第393話 有力者

「お初にお目にかかります」



 入ってきたのは、でっぷりとお腹を膨らませ贅を尽くしてますと体現したかのようなおじさんだった。

 ダドリー男爵の腹心だったようで、それなりのいい生活をしていたらしいことが見て取れた。



「初めましてよね……?」



 私が小首を傾げ可愛らしく言うと、下卑た笑顔をこちらに向け挨拶をしてくる。



「はい、アンナリーゼ様……」

「私、名前を呼んでいいとは言ってないわ!」

「これはこれは……大変申し訳ございません。アンバー公爵夫人」



 完全に小娘だと私を舐めているのだろう。

 策士だったダドリー男爵を死に至らせた人物をもう一度教えてあげた方がいいかしら?と、思いながらも、にっこり笑っておく。



「ディル」

「なんでございますか?」

「セバスチャンを呼んできなさい。ここの話を任せるわ!」



 かしこまりましたと執務室から出て行くディル。

 ここには私と目の前にいるまだ何も知らない有力者とデリアがいた。

 今回、ノクトはあえて外しておいた。

 まぁ、いろいろ考えてそうしたのだが、ディルがいなくなった瞬間に有力者は動く。



「レタンと申します。以後、よしなに……」



 そう言って私に近づいてきて、いきなり隣に座った。

 デリアは、一部始終を見ていたからか、見えないように手にナイフを持っていた。



 お近づきの印にとさらに私が逃げないことをいいことに太ももの上に手を置いてくる。

 あぁ、デリアの殺気が痛いわね……なんて呑気なことを思いながら、私は置かれた手を払い退ける。



「夫人如きが何をする!

 こちらでいい生活をしようとすれば、わしに頭を垂れ擦り寄ってくればいいものを!」



 うーん、どう考えても、絶対嫌だ!

 私は笑顔を絶やさず、デリアにも笑いかける。



「デリア、ナイフ!」

「はい、アンナ様」



 手渡されたナイフを器用に手のひらで弄ぶと、有力者は後ろに仰反る。

 公爵夫人がナイフをプラプラとするようなことは、普通はないだろう。



「ねぇ、あなたは、今、誰の足を触っているのかしら?」

「公爵夫人だろ?夫人には、大した権限がないと男爵がゆ……ゆーちょったわ!」



 男爵がそんなことをいうとは思えない。

 令嬢だけでも、人を殺してしまう程の権限を持っているのだから……まぁ、内々にってことで片づけるのだけど。

 そこまで、たどり着ける令嬢や夫人は多くはないだろうけど、私の周りは、特異なのかそういうご婦人が多い。



「へぇー夫人には、権限がないのですか。私、初めて知りましたわ!

 なら、公爵にはありますわよね?」



 ニコニコと笑う。

 そして、レタンは私の笑顔と反比例して、すごい汗の量を滴らせていく。

 お腹の脂肪もきっと一緒に流れてしまったんじゃないかってくらいは、減らないか……ぽよんぽよんしたお腹にナイフの平をあてがうと、ひぃーと悲鳴をあげた。



 汗がソファに滴り落ちる。



 まるで、イノシシのようだと思い、可愛らしくなってきた。



「言ってごらんなさい。私が誰か」

「あ……アンバーこうひゃくひぃゅじ……」


 仰け反っているレタンは、恐怖で上手く口が回らないようだ。



「そう、私はアンバー公爵夫人。

 でも、何か勘違いしてるから、話してあげるわ!」



 恐怖に怯えているレタンは、見るの無惨であった。



「私、夫人ではなくて、アンバー公爵なのよね!」

「な……なんと……知らなかった……」



 顔が真っ青になるレタン。



「公爵夫人に無礼を働くのも考えものよね……?

 アンバー公爵は働く女性を応援しているし、あなたみたいなのから、なるべく

 守りたいと思っているのよね?」



 さらに笑顔を振りまくと、レタンは逃げたいのだが怯えすぎて逃げることも出来ずにいる。



「もぅ、おいたできないように、両腕切っちゃう?」



 ガクガクと震え、噛み合わない歯をカチカチと鳴らしている。



「貴族なんて、理不尽でどうしようもないものっていうことを知らないの

 かしら?」



 チラッと見やると全力で頷いている。



「へぇーそうなの。

 じゃあ、ダドリー男爵もあなたが面倒をみてやっていたと思っているってこと?

 あなたが、ダドリー男爵をアゴで使っていたということかしら?」



 独り言のように空を見て呟き、たまに妖しく流し目で有力者を見やると頷いている。

 これ、罠なんだけど……そんなことも理解してないのかと思うと残念だ。



「じゃあ、今回のアンバー公爵夫人およびハニーローズ暗殺未遂はあなたが仕向け

 たの?」



 うんうんと頷いているんだけど……わかっていないだろう。



「じゃあ、やっぱり死んで!」

「えぇーそ……それは……それだけは……」

「だって、暗殺未遂を仕向けたって言ってるのに頷いていたじゃない!

 ダドリー男爵が何故死んだか知らないの?

