ。好きにさせておくことにした。
それを横でアデルが見ていて、大丈夫ですか?と問うてくるので、頷く。
私の側で何もせずにうろうろしているよりかは、あぁやっている方が、本人のためにもなるし、コーコナ領のためにもなるので、ほっておくことにする。
「あぁやって働いてくれているほうが、みんなのためになるから、いいのよ!」
アデルに言うというより、自分に言い聞かせるように呟くと、確かに違いないとみなが頷く。
大工たちともすぐに打ち解けてしまったようで、近衛たちより馴染んでしまった。
きっと、明日からも、通うことになるだろう。あの目の輝きを見た私たちは、その場の全員でため息をつくのであった。
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