第556話 お迎えに向かいましてよ?

 あれから、ノクトに冷やかされ、少々怒りながら席についてというと、すまんすまんと、全くすまなさそうに指定した席へと座るノクトにため息ひとつ、ノクトの反対側に私も陣取った。



「それで、頼みたいことって?」

「うん、これ」



 政敵とも言える貴族からの手紙を見せると、煩わしいなと笑っている。意図を察してくれたのか、任せておけとノクトは言ってくれた。



「それで、こやつらから、何をもぎ取ってきてほしい?ここらの土地は何が特産か……」

「……夜会やお茶会に私の代わりに参加してくれるだけでいいんだけど……?」

「それだけで、いいのか?アンナのことだから、何かしらぶんどってこいという

 のかと思っておったぞ?

 こんな小物たち、アンナが出るまでもないしな……まぁ、敵さんのど真ん中で

 好き放題やってくるわ!」

「そうだ、何があるかわからないから、ヨハンの解毒剤は持って行ってね?」

「例えば……媚薬とか?」

「それは、好きにすればいいわ!ちゃんと、インゼロの奥様のところに報告して

 おいてあげるから、羽目を外してもかまわないよ!」



 ニコニコっとすると、降参降参と呟いているノクト。確か、私の元にくるときに、相当奥様は荒れたと噂話で聞いていたが、実は冷静な判断をされていた。

 ノクトは死んだものとして葬式をされたことを思うと、なんだか可哀想な気もしないでもないけど、インゼロ以外で何か極めてこいという奥様なりの激励だったと聞いたときは、とても驚いたものだ。

 私もそういう夫人になりたいとこっそり思ってしまったことは、ジョージアには内緒。


 ノクトにお願いを聞きいれてもらい、私は執務机へと戻った。



 その後城にいるはずの兄宛に手紙を書き送ったのである。



 ◇◆◇



 翌日の朝食時には兄から返信が来ていて、ジョージアと二人でため息をつく。



「……なんだか、残念なお兄様な気がしてならないのですけど」

「そうはいってやるなって……サシャもアンナに会いたいんだろうし」



 手紙を見てため息を再度ついた。

 それを見たアンジェラは、私たちの真似をしたのか、じっと見ていたと思うとため息をついていた。



「私たちがため息をつくと、悩まし気ですけど……アンジェラがすると可愛らしい

 ですね?」

「本当だね。そうだ、サシャを迎えに行くとき連れていったら?」

「そうしようかな?」



 アンジェラをちょいちょいと呼び寄せると、とたとたと走ってくる。

 私のところまで来て、よいしょっと膝によじ登った。



「アンジェラも大きくなったものだね。自分で登れるようになった」

「そうですね。アンジェラは大きくすくすくと育っていきますよねぇ?」

「ねぇ?」



 何かわからずか、同意を求めたら返事をしていて可愛いと褒めたら両頬に手を当て恥ずかしいというポーズを取るアンジェラ。

 いつ覚えたのか、どんどん吸収していっているようで嬉しい。

 その様子を見て、ジョージアはアンジェラの頭を撫でると、大きな手で撫でられたことが嬉しかったのかきゃっきゃっと喜んでいた。



「アンジー、お城へ一緒に行く?」

「お城?」

「うん、ウィルがいると思うわよ!今日は訓練場へ行くって言ってたから」



 しばらく考えていたアンジェラは、思いついたようにいくぅーと言い始めた。まぁ、素直な反応で何よりだ。



「お兄様を迎えに行くからね!それじゃ、行ってきますね!ジョージア様!」

「気を付けて行ってきて。いってらっしゃい!」



 ジョージアに手を振られ、アンジェラの手を引き馬車に乗り込む。割と楽な服装で城へ行く。訓練場での待ち合わせなので、そこまで兄が来てくれる予定だ。



「アンジェラは、お兄様に会うのは……初めてみたいなものね?楽しみ?」

「お兄様?」

「私のお兄様ね。アンジェラにとっては、おじさんだよ」

「おじさん?」

「そう、サシャおじさん」

「サシャおじさん」



 アンジェラに兄の呼び方を教えていると、城についたようだ。

 門兵にいつものように声をかけられる。

 今日は、アンバーの紋章がついた馬車で来たので、入口をコンコンとノックされた。

 どうぞというと、見覚えのない若い兵士が顔をのぞかせる。



「いつもの門兵さんじゃないのね?」



 私は、つい話しかける。顔見知りではない私から話しかけられたのと、平民が着るような服を着ていたことで、ムッとした態度を取る若い門兵。



「これは、アンバー公爵家の馬車なはずだ。なぜ、貴様のような平民が!」



 いきなり怒鳴られ、アンジェラはビックリして大泣きしてしまい、私は抱きかかえ泣き止まそうとするが、追い打ちをかけるように無礼な物言いで若い門兵はまくしたてる。

 私も公爵として、着ている服は威厳の欠片もないけど……アンジェラを泣かす程のことなのかとカチンときた。

 アンジェラを抱きかかえ、私は、その門兵を馬車の外へと追いやることにする。



「あまりにも、失礼な物言いね?子どもを泣かせるほど怒鳴る必要もないし、私が

 誰でこの子が誰なのかわかって言っているのかしら?馬車から出て行きなさい!」

「公爵の愛妾風情が、何を!」

「アンバー公爵に愛妾は残念ながらいないはずよ?」



 出入口を塞がれてしまっているので、アンジェラは余計に恐怖を感じてしまっているらしい。

 どかない門兵に近寄り、ハイヒールで蹴り飛ばした。気を抜ていいたらしく、軽く蹴飛ばしたつもりが、結構飛んでいき、門へ背中から激突したようだ。



「貴様っ!兵士に、近衛に手を出していいと思っているのか!」



 門兵の大きな声で叫ぶので、通行人を始め他の門兵も何事かと近寄ってきた。



「あなたこそ、アンバー公爵に対して無礼が過ぎるわ!」

「女だと思って手加減してやっていたというに!」

「私に手加減なんて、必要ないわ!この国でも、武術に関しては強い方に数えられる

 もの!」



 挑発をしたつもりはないのだが、門兵は手に持っていた槍を私に向けた。

 素手の私と獲物の長さが違うんだけど……とため息をつき、アンジェラを馬車の入口に座らせる。


 やれやれというふうに向き合うと、やはり、門兵は槍を使って攻撃してくるようだ。

 どう考えても不公平だ!と嘆きながら、私は向き合う。

 鍛錬なんて言葉を知らないのかと言うほど、何も考えていない突きを心臓向けてしてくる。

 練度のある近衛であれば、難しいかもしれないが、素人相手なら動きが単純でよけやすい。

 私は、突き出された槍をあっさり避け、逆に槍の柄の真ん中程までスルッと間合いに入る。そこからは、単純に槍の取り合いだ。

 端を持っている門兵より私の方に分があったようだ。私は、槍を取り上げ、逆に切っ先を門兵に向けると、また、逆切れされた。

 誰か、私のこと、教えてあげなよ……さすがに可哀想だ。



「貴様っ!牢にぶち込んでやる!」

「出来るものなら、やってみなさい!私が逆に処刑台に送って差し上げるわ!」



 そういったところに、こらーっと耳馴染みの声が聞こえてきた。

 誰かが訓練所まで呼びに行ったのだろう。

 ウィルが、こちらに駆けてきて、たぶん、私に怒っているのだろう。

 怒った声音が聞こえてきたのである。

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