第435話 一歩目は……

「レオ、ミア、ついてらっしゃい!ウィルも行くわよ!」



 私は、レオとミア、そして、ウィルを従え玄関ホールへと歩いて行く。

 ハニーアンバー店や領地のまとめ役がいるため人が多かったりするのだが、今日は比較的疎らであった。

 階段を下りきると、ウィルに手を差し出す。その手を取るウィル。

 本来なら、ウィルから差し出してくれるものなのだが……仕方がない。



「レオとミアは、そこで見ていて!」

「「はい、アンナ様」」



 二人の返事を聞きニッコリ微笑む。

 人は疎らとはいえ、一応ホールを使うことには変わりない。

 事故でも起こすと大変なので、声をかけることにした。

 そして、領主自らが、ホールに出てきたことに、みなが感心を持ったようだ。



「みなさん、こんにちは!ごめんなさいね!今から、少しこのホールをお借り

 します。危ないので、ホールの隅に移動していただけると嬉しいわ!」

「アンナちゃん、何をするんだい?」

「踊るのよ!良かったら、見て行って!」



 そこかしこにいるおじさんたちは、私が踊ろうとしていることに驚いているだけでなく、少しだけ目を輝かせていた。

 貴族が人前で踊るのは夜会のみなのだ。

 こんな玄関ホールで踊るなど、前代未聞だろう……

 私の声を聞きつけた、ジョージアを始め館の住人たちは、私の手を繋いでいるのがウィルだと見て驚いていた。



「じゃあ、いこうか!」

「はい、姫さん。カウントは、俺がとってもいいの?」

「もちろん、リード役がとって!」



 繋いだ手だけでなく、ウィルの肩に手を添える。それが合図だとばかりに始まる1歩目。



「姫さん、卒業式以来だな!」

「そうね!じゃあ、がんばってリードしてちょうだい!じゃないと、食っちゃう

 わよ!」

「ひぇー!やめて!子どもが見てる前で、かっこ悪いのは、勘弁して欲しい……」

「じゃあ、しっかり、踊りなさい!」



 ゆっくりスタートしたダンスも次第に早くなる。

 確かにいつも剣を合わせてただけあって、卒業式に比べると格段に踊りやすくなったなと考えていたら、ニッと笑うウィル。

 何か、隠し玉があるのだろう……笑い返すと、一段階早いステップに変わる。

 あぁ、殿下とのダンスだわ!確かに、ウィルは得意だったものね!


 踊る早さに合わせて、回りにいる人たちが手拍子をし始めた。

 音楽のないダンスだ。その手拍子に合わせて、ステップを踏んでいく。



 あぁー楽しい!こんなに楽しいダンスはいつぶりだろうか?

 社交界に出れば、みなに注目される。

 それは、決して嫌ではないが、何も考えず手拍子だけで踊ることは、楽しくて仕方がなかった。



「俺、もうダメ……結構、キツイ……」

「一曲分くらいは踊ったわね、こっからスローテンポに落としていける?」

「えっ!そんな、高度なこと……」

「じゃあ、リードを変わってもらうわね!私に合わせて!」



 こっそりリードを変わってもらったら、5ステップずつゆっくりとなる。

 それを見ていた周りの手拍子もそれに合わせてゆっくり静かになっていった。

 最後は、ステップというよりは、体を添わせて揺れているだけとなり、完全に私たちのダンスは終わる。



「姫さん、すげーな!俺、メッチャ感動した!」

「そう?」



 満更でもない私に苦笑いをしてくるウィルだが、体を離すと拍手が起こる。

 疎らにしかいなかったホールは、いつの間にかあちこちの部屋から人が出てきて、所狭しと見られているのだ。



「こんなに人っていたっけ?」

「いなかったわね?」



 周りを見回していると、レオとミアが私たちのところへかけてくる!



「アンナ様!素敵でした!」

「父様かっこいい!」



 それを皮切りに口笛が吹かれたり、冷やかされたりする。ウィルとお互いを見ながら、あはははと大声で笑うと、みなも一緒に笑い始める。


 それを2階から見ていた人物がいた。少し拗ねたような、怒ったような彼は、階段をゆっくり歩いてくる。

 王子然とした、彼とはジョージアだった。



「アンナ!」

「ジョージア様?」

「これは?」

「レオとミアのマナーレッスンの一環ですよ!レオはそろそろダンスを覚えた方が

 いいので、手本として踊ったのです。怒ってます?」

「怒ってないよ?」

「そうかしら?」



 頬に手を当て、コテンと首を傾げると、苦笑いをされる。



「ジョージア様、俺、姫さんとジョージア様が踊ってるとこ見たいです!

