第366話 領地名変更につき

 のんびり過ごすこと1週間が過ぎた。

 回りがどんどん整っていく中、私はただひたすら引篭もりである。

 そろそろ、外に出かけたいのだが……まだ、状況把握ができないということで、ノクトから許可がおりない。

 確かに通常なら、剣を携えてフラフラ歩くことも可能ではあるが、身重である私が剣1本持って出歩くことは、安心要素がどこにもないので仕方がなく大人しくしている。



 そんなとき、公から1通の手紙が届いた。

 内容は領地名の変更について。

 ダドリー男爵領と言っている今の領地名をいつまでも残しておくわけにはいかないとかで、早々に変更するよう連絡がきたのだった。



「領地名の変更ね……私一人で決めていいのかしら?」



 ぼうっと手紙を見ていた私だったため、デリアに急に話しかけられ驚いた。



「アンナ様の領地なのだから、いいのではないですか?」

「えっと……そういうもの?」

「えぇ、犯罪者の名前が残る領地名は、なじみがあるけど、それだけ差別の対象に

 なることだってありますから……早々に変えてしまって、イメージを一新した

 方がいいと思います」



 デリアに言われ、私は少し未来を考えてしまった。

 フレイゼン領もアンバー領も領主名がついている。今までここは、まさに男爵家が治めていたから、ダドリー男爵領だったわけだが……少しだけ変えることに躊躇してしまう。

 困った顔をすると、私を見てデリアがため息をついた。



「アンナ様、大丈夫です。

 アンナ様が思うよりずっと領民は自分たちの生活の変化を恐れています。

 男爵家取り潰しになったせいで、今後の見通しもつかずにいる人たちも多いの

 ですから、そういう人が動きやすいよう、旗印が必要で、それが領地の名前

 だったり、アンナ様だったりするだけです。みな、新しい領主に対して、不安なの

 ですから、その不安ごと吹き飛ばすような領地名を付けたらいいだけですよ!」



 デリアに背中を押されながら、私は力強く頷く。



「わかったわ!考えてみる。後世にも残るのだから、きっといい領地名にして

 みせるから!」

「そのいきです!」



 私は紙とペンを持って、唸り始めるのだった。




 ◇◆◇◆◇




 しかし、そうは言っても何も思いつかない。


 アンバー公爵が治める土地として相応しく、領民にとっても親しみのあるものがいい。

 今回のことで、領民は何もしていないのに、領主が変わったのだ。

 それも、犯罪によっての領主交代。混乱もしているだろう。



「アンバー領は違うしね……ダドリー男爵……違う……」



 書いては消し、書いては消し……

 何時間も机の前に座ったまま、考え込んでいる。



「何がいいかしら……もう、わからない!」



 机につっぷできないので、椅子に体を預け、ぐぅーっと伸びをした。

 ずっと、机に向かっていたので、体が凝り固まっている。

 ふと机の上を見たとき、コロンと転がっている繭があった。



「これが、シルクの素材だなんて、不思議ね……虫が紡ぐ糸で私たちは着飾って

 いるのね。そう思うと、なんにでも感謝しないとって気持ちになるわね」



 私以外、誰もいない執務室に声が響く。



「そうだ!繭って意味を持たせた領地名にしようかしら?産業の中心にはならない

 かもしれないけど……これも、何かの縁だと思うのよね!そうは思わない?」



 ペンの後ろで繭をコロコロ玩ぶ。

 楕円形の繭は右に左にと転がる。



「繭って、他の国ではなんていうのかしら?」



 未だにえいえいと繭をつついている私。

 強くつつきすぎて、コロコロと床に転がって行ってしまった。

 億劫だったが、拾うために席を立つ。



「よいしょっと……、少しお腹出てきたかな。

 悪阻も終わったのか、調子もよくなってきたし……」



 お腹をなでなでとしながら、繭を拾った。

 誰もいない部屋は静かで、侍従達も近くの部屋にはいないようで本当に静かであった。


 私は、外国語で書かれた辞書を一冊選び、持って執務椅子へと戻る。


 普段辞書なんて使わないから、まず、使い方がイマイチわからなかった。



「勉強ができないとか興味がなかったってこういうとき、困るのね。

 えっと……繭を調べるには……頭文字は……この辺かしら?」



 ページを捲り、該当箇所を探していく。

 ペラペラとめくっていくと、やっと『繭』を見つけた。

 ふぅっと息を吐き、やれやれと我ながら情けなくなる。



「もっと、勉強はしておくべきね……ジョー……アンジェラには、しっかり勉強

 もするように言わないと!セバスもついていてくれるし、ジョージア様は勉強

 熱心だから、そっちに似てくれるといいかな……?」



 私は、銀髪の父娘を思い浮かべる。

 アンジェラは、ジョージア様を嫌ったりしていないだろうか?

