第342話 噂の的を奪還するには

 ダドリー男爵家とその血族が捕縛されたという話は、瞬く間に国内の貴族だけでなく国民にまで広がり、国内で動揺を誘った。

 この捕縛劇の旗頭として、公世子が裁可に当たっているという噂までたっている。

 実際は、公世子と私なのだが……噂はあくまで噂であり、公爵アンナリーゼまでたどり着く人は誰一人といない。

 そして、アンバー公爵であるジョージアと公世子が今回の件で仲違いをして、ジョージアが領地に引きこもってしまったのではないかというもっともらしい噂まで流れた。


 第二夫人ソフィアの父であるダドリー男爵は、ジョージアにとって舅にあたる。

 だからこその噂であろうが、ジョージアが朝早く領地にたったその日の夕方にはそんな噂が流れていたので驚いたものだ。

 人の口には戸口が立てられないとは、このことなのだろうか?

 いいや、誰かが、ジョージアの動向を見張っていたということであろう。

 噂の回り方が、尋常じゃない程早すぎるのだ。


 今回の件、公世子により断罪される側のはずのダドリー男爵により、逆転劇の布石にジョージアがいいように使われているのではないだろうか。

 ダドリー男爵のお涙頂戴冤罪主張に市井を巻き込むと言うことなら、私は黙っていられない。


 ならば、私はどうするのが正解なのだろう?


 ジョージアが、ジョージを自らの子ではないのに育てるというのは、ソフィアに未練があるからとも取れる。

 ジョージアに直接は聞いていないが、未練があるかないかで言えばあるだろう。

 そこを狙われると、正直、私に打つ手はない。

 なので、私がまずすることは、ジョージアを噂の中心に置くことだけは避けないといけないということだ。


 今回は、領地や領民の命を天秤にかけたダドリー男爵との泥試合。

 決して負けるわけにはいかなかった。



「私、城に行ってくるわ!」

「また、ですか?」

「えぇ、私が今回の件に加担しているように目に見えて示せないとダメな気が

 する。嫉妬に狂っていた公爵夫人は、領地のために立ち上がったというのを

 架かげましょう。これじゃあ、弱いかしら?ノクト」

「まぁ、弱いな。ただ、上位貴族の中でもダドリー男爵の計画によって、辛酸を

 舐めさせられている奴らもいるはずだ。うまく取り入れることだな」



 貴族を取り込むか……こんなときにお茶会を主催するなんて逆効果だ。

 ただ、お互い、誰が味方なのか間者なのか見極めるためには、お茶会を開いた方がいい。

 それには、協力者がいる。私が主催するお茶会ではなく、私を最上位として扱ってくれるようなお茶会を開いてくれる誰かが必要だった。

 宛を思い出し、私は早速動き出す。



「デリア、手紙を書くから……」

「アンナリーゼ様、今し方、侯爵夫人カレン様が屋敷においでです。

 いかがなさいますか?」



 なんてタイミングなのだろうか?

 渡に船というか、まさに呼び出そうとしていたその人から来てくれたのだから。

 ディルにカレンが来たと連絡をもらい、早速、話ができるようにする。



「客間に通してちょうだい」



 ディルにお願いだけして、私は着替えることにする。

 この前のような失敗はしない。

 だって、妖艶なカレンの前で、公爵である私が見窄らしい格好で現れるわけには、二度といかないのだ。



「デリア、公爵仕様でお願いね!」

「かしこまりました。ノクトは、どうしますか?」

「俺は、廊下で待ってるわ!ついていきたい」

「わかった!じゃあ、少し待ってて!」



 そこから、デリアが整えてくれるのだが……目にも留まらぬ早さである。

 すごいなって感心しているうちに、公爵アンナリーゼが出来上がってしまった。

 今日は、カレンの前に出るので、カレンの艶やかに対抗するのでなく、私らしく可愛らしい雰囲気にしてくれたようだ。

 どう頑張っても、カレンに色気で勝てるわけがない。時として必要なときもあるけれど、今日は勝てない勝負をするのは馬鹿だからねと笑う。



「アンナリーゼ様は、そのままで素敵ですからね。

 その魅力がわからないのは、ご本人ばかりで、もったいないです。

 自覚すれば、ありとあらゆる人をかしずかせることも可能ですのに……」

「まったくだな、本人がそんな気がさらさらないから、仕方ないのかもしれない

 けどな」

「あら?ノクト、意見があいますね?」



 私は客間に向かう間、後ろでやいのやいのと言っているデリアとノクト。

 まったく、他人事だと思って、なんてこといってくれているのやら……と、ため息が出てくる。

 でも、そんなくだらないことが言えているのだ、まだ、私たちには余裕があると思いたい。



「お待たせ!」

「ご無沙汰しております、アンナリーゼ様」



 ソファで寛いでいたカレンが立ち上がって私を迎え入れてくれる。



「久しぶりね!カレン」

「えぇ、お久しぶりです。一昨日、ナタリーからの手紙が来て、私、驚きましたわ!

