第407話 開店

 開店当時。

 私はハニーアンバー店にいそいそと足を運ぶ。

 デリアも呆れているくらい、ここ1週間は通いづめで、それだけ、開店までの時間が差し迫っていたということだ。

 いよいよ開店だと、うきうきとした気持ちで裏口から入っていく。


 私、ハニーアンバー店の経営者であるので、従業員にも客にも挨拶は必要だろう。

 今日の目的は、誰彼構わず挨拶することであった。

 ただ、お腹もだいぶ膨らんできているので、ときたま店に出るだけでいいとニコライには言われてもいる。

 ニコライも店主ぽく振る舞えていることを鑑みて、その言葉に甘えようと考えてはいる。



「おはよう!」

「おはようございます、アンナリーゼ様」



 集まった店の従業員を私は見回す。

 2階のカフェも併せ、30人と手伝いに来てくれている三商人、ニコライ、私が一同にかいす。



「今日から、お店を開店するのだけど、みんなどんな気持ち?」



 従業員たちが口々に自分たちの想いを発する。

 準備に準備を重ねたから大丈夫だというもの。練習はしたけど、心許ないというもの。

 漠然と不安だと溢すもの。

 みなの顔を見れば、だいたいその人が今どんな感情を持っているのかわかる。



「はい、そこまで!みなの気持ちはわかったわ!

 じゃあ、私から。

 今日、ハニーアンバーローズディア公都店が開店します!

 このひと月、みなに助けられて、このお店も人も整えてきました。

 とても、良くなったと思うの!ここまでにしてくれて、本当にありがとう」



 私がお礼を言うと、目に涙を浮かべるものがいた。

 ただ、まだだ。今は、涙を流している場合では、ないのだ。



「アンバー領そしてコーコナ領の未来のために、このお店を窓口に、みなが領地の

 宣伝をしてくれるようお願いするわ。

 このお店の従業員であり、みなは2つの領地の領民でもあるの。

 そのことを忘れずに、来られたお客への対応をお願いね!

 まだ、不安はあるかもしれないけど、何かあれば、ニコライたちを頼ってちょう

 だい!必ず、力になってくれるはずだから!私も今日は、いるからいつでも声を

 かけてね!」



 先ほどまで不安そうにしていた従業員たちも、少しだけ緊張感が取れたのかホッとした顔をしている。

 でも、まだ、これから店が開いてからが本番だ。

 気を引き締めてもらわないと困ると、私の心配はよそに、ニコライがパンパンと手を叩く。



「おはようございます!

 今日から開店ですけど、今までは店も僕たち従業員も開店するための準備期間

 でした!あの扉の鍵を開けた瞬間から、本番が始まります!

 このお店は、アンナリーゼ様が領地や領民を思って作ったものですから、一人

 一人がそれを意識し、領地や領民へ還元できるよう頑張りましょう!

 そうすれば、僕たちが売りたい商品の質も上がるし、お店も繁盛するし、何より

 やりがいに繋がります。

 アンナリーゼ様が掲げた領地改革に少しでも貢献できるよう、また、来てくだ

 さったお客が何度も足を運びたくなるようなお店づくりを共にしていきま

 しょう!」



 ニコライには珍しく、茶目っ気のある笑いをし、従業員たちの緊張をほぐしている。

 さすがの成長だなと感心しているとまだ、続きがあるようだった。



「今は、領地と公都の2店舗ですが、トワイスの王都にも店があることを忘れずに。

 来年の春には、あちらも開店させるので、そのとき、今いるメンバーの中から

 何人か上役としてついてきてもらいます。

 毎日の仕事です。どんな日もありますが、今日から一緒にアンバー領、コーコナ

 領を支える一翼となって頑張りましょう!」



 ニコライが、私よりとてもしっかりした話をしている。

 ずっとこの日のために考えてくれていたのだろう。

 不安に思う従業員へのニコライの叱咤激励は、私の心にも響いた。



「今日も1日、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「では、アンナリーゼ様、開店しますね!」



 私に声をかけ、ニコライが玄関の扉の鍵を開けに行ってくれる。

 後ろには、二人の従業員が付き従っていた。

 鍵を開けるとその二人が扉を開け、ニコライが真ん中に立った。



「大変、お待たせしました!本日より、ハニーアンバー店開店です!

