第540話 なんだか久しぶり過ぎるけど、やっぱり残念ね……

 私は、ナタリーに疑問をぶつけてみた。

 我が家には執事見習いがパルマを入れて三人いたはずだ。パルマは、今は城へ勤めているので、もう、見習いではないのだが、今もこうして休暇中にもかかわらず、こまごまと気を使ってくれている。

 もう一人は、コーコナ領の執事にとディルが育てているモレンは、なかなかの好青年で、コーコナ領であれば、任せられるくらいにはなっている。コーコナには、侍女のココナもいるので、二人で力を合わせればなんとかなるだろう。

 社交の季節の途中から、私もあちらに向かうので足りないところは補えばいい。

 さて、本題の彼についてだ。



「ナタリー、ライズはどこにいるのかしら?一応、我が家の侍従であるはずなんだ

 けど、全然見かけないのよね……」

「……ライズですか?今日は、ハニーアンバー店へ行っているはずです。アンナ

 リーゼ様、ライズを私が使ってしまって申し訳ありません」



 ナタリーが謝るが、本来ならライズが自身で話に来るのが本当だろう。

 私が主人なのだから……ただ、ナタリーに懐いていたことも知っているし、私はなるべく関わりたくなかったので、正直助かっている。



「いいわ!気にしていないもの。それで、ライズの様子を聞かせてくれるかしら?」

「……はい。最初は全く使えない者でしたが、最近では、少しずつコーコナ領での

 服飾を学んでいます」

「服飾を?何故?」

「私にもわかりません。ただ、布や服、ドレスだけでなく、いろいろと吸収している

 ようで、ニコライにくっついているときもあるようです。

 放蕩しているようですが……」

「学んでいるってことね。私も放置してしまっているから何も言えないけど……

 一応、インゼロ帝国の元皇太子ですからね……」

「そうは言っても、姫さん。考えようによっちゃ、動き回ってもらっている方が、

 都合がいいんじゃないか?」

「まぁね……間者にさえ見つからなかったら、別に何をしてもらってもいいわ!」

「それなら、大丈夫だと思いますよ!」



 どうして?と聞くと、ふふっと何か思い出したかのように、ナタリーが笑う。



「何かあるのか?そのライズには」

「ふふっ、ライズは、今、外を歩くとき、女装をしています」

「女装?それは……」

「先日、インゼロ帝国の方が、ドレスを買いにハニーアンバー店に来たのです。

 たまたま、顔を知っていたので、ライズはうまく逃げたようですが、公都に間者が

 いることは知っていたようです。ただ、自分の身が危ないこと、ライズが捕まる

 ことでアンバーにも多大な迷惑をかけることをやっと自覚したようで……髪も

 染め、ドレスをまとい、性別を偽っています」

「元々、小柄ではあったから、ドレスを着てもそれ程の違和感はないのではなくて?」

「えぇ、その通りですわ!私の後ろをついて回っていますが、私自身、誰か連れて

 歩いていたので……違和感なくと言う感じです。お会いになりますか?」

「そうね……会わないといけないわよね……気が重いわ……」



 確かになぁ……と、ウィルも遠い目をしている。

 ライズと言えば……頓珍漢なことをしたり、猫背だったり、私とは合わない人物だ。

 アンバーに集まっている人々からすると、かなり異物感があったのだが……ナタリーに育てられたのだろうか。



「はぁ……何でもいいわ……少しは危機管理が出来るようになったのなら、御の字

 ね。呼ばなくていい……そのうち、店にも顔出すから」

「そんなに嫌わないであげてください。自分がどれほどのものだったか、今では反省

 しているのですから」

「ナタリーの前だけしおらしくても……」

「姫さん、相当手こずってたもんな……」

「笑い事じゃないよ!」



 ぶすっと頬を膨らませると、ちょうどノクトが打ち合わせをしているのか?と部屋に入ってきた。

 実は、ノクトに会うのも久しぶりだ。



「おう、アンナ。帰ってきてのか」

「えぇ、帰ってきましたよ!我が家に」

「そうか。じゃあ……ほれ、挨拶しろ。自分の主だろ?」



 大きなノクトの後ろから、小柄な女性があらわれる。今年の流行にしようかと相談していたドレスを可愛らしく着こなしているその女性は、恥じらうようにノクトの前に出て、淑女の礼をとる。



「アンナリーゼ様、おかえりなさいませ」



 女性にしては、少し声が太いことで、ライズであることがわかった。



「ライズなの?」

「……はい、ライズです。ご無沙汰しています」

「本当ね……」

「これまた、たまげたね!」

「すごい美人だ!」



 ウィルとセバスがライズの顔をしげしげと見つめると、すっと視線を外し、恥ずかしかったのかもじもじっとしている。

 コルセットをしているからか、猫背が矯正され、立ち姿も美しい。



「男性にしておくのが勿体ないわね!公の寝所に送りこもうかしら?」

「待て!」

「待った!」

「ダメでしょ?」

「……」



 男性陣四人が思い思いに私を止めにかかるが、本気でそう考えてしまったのだ。これ程の美人はなかなかいない。

 まじまじとライズを見れば、恥じらいながらもじもじとされると、こっちまで変な気持ちになってきた。



「ライズ、そのもじもじっていうのなんとかならないかしら?」

「……あの、すみません」

「なんだか久しぶり過ぎるけど、やっぱり残念ね……」

「そうは、言ってやるな。これでも、売り子としては、かなり頑張っているん

 だから!なっ!ライズ」

「そうなの?凄腕売り子がいるって聞いていたけど、まさかライズ?」

「あぁ、そうだ。先月の売上のうち、貴族に売ったドレスの殆どをライズが売って

 いる」



 へぇーと関心すると、照れたようにライズは頬を少し赤く染める。

 その姿は、やっぱりどこぞの可愛らしい令嬢であり、やっぱり……公の寝所に!というと、その場にいる全員に止められるのであった。

 さすがに、公も可哀想だと言われたら、仕方がない。

 あの公なら……問題ないと思うけどな……とボソッと呟くと、恐ろしいものでも見たかのようにみなが私を見る。



「どうしたの?」

「いや、なんていうか……公も報われないなって……他人事じゃないんだけど……」



 ノクトの言葉に、ん?と可愛らしく首を傾げると、ため息だけが部屋に広がり、ライズと二人でなんのこと?と確かめ合った。



 ちなみに、ライズは母親似らしく、背も伸びなかったし、どちらかというと女顔をしているから、ドレスを着てもじもじされるともう女の子にしか見えないというと、それはみなが頷きあっているので、間違った認識ではなかったようだ。

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