 早速、お邪魔化と思ったのですけど、お屋敷を訪ねさせていただきましたの!」



 私は、頷くとナタリーからの手紙がカレンより渡される。

 なんてことのない日常の手紙なのだが、どこに私が帰ることが書いてあるのだろう。

 ディルと一緒で暗号の手紙なのだろうけど……さっぱりだ。



「これ、私には読めないわ……」

「簡単ですよ!アンナリーゼ様は、近いうちに公都へ帰る。私が必要になって

 連絡が来ると思うから、そのときは、アンナリーゼ様を手伝うようお願いが

 書いてあるんですよ!」



 何度読んでもわからないが……うまくこういうものを使えるようになったナタリーを褒めてあげたい。

 そして、先回りして、手を貸してくれたことに感謝だ。

 もちろん、目の前にいるカレンにも。



「それで、こちらの味方となる方のお茶会ですか?」

「なんでもお見通しなの?」

「そんなことないですよ!私を頼ってくるということは、そうなのかな?と思った

 だけです。

 武力なら、そちらの方でも中隊長のウィルでもいいでしょ?」

「そうね、武力は今、必要じゃないわ!必要なのは、おいしい紅茶とおいしい

 ケーキ、とびっきりの噂話ね!」

「任せてください、明日にでも早速お茶会を開きましょう。すでに準備は済んで

 ますから!

 もちろん、あちら側に足先くらいは突っ込んでいる貴族も呼ぶ方がいいので

 しょ?」

「カレンは、どうしてわかってしまうのでしょ!」



 意地悪く笑うと、つられてカレンも妖艶に笑う。

 辛酸を舐めたもの通し、通づるものがあるのだろうか?



「では、明日の用意があるので、今日はお暇しますわ!

 いずれ、全てを教えてくださいませ!私の知る限りの面白いネタを先にばら

 まいて置きますわ!もちろん、アンナリーゼ様のですけど!」



 どんな噂か怖くなったが……聞かないでおこう。

 その方が、私も明日、動きやすくなるかもしれないから。



「そうそう、1つだけ教えてくださらない?」

「何かしら?」

「トワイス国の王太子殿下は、今でもアンナリーゼ様を欲していらっしゃるの?」

「そんなわけないわ!めんどうごとは、ごめんだから、信用のおける第三妃を

 宛がってきたのよ?」

「なら、よかった。アンナリーゼ様のいないローズディアなんて、なんの面白みも

 ないですからね!

 くれぐれも、トワイス国に帰る!だなんて言わないでくださいね?」

「もちろんよ!こちらで骨を埋める覚悟で来ているのだから!

 でも、私が知らないところで打診はあったみたいね!私を自国へ返してくれと

 いうものは。

 そうすると……まぁ、おわかりの通りですけどね?」

「国交断裂、友好国でもなくなるわけですか。

 でも、うちの公女様もこちらに帰ってくるなら、特に問題はなさそうです

 けど……」

「帰らないわよ!シルキー様は、私のものですもの!

 私がトワイス国に帰るのであれば、ローズディアへ帰すつもりはないわ!」



 にっこりカレンに笑いかけると、そういうことですかと呟いた。

 少し考えるそぶりをするカレン。



「アンナリーゼ様お一人で動かせる人間が、実は多いってことがわかりましたわ!

 まだ、こちらでは、それ程影響力はないと思っていましたが、外堀から攻められ

 たら、ローズディアは、最悪滅びてしまうんですわね。

 南の領地の投資の話も聞いていますし、フレイゼンが要なのでしょ?」



 よく調べているなと私は感心してしまった。

 私は曖昧に笑っておくことで、肯定の意味とした。

 そして、きちんと意味を把握したと言わんばかりに、妖艶に微笑むカレン。


 さてさて、明日は、楽しいお茶会になりそうだと二人で微笑みあうのであった。

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