第426話 お手の早い子爵にはご用心
今日は、体調がすこぶるいい。いや、良すぎるくらいだ。
久しぶりに公爵仕様となった私は、ふわふわ緩めのドレスを身にまとい、客人を待っている。
隣国バニッシュ領の領主であるエール・バニッシュをだ。
客間には、すでに伯爵仕様のウィルが先に待っていてくれ、私は私室でエールが来てからノクトと共に向かうことになっていた。
ちなみに、セバスの強い要望のため、ノクトには帯剣をさせてあった。
ただ、帯剣しないといけない程の相手ではない。
武器ひとつ持たないウィルでも大丈夫だろうと思うが、隣国の者とお茶会するときは、気を付けた方がいいという提案からだった。
まぁ、確かに……ウィルが傷つくのは困るわね……友人でもあるし国からの借り物だからと心の中で呟く。
部屋の扉がノックされ、デリアが入ってきた。
「バニッシュ子爵がいらっしゃいました。客間までご案内しましたので、
どうぞ……」
「わかった!いきましょうか、ノクト」
あぁ、と返事したノクトが後ろからのっしのっしとついてくる。
なんだか、久しぶりに公爵としての私の腕の見せ所ね!と少しだけ身構えてしまう。
「アンナリーゼ様をお連れしました」
デリアが扉を開け、私を中に入れてくれる。
ちょうど、ウィルとエールが挨拶を交わしていたところだったようだ。
「遅れてごめんなさいね!挨拶は済んだかしら?」
「これは、これは、ご無沙汰しております、アンナリーゼ様。此度、公爵拝命おめで
とうございます」
「ありがとう!国の筆頭として恥じないように頑張るわ!!」
「それにしても、ずいぶんお腹も大きくなられましたね?そろそろですか?」
「そうね、あと10日もすれば予定日だけど、今回は早まるかも知れないって主治医に
言われているわ!」
「次は、どちらが生まれますかね?どちらにしても、美人に変わりはないでしょう
けどね!」
「そうね、エールのような人にはならないようにしないと……いろいろと大変だ
もの」
「ハハハ……それは、確かに。よっぽど出来た女性じゃないと……って、もう性別
わかるのですか?」
「なんとなくね!」
「それは、何とも……どちらです?」
「男ね!」
そうですか……と小さく呟き、少しだけ父親の顔をした。
まぁ、何を隠そう、子爵家の一員と認められているだけでもたくさんいるにも関わらず、他にも子だくさんなんですからね。
たまには、そういう顔してるものいいものね、なんてバカなことを考えた。
「まぁ、座ってちょうだい。せっかくのお茶会ですもの!」
私は、エールに席をすすめ、既に座って私たちの会話を何気なく見ていたウィルに視線を向ける。
「ウィル、おはよう」
「おはようございます。アンナリーゼ様。今日は、このような席に私も参加させて
いただきありがとうございます」
ウィルらしからぬ言葉に、一瞬言葉を失ってしまった私。
伯爵仕様のウィルなんて、正直見たこともなかったので驚いてしまったのだ。
「サーラー伯爵は、どのような御用件でこちらに?」
年は1番上だが、爵位が下のエールからウィルに話しかけている。
「私は、近衛中隊長をさせていただいており、アンバー領再興のため、公都から
派遣されているのです。
この屋敷で生活しており、アンナリーゼ様や仲間と共に警備隊を立て直している
ところですよ!今回は、領地の話もあると聞き及んでおり、一緒に話を聞きたい
と申出たのです」
「それは、すごいことですね!サーラー伯爵は……」
「下の名前でいいですよ。伯爵っていうのは、言われ慣れていないので」
「畏まりました。では、ウィル様と」
「はい、それで」
「私のことは、何なりと……」
「では、アンナリーゼ様と同じように名前で呼ばせてもらうことにします」
何処かよそよそしいウィルに私も慣れない。
そこにデリアが部屋に入ってきて、お茶の用意をしてくれる。
ここからでも香りがわかるのは、アンバー領地産の高級茶葉の紅茶だろう。
「アンナリーゼ様、この香りは!」
「えぇ、アンバー領の最高級茶葉の紅茶よ!」
「存分に楽しんでいってちょうだい!あと、お菓子も用意しているから」
「お菓子ですか?甘いものはそれほど……」
「言うと思って、少しだけ趣向の変えたものにしたわ!食べてみてくれるかしら?」
各々の前に置かれたカップを取り一口口に含む。
あっ!私は、またダメだって言われているので、違うものをいただいているのですがね?
