第604話 私と来る?
「……お嬢、大丈夫ですか?」
「……」
「お嬢」
黒ずくめの男たちの方が先に目を覚まし、ベッドに寝かされていたお嬢と呼ばれる元令嬢を覗き込んでいた。
「お嬢って何者?」
「コーワ伯爵家の令嬢です」
後ろから声をかけたら、そのうちの一人が話す気になったのだろう。ソファに座る私たちの元へ黒ずくめの男たちが来て座った。私たちの後ろにいるお嬢をチラチラと見ていた。
「あっ、こらっ!」
「もぅ、いいだろ……俺たちに勝てるわけでもなく、お嬢も痛い目に合わされ
て……没落した貴族なんて、公爵が知っているわけないだろ?」
「ニコライ、コーワ伯爵家って、この前の門兵?」
「コーワ伯爵家って、当主が一卵性の双子でして……どっちも入れ替わって政務して
いるとかで……弟は堅実な領地運営をしていたとか話を聞いていましたね。
兄の方が、たぶん、アンナリーゼ様が断罪した方ですね。ただ、兄の方は、
双子の弟を自身と偽ってインゼロに逃げ、弟の家族に全てを押し付けて没落した
ということを聞いています」
「私たちの人違いのせいで、迷惑を被ったってこと?」
「そうとは、限りません。その弟の方も、兄の悪事を知りながら、持って帰ってくる
お金を湯水のごとく使っていたので同罪でしょう」
ニコライの情報網にて調べ上げたことを教えてくれる。確かに……そんな、名前が決裁した書類にあったような気がしてきた。
「それで、あなたたちは、公が決めたことに不満があって、私を狙ったわけ?」
「………………はい」
「私を狙って何をするつもりだったの?」
「…………アンバー公爵様を人質にして、公へ貴族爵位を取り戻せるよう交渉しよう
かと……あのお方も、それでうまくいくと言ったので」
「あ……」
「ん……痛い……」
もそもそっと動くお嬢を見て、ノクトが起きたぞと声をかけてくれる。
おかげで、あのお方を聞きそびれた。
「「お嬢!」」
駆け寄る二人を見て、はぁ……とわざとらしくため息をつくと、ピタリととまった。
「それで、結局どうしたいの?」
「……それは」
「お嬢には、その、令嬢として、どこかいいところに輿入れをしていただきたく……」
「無理ね!」
「無理ですね!」
「無理だな」
私、ニコライ、ノクトが同時に言うと、ですよね……と、肩をがっくり落とす二人。没落貴族が返り咲くということは、かなり大変なのだが、没落理由が、公からの信頼失墜であれば、代替わりしないかぎり、無理だ。もし、次の公が、公妃の子であれば、後ろ盾がゴールド公爵であるから、可能性はなくはないがい……伯爵で、たぶん、太く繋がっていたはずの双子の兄が亡命したのであれば、取りたてられることも難しいだろう。
「元コーワ伯爵は、今、何してるの?」
「……な、何故それを?」
「お嬢が気を失っている間に、少しだけ話をしました」
「なんてことを!まだ、逃げ……」
「逃げるつもりか?」
ノクトを見上げ、ひぃーっとお嬢は悲鳴をあげる。
そんなに悲鳴あげられたり、気絶されたりしたら、ノクトがなんだか可哀想だ。
「そういえば、名前を聞かせてくれるかしら?」
「お嬢の護衛のタミンと申します。こちらが、ゴトウ」
「護衛なの?そんなに弱くて?ビックリしたわ」
「面目もありません……」
「鍛え直したほうがいいわよ?せっかく、いい体してるんだから!」
「なんだ、アンナに負けたのか?」
「負けただなんて……遊びにもなりませんでした」
肩を落とす二人の向こうで、お嬢がゆっくりベッドに座ろうとしているのだが、いかんせん、私にぺちぺちと布団叩きで叩かれていたので、痛いのだろう。顔を顰めている。
「お嬢のお名前は?」
「ベリル様です」
「ベリルね。そのお尻、しばらく痛いわよ!」
「アンバー公爵が叩いたのでしょ!私の可愛いお尻を!」
「仕方ないわよね!悪い子には、お尻ぺんぺんってするもんでしょ?」
「それは、庶民がすることよ!私は、貴族よ!」
ベリルは、胸を張って威張るように貴族だというが、『元』だ。そこは、間違えてはいけない。
「元貴族のベリルが、筆頭公爵に剣先を向けたのだから、それなりの覚悟があって
きたのでしょ?首と胴体が離れているとか。さぞかし、ご両親は嘆いたでしょう
ね。荷物として届いたのが、首と胴体が離れた娘だっとしたら……それに、この
護衛で、本気で勝てると思っていたの?」
「……ずっと、ついてきたのだから、その……そのおじさんさえいなかったら、勝て
るかと……旦那は優男だし、社交界では有名なダメ男でしょ?」
こちら側で、タミンとゴトウが私の雰囲気が変わったのに気づいて、ベリルを止めようとしているが、滑るように動く口は止まらなかった。そして、ベリル自身も気づいたのだろう。
「こう……しゃ……」
私の方を見て言葉を続けることが、できなかった。ニコニコと笑っているが、私の旦那様をダメ呼ばわりする、小娘に容赦はない。
「ニコライ」
手を出すと、心得たかのように布団叩きを握らせてくれた。わかっているわね!と微笑むともちろんです!と微笑み返される。
そのやり取りを引きつった顔をして、ベリルは空笑いをする。
「ノクト、ベリルをひっくり返しなさい!二度と座れないようにしてさしあげますわ!」
「へいへい。旦那のこととなると……おぉ、怖い」
「ひぃぃぃ、お……お許しを……お許しを……」
痛いであろうお尻をさすりながら、ベッドの上で額を擦りつけるようにしているが、怒気は収まる気配はなかった。
「アンバー公爵!後生です……お嬢のお尻だけは!」
「お尻だけは!」
タミンとゴトウもベリルと同じように額を床に擦りつけ頼み込む。
「気が済まないから、そこに三人並びなさい!10回叩いて差し上げますわ!さぁ、
早く!公爵様の命令でしてよ!」
そういって、さらに10発ずつ、お尻を叩かれひぃぃぃと泣き叫ぶベリルたち。
気が済んだ私は、床に転がる三人を見下した。
「で、私とくる?働き口くらいなら用意してあげられるわよ?」
お尻が痛くて転がる彼らも、背に腹は変えられないのだろう。行きます!と命を狙った私にあっさり寝返った。
それと同時に、何日も食べていなかったようで、大きく三人の腹がなる。
仕方がないので、ニコライに用意をしてもらい、食事を与えたら、貪るように食すのであった。
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