 姫さんともう1回踊ってみてわかったけど、俺、本当に下手なんだってわかった

 ので、俺のためにもお手本、見せてください!」



 フォローしてくれたのだろうか?ウィルをチラッと見上げると、なんだかレオと同じ顔になっている。

 ということは、本当にお手本を望んでいるらしい。



「ジョージア様?」

「あぁ、アンナが疲れていないなら、1曲踊ろうか?」

「いいんですか?」

「もちろん、アンナが踊りたいと言ってくれるならね!」

「嬉しい!」



 ジョージアに抱きつく私をあんぐり見ていたのは、何もウィルだけではないだろう。

 コホンと咳払いをされて、初めて今の状況を見回す。

 忘れていたわけではないのだが……ジョージアと踊れることが嬉しすぎて逸る気持ちが収まらなかったのだ。



「コホン……俺たちはけとくよ……さぁ、レオもミアも壁際へ!

 あの二人は、学園で2年連続赤薔薇の称号をとったんだぞ?」

「父様、赤薔薇って?」

「とても息の合ったダンスをするカップルに贈られるんだ。

 そして、その赤薔薇の称号を持つものは、学園の歴史に刻まれる。

 まぁ、他にもいろいろとその称号にはついて回る伝承があるんだけどな。

 見れば、わかるよ!」



 二人の手を握り壁際へと行くウィルたちを見送ったあと、私はジョージアと向き合う。



「久しぶりだね?」

「そうですね!」



 優しく微笑みかけてくるジョージアは、普段着であっても貴族の佇まいだった。

 レオに目指してもらいたいそんなお手本をみて、私も微笑み返す。



「では、アンナリーゼ、一曲、俺と踊っていただけませんか?」



 正式にダンスへと誘う方法。

 手を取り、男性から誘われて初めていいですよと返事をする。

 さっきは、そこをすっとばしてしまっていたのだが、ジョージアの王子然とした気取った貴族特有の習わしがそうさせているのだろう。

 こういうのは、爵位が上がれば上がるほど、しっかり身についているものだ。

 息を飲むほどの王子様の微笑みに絆された生娘のように、頬を染め、その手をとる。



「喜んでお受けいたします!」



 身を委ねるだけで、ジョージアは私をちゃんと魅せてくれる。

 何の心配もなく、ただ、夢のような甘い時間を私は堪能するだけでいいのだ。



 ステップの一歩目を踏み出せば、ただただ、時間は流れていくだけだった。



 惚けていたのは私だけではないだろう。

 周りから、ウィルのときのような手拍子は起こらなかった。

 起こせなかったというのが本当だろう。音楽はなくとも、優雅に流れる音楽が聞こえるような気さえする。



「ふぅ……さすが、アンナだね!」

「ジョージア様もさすがです!」



 ダンスも終わり、腕の中で一息していると、疎らに拍手が起こった。

 時間差がありすぎて、よくわからなかったが、拍手をくれた領民へ淑女の礼を持って挨拶すると、割れんばかりの拍手へと変わる。



「アンナ様!素敵だった!」



 ミアが飛びついてきた。そんなミアの頭を撫でていると、ウィルとレオも近づいて来る。



「さっすが姫さんとジョージア様だね!すげぇな?」

「アンナ様、父様と踊ったときとは全然違ったね!」

「うんぐ……レオ、それは、父様が下手だと……」

「そうは言ってませんけど……」



 クスっと笑うと、ジョージアを始め近くにいるみなが見てくる。



「レオ、できれば、ジョージア様のような踊り手になりなさい。

 どんな女の子でも、可愛らしいレディーにしてくれる王子様のような踊りてに。

 それは、今後社交界に出たときに、レオの武器にもなるから!」

「出た、誑し作戦!」

「うるさいわよ!ダンスは、踊れて当然!でも、それだけじゃ、ダメなのよ!

 女の子と向き合う時間なんだから、全力で向き合いなさい!そうすれば、最上級

 のいい情報を教えてくれるわ!」

「アンナさん?最後のは、ちょっと違うような……?」

「はい、アンナ様!」

「いや、レオ?好きな女の子と一時の時間を共有するためのだね?」

「情報収集の方が大事です!あっ!でも、本当に好きな子以外は、お持ち帰りダメ

 だよ!ちょいちょいとつまみ食いも!公みたいになっちゃうから!」

「……お持ち帰りって?つまみ食いって?」



 レオはウィルを見上げ、何?と問うている。余計なことを!とウィルがこちらを睨んで来るが、知ったことじゃない。

 それは、ウィルが教えてあげないといけないだろう。



「えっと……もう少し、大人になったら、話そう。そう、デビュタントの前くらい

 がいいかな……?ねぇ?姫さん!」



 いい笑顔を私向け、道連れだ!と言わんばかりに腕をがっしり捕まれた。

 まぁ、まだ、時間はあるのだし、そういうお勉強もゆくゆくは必要だろうと、笑顔をウィルに返して、そっと捕まれた腕を引くのであった。

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