 アンバー公爵夫人であった私と娘に毒を盛ったり、使いを出してくれたりした

 から、死んだのよ。それくらいの情報は掴んでおくべきね!」

「ひぇー助けてください……お願いします……助けて……」



 床にひれ伏し、おでこを床にこすりつけている。

 はぁ……残念。

 せっかくの有力者との関係を上手にこれから使おうとしていたのに……これじゃ使い物にならないわ!

 私は、もう、興味もなく詰まらなさそうにひれ伏しているおじさんを見つめる。



「もう、有力者はなのれないわね?」

「……どうして……」

「貴族とまともに張り合えるくらいの人じゃなきゃダメね。

 私、あなたでは、ここを纏めるには役不足よ!」



 言い放つと、がっくり肩を落としたレタン。



「ただし、今後の働き方で取り立ててもいいわ。

 さて、あなたは、何をしてくれるかしら?今まで見たいに、座っていれば贅沢が

 出来るそんな夢話はないと思った方がいいわよ!」



 レタンは、何も言わず項垂れているだけで何も答えない。

 生きているのか、何とも言えない沈黙が続いたので、私はレタンの肩を叩く。



「それは……私の努力次第で今の生活も可能ということでしょうか?」

「そうね、それは可能よ!ただ、今の生活よりは、多少落ちることは覚悟した

 上で、それでも努力するならって話ね。

 別に、努力してもしなくても、そんなに結果は変わらないと思うわ。

 あなたが生きている間はね。資産を調べさせてもらったけど……代替わりする頃

 から苦しくなるようね。

 まぁ、自分が楽をして、未来ある子どもに苦労を押し付けるのか、自分も苦労

 して、その背中を見せて子どもに誇れるようにするのかは、あなたが選べば

 いいわ!私は、ここに新しい有力者となる人物を配置するだけで終わるから」



 私の話に耳を傾け、何も言わずじっと床を見つめていた。

 意を決したのか、ひとつうんと頷くと私の方を見つめ返してくるレタン。

 何か、やってくれそうな目をしている。



「ワシは、少し前まで、この領地で布の販売をしていたんだ。

 そのノウハウを活かせる仕事はないだろうか?」

「目利きはたしか?」

「公爵様が着ているワンピースは、この領地の布工場のものだろう。

 それも、最上級の品ではないな……ひとつ品質を落としてあるものでは、ない

 だろうか?」

「見るだけでわかるの?」

「いえ、先程の無礼時に……」

「手触りね。いいわ、ひとつ、私の持ってきている服で、目利きをしてもらうわ!

 それで合格出来るなら、私お抱えの商人を紹介してあげる。

 今、領地の布工場に出入りしているから……」



 私の言葉に、レタンは驚いているようである。



「どうかしたの?」

「いえ、もう、領地を回られたのですか?」

「そうね、事業計画もたてているわ!」

「そんなに進んで……」

「そうね、だから、有力者は必要ないのよね。

 領民とのパイプ役をと思ったけど……今のあなたじゃ、領民に嫌われているのが

 落ちでしょうし、信頼を取り戻すにはどれだけの時間が必要かわかっている

 かしら?」



 項垂れるばかりで、先程の力強い目はこちらには向かない。

 自分のこれまでを考えているのだろう。



「さっきの意気込みはどうしたの?あなたには、まだ、働ける体がある、伝手も

 ある、知恵もあるし、悪くして手に入れたお金もある。

 考え方ひとつで、人生なんて変えられるんだから、子どものために、新しい領地

 に貢献してみればいいんじゃないかしら?

 幸い、今やろうとしている事業は、あなたにとって悪いものではないはずよ!

 なんたって、布を扱う事業の推進ですからね!

 やってみたらどう?信頼は、自分の働きで取り戻せばいいのよ!

 私からのも領民からのも。できるでしょ?やってたのだから!」




 レタンの肩に手を置き、頑張りなさいと囁いた頃、セバスがニコライを伴って執務室に入ってきた。



「遅くなってごめんよ。で、この状況は?」



 項垂れているレタンを励ましている、そんな位置関係に入ってきて事情を知らないセバスとニコライは首を傾げている。



「新しい協力者が出来たところよ!

 名前は、レタン。このコーコナ領で布の卸問屋をしているの。

 ハニーアンバーの傘下に入って、これからしっかりきっちり働いてもらうわ!」

「アンバー公爵様……」

「何?」

「そのような、過分……」

「過分だと思わせない程、働いてちょうだい。万年人不足なんだから、こき使う

 わよ!そのタプタプしたお腹がすぐになくなるわよ!」



 事情のよくわからないが、新しい協力者なら……と、私の物言いにセバスは、苦笑いし、

 私達は明日発表する領主領地名の話をすることにした。


 さすがは、領地のことを把握しているだけあって、レタンが合間合間に話を入れてくれるのでスムーズに終わった。



「じゃあ、そういうことで、明日はセバスが正面で、私はその辺をうろついて

 いるわ!

 警備もノクトが力づくで掌握したらしいし、もう、問題は今のところ思い

 つかない!」



 これにて、解散となる。

 明日は、私、変装をして、セバスの発表を聞きにいくだけとなった。

 護衛は、デリアとココナを伴ってだ。

 楽しみで仕方がなかった。

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