第515話 能力の弱まり
着替えて階下に降りていくと、何食わぬ顔をしてウィルがパンを頬張っている。
よくよく見ると少しねむそうだが、見なかったことというか、気づいていないですよという体で声をかけた。
「おはよう、ウィル!」
「あっ!おはよう。姫さん」
「夕べは、いろいろと楽しかったかしら?」
お道化て言うと、まぁねぇーと気のない返事をしていた。
それもそうだろう。いろいろといいつつ、廊下で私の部屋の扉に寄っかかり寝ていたのだから……何もなかったのだ。いろいろだなんて。
「姫さんも朝食べるよね?」
「うん、今日は結構な距離を進むし、打ち合わせもねじ込まないといけないから、
しっかり食べるわよ!」
「あんまり食うと、レナンテが怒らない?」
「何を言っているの?レナンテはノクトを背に乗せているくらいなんだから……
私なんて二人乗っても全然大丈夫よ!」
ウィルにそういって、宿屋のおばさんに声をかける。
すると、目の前に食事が並んだ。スープもパンも一般的なもので、普通である。
「やっぱり、領地のめしってうまいよな……」
「そうなの?」
「姫さんとこって、公都の屋敷もアンバー領の小麦だろ?だから、わからないん
だろうけど、全然違うから。甘味というか……口に広がる噛んだ瞬間の匂いとか」
「じゃあ、領地外で輸出するときは、少しだけ値段をあげましょうか?付加価値は
必要よね……あっ!本当だ。ちょっと、味が違うわ!
甘味ね……気が付かなかった」
私は、パンをもそもそと口の中で味をみると違いがわかる。
今まで、何気なく口にしていたので、ウィルに言われるまで、全然気づかなかった。
ウィルもうーんと唸りながらもそもそと食べ、しみじみとあぁ、領地のパンと呟いている。
生産量が上がったら……もう少し領地外にも輸出をしていくつもりだったので、これはいい発見だと思えた。
畑の土の良し悪しのことをヨハンに言われたがさっぱりだったけど、こうして味わいがわかれば、なるほどと頷くしかない。
アンバー領の麦に関しては、土を肥やすことに肥料は使っているが、他はなるべく農薬は使わないでくれている。
みな、アンジェラのお誕生日会をして、領主の子どもを身近に感じてくれたことから、そういうふうになったということなのだが……それも、何か関係があるのだろうか?
私は朝食をきっちり食べ終わり、おばさんに美味しかったわとお礼をいい、旅支度を整えて宿から出発する。
「今日は、長い距離の移動になるけど、ウィルは大丈夫?」
「へ?」
「床で寝たんでしょ?」
「い……いや、そんなことないぞ?って、毛布くれた時点で、わかってたのかよ……
さっきは何食わぬ顔でいてくれたのに……そういう優しさが、姫さんにも欲しい……」
頭をポリポリとかきながら、なんだ……とため息交じりに呟いているウィル。
ありがとうとお礼をいうと、いいさと返ってきた。
「ところで、聞いてもいいか?」
「ん?」
「今回のこと。やけに具体的に『予知夢』を見たなと思って……」
「あぁ、そのことね。私の『予知夢』って、意外と鮮明なんだよ!」
「へぇーその映像が見える感じ?」
「そうだね、見たい映像を選んで見れるわけじゃないんだけど、今回はその中でも
鮮明にわかった方かな?」
「どういうこと?」
「私、基本的に毎日何かしらの夢を見ているの。あっ!ちゃんと寝ているわよ!
眠りが浅いとかもないから大丈夫。でもね……最近感じているは、その能力が
少しずつ弱まっているように感じているの」
ポツリと言うと、ウィルがこちらを見ているのがわかる。まさか!という気持ちなのだろう。
私は、そんなウィルの方を見ず、前を見据えながら、初めて胸の内をこぼした。
「私の力……どこにいっちゃったんだろ?無かったらなかったでいいんだけど、
でも、なくなってしまうかもしれないっていう恐怖は、すごく感じるわ!」
「まぁ、なくなっても姫さんは姫さんで俺たちは支えるだけだけど、恐怖に感じる
なら、俺らに言えばいい。持って生まれた能力は、すごいことだけど、俺たちは、
それだけで姫さんの元に集まったわけじゃないんだしさ」
「ありがとう。私、私ね、自分の最後を知っているの。何度も何度も見るん
だけど……はっきりしたものが、見れないのよね……」
「姫さんさ、そんな『予知夢』なら、見なくてもいいんじゃない?」
「どうして?私、最後は知っておきたい。準備したいから……」
「準備って……姫さん、そんなことはしなくていいさ。俺らもいつ死ぬかわから
ない。明日かもしれないし、1年後、10年後、もうずっと後かもしれない。わから
なくても、1日を生ある限り生きるために行動する。それが、人間だし、生き物
なんだ。未来が見えるなんて、姫さんだけだ。そんなのは、特殊な能力なんだからさ、それはそれと割り切って、俺たちと一緒に、領地改革頑張ろう
ぜ!どんなときでも、俺は離れることなく、ずっと、姫さんの側にいるさ。青紫の薔薇にかけてな!」
ニカッと笑うウィルを私は見やる。
さっきまで、能力が弱まっている恐怖を心の中を占めていたが、ウィルの顔を見てホッとする。
私には、こんなふうに支えてくれる友人がいるんだ。屋敷に帰れば、ジョージアやアンジェラ、ジョージという家族もいるし、信頼おけるデリアたち侍従もいる。
いつもは、心に留めているその気持ちも、最近の『予知夢』のことですっぽり忘れてしまっていたように感じた。
「ありがとう……ウィル。私、何か大切なことを忘れていたみたい。そうよね……
能力は能力であって、そんなものがなくても慕ってくれる人がいるんだよね。
私、大事にするものを間違えていたわ。気づかせてくれて、ありがとう!
私も、薔薇たちにかけて、再度、誓うわ!アンバー領もコーコナ領も出来る限り
住む領民たちが笑える領地にするって」
「あぁ、それでいいんだ。姫さんは、いるだけで俺たちの行動指針になるん
だから。今のまま、家族や領民、俺たちや侍従たちを大切に想い続ければ、
みながそれに応えてくれるさ」
気にもとめない話なのかもしれないけど、ウィルに話せてよかったと私の心は今まで以上に外に向かう。
そんな私を見て、それでいいと呟くウィルに私は微笑みかける。
コーコナ領はもう少し、ウィルに少し駆けようかと言われれば、お転婆な私は喜んでとレナンテにお願いするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます