第467話 バニッシュ子爵夫人からの手紙

 翌日、露店の商人たちへの場所代として過不足の取り立てや返金を真っ先にしてもらった。

 朝も早くから起きてセバスを始め徴収ができたことで、今回の分についてはとりっぱぐれがなく無事に終わった。


 その後、屋敷に止まっていたカレン夫妻を見送る。

 領地を回りたいということだったので、私が!と手をあげたらウィルが行ってくれることになり、私はお払い箱となってしまった。

 プレゼントをもらったので、こっそりカレンにお返しを返す。もちろん、『赤い涙』だ。

 それだけでは、芸がないのでリンゴ酒も一緒に渡したのである。

 カレンには少し甘すぎるかもしれないが、自身の出生地でとれたリンゴで出来たお酒だ。

 きっと飲んでくれるだろう。


 私はいつもの如く執務室で時間を過ごす。

 フレイゼンの学都から受入れ予定のリストを見ていた。

 住むところは、基本的に前の領主の屋敷を使おうとしている。

 そこは研究所の一面を持たせつつ、学校の役割も持たせることを考えていた。


 この1年で少しずつではあるが、領地の中で識字率が上がってきた。

 商人でさえ、字が読めないものがいたのだ。よく、それで商売が出来ていたなと……私は驚いたものだ。

 最初は子ども中心であったが、やはり子どもが読めると、親が読み書きできないと躍起になって勉強している姿も見たことがある。

 識字率が少し上がるだけでも、領民たちが少しずつ私たちの政策を受け入れてくれていると思ってもいいだろう。



「ふぅ、これで、やっと……って感じね。私、あと10年くらいの寿命だとした

 ら……ギリギリかしら……ね?」

「アンナリーゼ様、手紙来てたけど……って、何してるの?」

「んーフレイゼン領からの受入れのこと考えてて……手紙って誰から?」

「バニッシュ子爵からみたい。僕のところに混ざってたよ」

「エールから?」

「あぁ、違うね、子爵夫人からかな?ミネルバって書いてある」

「ミネルバね……私、奥さんと会う約束してたんだけどさ?なんていうか……

 ちょっと、緊張するよね?」



 セバスに苦笑いすると、あの子爵を手玉にとるような女性だからねとやはり苦笑いを返される。

 エールの奥さん……かなりのやり手だと聞いている。

 そんな女性に私が太刀打ちできるのか……少しだけ怖くもあった。



「まぁ、約束があるならその打ち合わせかもしれないから読んでみなよ?社交前に

 会った方がお互いいいんでしょ?」

「そうね、読むわ!でも、一人ではちょっと……一緒にいてくれない?」

「はぁ……いいですよ。こういうのっていつもウィルの役回りだから、役に立つかは

 わかりませんがね」



 セバスは、執務室にある長机のウィルの席に座る。私はいつもの席に座り封を切る。

 まず、宛名の字をみるだけで、わかる。

 できる女性の字は……かなり美しい。そして、中身をだした。

 便せんに隙間なく書かれているのをセバスに聞かせるように読むことにした。



『親愛なる アンバー公爵アンナリーゼ・トロン・アンバー 様


 春風そよぐ頃、ますますのご健勝のことと存じます。

 先日我が領地より、飛び立ちました黒鳥より伝言頂きさっそくの贈り物、

 いかがだったでしょうか?

 こちらでは、海へと帰すものに価値を見出していただいて、とてもありがたく

 存じております。

 今後もできうる限り、ご協力させていただきますので、何卒宜しくお願い致

 します』



「これは、挨拶から貝殻の話ね。なんか……直接的に言えないとはいえ……

 凄いわね。言葉選びが」

「子爵も黒鳥と表されてますね……伝書鳩のようで、可愛らしいですね?」

「本人は、全く可愛くないわよ?隙あらば……だからね……本当に、よくエールの

 妻なんてやってられるわって思うのよね。公妃もそうだけど……公のどこがいいの

 か……顔?お金?権力?頭でないことは確かよね?」

「アンナリーゼ様、それはちょっと言い過ぎじゃ?」

「いいのよ!本人いないんだから!どれだと思う?セバス」

「独身の僕にきかないでよ!政略結婚なんだから、選べないんだし、親に刷り込み

 されて育つんだから、公妃様も見方によっては可哀想な人だよ」

「そういう見方もあるのね……でも、公妃から向けられる嫉妬は本物だから、

 きっと愛情があるのでしょうね?」

「そうかもね。で、続き続き」



『黒鳥より聞かせていただいたお話、私と直接会っていただけるということ……

 感謝いたします。

 貿易の話だけでなく、今後、隣の領地としてのお付き合いを含めご相談させて

 いただければ幸いにございます。不思議なご縁でありますが……この縁が末永く

 続くことを願います。

 会談の日取りにつきましては、公爵様の良き日を指定してくだされば、私どもが

 伺わせていただきます。

 領地改革が進んでいると黒鳥より聞いております。一度、領地へご招待いただけ

 れば、幸いです。


 最後に、うちの黒鳥が大変なご迷惑かけてしまい申し訳ございません。平に陳謝

 いたします


                         ミネルバ・バニッシュ』



 ミネルバの手紙を読み終え……あぁ……それね?と思うところがあった。

 セバスも感じたのだろう……あぁって顔をして、遠い目をしている。



「それで、この前バニッシュ子爵とのお茶会での話だよね?」

「そうね。向こうが欲しいのは関税を安くしてなるべく安く手に入る小麦ね。

 うちは、オレンジが欲しいのよね……」

「お酒にですか?」

「うん、お酒に。あっ!でも、砂糖もあるから、ジャムとかもいいかも?匂いもいい

 から香水とかね?」

「香水ですか?」

「えぇ、今度、フレイゼンから来る教授たちの中に趣味で調香師がいるらしいの」

「でも、そんなことどこにも……」

「趣味だから、履歴書には載っていないはずよ?ヨハンの履歴書なんて酷いもん

 だったのよね?」

「どういうことです?」

「助手が書くんですって、ああいう履歴書。だから、漏れが多いし、本人は研究が

 したいから出来ても書かないことが多いの。例えば、医師としても薬師としても、

 ヨハンは資格があるのに履歴書に書いてあるのは、毒の研究者ってのみ書いてある

 のよ。研究ができればいいって、そういう人がフレイゼンには集まっていて、

 たまたまそれが領地に役立ては、パトロンがお金を積んでくれる。

 逆もあるけど、基本、研究バカしかいないわ」

「逆っていうと、お金が欲しいからパトロンの望むことを研究するみたいな?」

「そう。それでもいいんだけどね、役にたつから。でも、意外とね……続かない。

 おもしろくないんだって。研究もおもしろいからするんであって、他人の興味に

 合わせてしまったら、自分が無くなってしまって。あくまで追加で積まれる

 お金は、副産物でいいそうよ?」

「それでも、ヨハン教授は結構な額をもらっていると思うけど……」

「ヨハンが抱えている助手の人数がけた違いだから、仕方ないわ。

 興味があることが多いのだけど、自分一人ではできないから、たくさんの助手に

 指示を出して作業とか結果、実験とかをしているの。ネズミ講みたないな感じね。

 一対のネズミから、子を生み、子が子を生みって感じ。末端までしっかり研究結果

 には目を通しているからすごいわよね?

 さて、この手紙を返す前に、日取り含めて作戦会議が必要ね」



 私とセバスはミネルバの手紙を挟み、ノクトとイチアを含めて作戦会議が必要ねと微笑む。

 手ごわそうな相手を前に、腕がなりますねというと日取りを決めるのに、今晩にでもみなを集合させることとにしたのである。

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