 パパと呼んでいるとは聞いたから、大丈夫よね?


 苦笑いを浮かべる。

 早く帰りたい……ジョージア様とアンジェラ、ジョージが待っていてくれるところに。

 ウィルやセバスたちがいる領地へ……みんながいるところが、私の居場所だ。

 ここも領地だけど、側にいてくれるデリアやノクト、ナタリーにニコライ、侍従たちはいてくれても……私の帰るところはアンバー領地でありジョージアの隣がいい。



 考えながら、調べた『繭』を発音する。



「コーコナ……うん、いいわ!ここの領地名は『コーコナ』これで決まりね!

 そういえば、ディルがつけてくれた侍女もココナだったわね。偶然だけど、

 いいかな?」



 私は、公への手紙をしたためていく。

 もう一つ、公からの手紙に書かれていたことへの返事も書き加える。

 私の望みは、近いうちに叶えられそうだった。

 そのとき、私は、彼の前で傅くだろう。正解を導いた彼へのご褒美なのだから……




 ◆◇◆◇◆




「ねぇ、みんな、少し時間あるかしら?」



 食堂に集まりつつある友人や侍従たちへ私は呼びかける。



「どうかされましたか?」

「えっと……領地の新しい名前を決めたから発表しようと思って」

「それは、是非とも聞きたいです!アンナリーゼ様、素敵な領地名になりました

 か?」



 私は頷き、笑いかける。

 食事の用意がされ、それぞれ席に着く。

 本来、私は別にと言われているのだが……一人で食べるなんて寂しいことは嫌だったので一緒に用意してもらうことにした。

 悪阻、終わってよかった……みんなとこうして食事を囲むのはいつぶりだろうか?

 すると、胸にじんとするものが込み上げて涙が零れる。



「どうしたのです?」



 ナタリーが側にやってきてくれ、そっと私を慰めてくれる。

 私は素直にナタリーを抱きしめる。

 涙が次から次へと流れ落ちる。


 私、思ったより寂しかったようだ。

 一人で執務室でとる味気のない食事。それすら、悪阻でろくに食べれもせずにいたのだ。



「ナダリィ……」

「はいはい、大丈夫ですよ!アンナリーゼ様。

 みんな、あなたを待っていたのです。大事な大事なあなたと食事を共に囲めること

 を嬉しいのは、アンナリーゼ様だけではありませんよ!」



 優しく抱きしめられ、ホッとしたのか、私は一頻り泣いたら落ち着いた。

 その間も、みな私を待っていてくれた。

 だんだん恥ずかしくなり、私は小さくなる。

 すると、背中をポンとナタリーに叩かれ背筋が伸びた。



「下を向いて、背中を丸めているなんて、アンナリーゼ様らしくありませんよ!

 ほら、顔をあげて、笑ってください!」



 私はナタリーに言われるがまま顔をあげニッコリ笑いかける。



「「おかえりなさい」アンナリーゼ様」



 侍従たちが私に笑い返してくれる。それだけでまた、涙が出そうであったが、ぐっと抑える。



「それで、アンナよ。領地の名前なんだが、何になった?」

「うん、ノクト……領地の名前は、コーコナにしたわ!」

「コーコナ?」



 名前を聞いた侍従たちはざわめく。

 聞きなれない言葉に戸惑っているのだ。



「意味はなんだ?」

「意味は、『繭』よ!これから、この領地の主産業にしていこうとしているのだ

 もの。その意味も込めて、コーコナにしたわ!」

「なるほどな。そこのお嬢さんから名前を取ったかと思ったぞ?」

「やっぱり……?」

「わ……私ですか?」



 侍女のココナは、慌てふためく。



「そう、ココナね。私も決めてからあなたの顔が思い浮かんだ。

 でも、ただ、似た名前ってだけよ!

 ココナも素敵な名前だものね!コーコナもきっと領地名としてこれから浸透して

 いってくれることを願うばかりだわ!

 公からの裁可が降りたら、正式に領地へ発表になる。

 これから、コーコナ領もアンバー公爵家の領地になるの。よろしくね!」



 みながその後は、食事を囲みコーコナ領について話している。

 そんな姿が、私はとても嬉しい。



 夏が過ぎるまでは、アンバー領へ帰れそうにないので、こちらでいる時間も増えるだろう。

 仕方がないが、今、この領地の産業の発展を進めることも大事なので、そっと寂しさを心の奥底へと追いやる。

 強く生きないと……立ち止まっている暇は、ないのだから……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る