第617話 じゃあ、ちょっと……

 最後の班が、昼食を食べにきた。そこには、アデルを始め、フレイゼン領からきた魔法使いのうちのリアノとアルカが一緒いるのが見えた。ただし、私は、給仕で忙しく飛び回っているところで、それどころではなかったので、見ないふりをする。

 本当は、話を聞きたいところではあるのだけど……とチラチラとみてしまう。



「アンナ様!」



 給仕をしていると、アデルに見つかった。飛び回っている私を見て驚き、ちょ、ちょっと!と給仕を変わろうとする。



「アデル、久しぶりね!今、ちょっと忙しいから、えっと……あっ、あの奥の方の

 席があいてるから、そこに座ってくれる?すぐに昼食は持っていくわ!」

「いえ、アンナ様を働かせて、座るだなんて!」

「いいから、お昼は短いんでしょ?早く座りなさい!」



 しぶしぶ、私がさした奥の席に向かい、申し訳なさそうにアデルはこちらをちらちらと見てくる。



「アンナリーゼ様、誰ですか!変な人なら、私が!」



 ベリルが、不審そうなアデルを見て何かをしようとするが、やめておいた方がいい。あんななりをしていても近衛だ。それも、私が引き抜こうとしているほどの人材をベリルに勝ち目なんてどこにもない。



「ベリル、あの人は、近衛のアデルよ!とても強いから、あなたでは、絶対に敵わ

 ないわ!彼は私が借りた近衛のなかで、ただ一人、引き抜きをしようとしている

 人物なのだから」

「えっ?そうだったのですか?」

「えぇ、とても信頼しているの。気も利くし、私の護衛でもあるのよ!」

「アンナリーゼ様の護衛ですか?」

「えぇ、護衛よ!」

「あんなに強くて……?」

「強くても、私だけではどうしようもないこともあるのよ!」

「……そうなんですか」



 ベリルは、チラッとアデルを見て少々目を細めていた。ベリルにとって、アデルというのは、どんな風に映ったのだろう。



「さぁ、おしゃべりはおしまい!みんな腹ペコなんだから、早く配りましょう!」



 はいっ!と返事をしたベリルと私は、給仕に勤しむ。

 やっと、落ち着いた頃、アデルのところに自身の昼食を持って向かう。



「アンナ様……あの、給仕なんて……」

「領主がっていうの?別にいいじゃない!人手が必要なのだから、私も手伝った

 までよ!私は、そんな領主で構わないのだから」

「はぁ……わかりました。ところで、今日は晴れて、暑すぎます。急に雨が止んだ

 なんて……」



 タオルが絞れてしまいます……とぶつぶつとボヤいている。



「それで、今日は視察も兼ねているのですよね?」

「えぇ、そのつもりよ!案内してくれるかしら?」

「もちろんです!アンナ様が思うほど、工事の方は進んでないです。雨がやはり

 多くてなかなか……」

「そっか……でも、今日みたいに晴れても体に負担がかかるわよね。水分補給と

 塩分もとってね!」

「わかりました。その辺は、じゅうじゅうに言っています。そんなことで、倒れ

 られても困りますから!」

「アンナリーゼ様」

「リアノ、久しぶりね!」

「えぇ、お久しぶりです。あの、工事とは別件ですけど……報告が」

「何か問題があるの?ごめんね、出歩いてたからあまり状況がわかっていないの。

 なんでもリアノが感じたこと教えてくれるかしら?」



 私はリアノから話を聞くことにした。頷くと、話始める。



「この長雨で、どうも体調を崩している領民が多いようです。それで、もしかする

 と、何か伝染病が流行るかもしれないと、アルカとともに予想しています」

「伝染病……それは、困るわね!何が1番困るかっていうと、災害が困るのだけど、

 人に関わる災害には2種類あるのよ」

「それは、なんですか?アンナ様」



 アデルには、この辺は知っておいてほしいことではあるのだけど、答えをいうことにした。



「1つは、今、対策を練っている土砂災害ね。これは、ただ、土が流れてくるとか、

 水が流れてくるとか、そういう目に見えるものだけでは無くて、人命にも関わる

 ことなの。衛生面にもよくないし、それこそ……」

「伝染病が流行る!」

「アルカ、まさにそうなの!あなたたちは、アンバー領の悲惨な時期は知らない

 だろうけど……ちょっと、食事中だから憚れるわね……まぁ、そういうところ

 から、菌やら何やらでお腹を壊したり、水が確保できなかったり、体を清める

 ことが出来なかったり……とにかく、大変なのよ!」

「なるほど……2つ目は何ですか?」

「まさに、病気ね。伝染病もしかりだけど、今、こうやって雨ばかり降っていて、

 部屋の中に閉じこもってばかりいるでしょ?」

「はい、でも、それが何か?」

「人って不思議でね、太陽の光を浴びないといけないようになっているのよ!体の

 栄養素が太陽光を浴びることで出来るの!今は、長期間、雨でそれもできない

 でしょ?だから、体調を壊す人が出てきている。

 それに、なれない避難所での生活は、気を遣うから、気がめいっちゃったりする

 ものなんだって。近衛たちの中でも、長期的に遠征に行くと、心が病んでしまう

 人がいるらしいわ!アデルなら、聞いたことあるんじゃない?」



 うーんと考えこむアデルは、そうそうないと思いますけど……と前置きをした上で、確かに変な人は多いですね!と苦笑いしていた。



「伝染病については、ヨハン教授をこちらに呼び寄せることにするわ!どうせ、

 こっちにも来たい頃でしょうしね!」

「ヨハン教授って……医師だったんでしたっけ?」

「そうよ!専門は毒なんだけど、医術の方もかなり見識深いわよ!私は、そこから

 少しだけ齧っているだけなんだけど……」

「それでも、よくご存じです!」




 褒めてくれるアデルに微笑むと、さすが侯爵様の娘さん!とリアノが感心していた。アルカは水に関して詳しいはずなので、ちゃんと、領民へ話をしているだろう。



「まずは、飲み水のことね。アルカは、もう動いてくれていると思うけど、まだ

 まだ、手が届いていないこともあると思うから、私が引き継ぐわ!飲み水等の

 煮沸して使うようにするくらいでいいのかしら?」

「そうですね。それだけでも、だいぶ違うと思いますよ!」



 じゃあ、私は視察へ向かいたいと促すと、アデルが行きましょうかと手を取ってくれた。

 まずは、現場の状況確認から始めましょう!と席をたつのであった。

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