 ごゆるりと、アンバー領コーコナ領の産品でお楽しみください!」



 深々と丁寧に頭下げ、にこりと笑うとニコライは脇に寄る。


 外で待っていてくれたお客が、ゆっくりゆっくり中に入ってきた。階段からその様子を見ていた私は、ホッと胸を撫で下ろした。



 思ったより、多くの客でにぎわっている。

 とくに驚いたのが貴族の夫人や令嬢だった。

 当初の予定では1日に2、3人、1週間で15人も来てくれたら多いわよねとニコライと予想をたてていたので、その人数の多さに驚いた。


 カレンの効果なのか、ニコライが貴族に召喚されたときに説明をしていたと言っていたからだろう。

 私は、階段の上からその様子を見ていた。

 従業員みなが、それぞれの対応をきちんとしてくれている。

 むしろ、私が出ていくことで、せっかく雰囲気よく頑張ってくれているみなに申し訳なくなる気がしたので、そっと2階へ上がっていく。



「キティ」

「アンナリーゼ様、御用でしょうか?」

「予想以上に貴族のご婦人や令嬢が来ているわ!気持ち多めにケーキを用意出来る

 かしら?」

「畏まりました!午前の分と思って焼いた分がありますが、今からケーキを焼き

 ますね!

 クッキーの方も作った方がいいですか?」

「そうね……予想外に多い来客だから、そうしてくれると嬉しいわ!

 あと、お店が終わった後に、みなにもクッキーを渡してあげてほしいの!

 緊張もしているだろうし、そんな中1日頑張ってくれたささやかなお礼よ!」

「それは、みな喜びますね!早速作ります!」

「仕事、増やしてしまってごめんね……」

「いいえ、みなのことを思えば、たいしたことではありませんから!

 アンナリーゼ様は、下には行かれないのですか?」

「えぇ、顔を出そうかと思っていたのだけど……下手に私が行って雰囲気を壊す

 よりかはみなに任せてもいいんじゃないかって思ったの!

 だから、こそっとしておくわ!貴族の方にいたら、私だとバレてしまうから……

 あちら側でいるから、何かあったら呼んでちょうだい!」

「はい!」



 キティに私の居場所を伝え、そっと見守ることにした私。

 仕事道具ももちろん持ってきていたので、机にそれらを並べていく。

 ただし、見られてもいいものばかりなので、それほど多くの仕事を持ってきているわけではない。

 頬杖をついていると、隣の部屋がにぎわってきた。

 あぁ、お客が2階にも登ってきたのだなと思うと嬉しい。

 耳をそばだてて聞いていると、なかなかいい手応えのようだった。



 この分だと、このお店も上手く行きそうね!

 明日からも経過を見て行かないといけないけど……とりあえず、受入れてもらえたと感じる初日を嬉しく思い、胸を撫でおろす。



「私も緊張していたのね……」



 ひとりごちたとき、ことっとリンゴのケーキが置かれる。



「今日のケーキです!今日までアンナリーゼ様にも、ご褒美が必要ですよね!

 味見してください!」



 キティが持ってきてくれたケーキを思わず凝視してしまう。



「あっ!アンナリーゼ様の分だけ特別ですからね!生クリームがお好きだって

 領地でウィル様やセバス様に聞いたので……たっぷりのせておきました!」



 可愛らしく笑うキティに私も微笑み返す。



「いただくわ!おいしそうね!ありがとうキティ!」



 少し大きめの声でお礼をいうとキティは頬を染め、気に入ってくださると嬉しいです!と言葉を残し厨房へと戻っていった。

 一口切り分けて、口にほうり込むとリンゴの甘酸っぱい匂いと砂糖の甘味、生クリームが口いっぱいに広がって幸せな一時を味わう。



「……おいしい」



 キティが作ってくれたリンゴのケーキを従業員たちより先に舌鼓するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る