「あぁ、この鼻に抜けていく香りは、本当にすばらしい!この紅茶は、ずっと知られ
ていなかったと伺ったことがあるのですが?」
「そうね、この紅茶は、生産量が少ないのよ。だからこその付加価値もあるの
だけど、私もいろいろな産地の紅茶をいただいてきたけど、これほどのものは、
どこにもないわ。
まだ、学生だったときにこの紅茶と出会ったのがきっかけね!」
「学生のときですか?」
「そうよ?」
「もう、そのときから、何かしらの投資を行っていたりしませんよね?」
「うーん、していたわね。この紅茶もある意味、先行投資ね!学生のときに農場ごと
買ったのだから……」
私の発言に驚くエールに同情するかのようなウィルの視線。
「エール殿も驚きますよね!私も聞いたとき、どれほど、驚いたか……
机同じく勉学に勤しんでいたと思っていたら、既に農場ごと買えるほどの私財を
持っているなんて……」
「はい、大変おどろきました!先見の明とはこれほどの……」
「褒めても何も出ないわよ!たまたま出会えただけよ!」
「それがすごいのです。それにしても……あまり、出回らないので、手に入れるのも
苦労してますよ!」
「確かにね。今は少しだけ生産量も増えたから、ハニーアンバー店で出している
わよ!2階にある喫茶でも、使っているのよ!」
「あぁ、先日、お店にお邪魔しました。市民も出入りできると聞いていたので、
どうかと、少し勘ぐっておりましたが……なんとも、素敵なお店ですね。
あの店は、どうして?」
「気になることが多いのね!1つずつ話していきましょうか……?」
「すみません、気が多いことに長けていますので!」
「それは、わかっているわ……まずは、紅茶の話から。
アンバー領で採れる最高級茶葉は、私が買ったときより生産量が増えているわ。
値段はそのままにしてあるけど……内緒ね!
まぁ、それでも、これ以上は増やすつもりはないの。私が楽しむためのもので
あって欲しいから、私の分が減れば、その分、また、値上がりしていくわよ!」
「それは、それは……」
「外に出す分を絞ってはいるけど、それなりに大口の注文は年に2回くらいなら取れ
るくらいは、生産してくれているわ!デリア、あれを!」
畏まりましたと、手元に持ってきてくれたのは、高級茶葉の入った化粧缶。
それを見たエールの目は、少し変わったようだ。
「これは、エールにではなく、バニッシュ子爵夫人へのお土産。
お茶会の後は、ご自宅に戻るのでしょ?今日の話をしに……」
「ハハハ……お見通しですか?」
「なんとなく、エールより、奥様の方が、執務椅子が似合う気がしているのよ!」
「それは、なんとも……女の勘ですか?」
「そうかしらね?でも、そんな気がしなくて?」
「確かに……いろいろと噂は聞かせていただいてますからね、エール殿の」
「ウィル様まで……確かに妻の方が領地運営には向いているのかもしれませんけ
どね。だからこそ、アンナリーゼ様とは気が合うような気さえします」
「是非、会いたいのよね!また、いつか、お茶会に誘ってもいいかしら?」
「私をっていうより、妻をですか?」
「そう、エールなら、誘わなくてもそのうち通ってそうだし……どちらかと言えば、
奥様の方が気になるわ!」
「妻に言っておきます。お茶会に参加しないかと言っていると……」
「ここは、辺境地だから、御婦人方集まることはないのよ。隣どおし、交流が持てる
と嬉しいわね!」
ニコニコと笑いかけると、エールの方が引いていく。
それでも、私に認められたことが嬉しいのか、少しだけ口角をあげて、優しい目をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます