第226話 手に入れましてよ!
なかなかの策士であると言っていいだろう。
ノクトにまんまと丸め込まれてしまった私にセバスがそっと肩に手を置く。
仕方ないと……言われているようで、セバスに向かって頷く。
「交渉成立してよかったわ!」
ワッハッハと豪快に笑うノクトの前に、完全完敗の私は曖昧に笑うだけだ。
両面から見れば……ウィルを失わずにすんでよかったと言うのが、最大の評価だろう。
そして、最低の評価は、ノクトとイチアをアンバーの領地で受け入れないといけなくなったこと。
敵国の将軍であるノクトと軍師であるイチアをだ。
今回の交渉に置いて、汚点中の汚点だといえよう。
それだけで胃が痛くなる思いではあるが、いい面も考える。
ウィルと一緒にノクトには、アンバーの警備隊の再編に着手してもらえるだろう。
なんせ、連戦連勝の将軍なのだ。
おまけもつけてくれると言っていたので、お抱えの軍師イチアのことだろう。
イチアには、もちろん、セバスとニコライに知恵を貸してもらうことにすればいい。
甘いか……甘くてもいいじゃない!
アンバー領は、今、失うものが何もない。
底の底の底にいるのだから……這い上がるには、敵にも頭を垂れても私は、構わない。
それで、アンバーが結果栄えるなら、私は敵にも魂は売らないけど、懐に入れるくらいはしてやろうじゃないの!という気持ちだ。
小童とか、言われたことないけど……私なんて、ノクトからしたらまだまだひよっこの子供なのだろう。
私から見れば、ノクトは、祖父くらいの歳だ。
「で、お嬢ちゃん、俺からほしいものがあるんだろ?」
「ありますよ!
私は、決してノクトが欲しかったわけじゃないんですからね!」
プンプンとわざと怒る態度をとりながら、優位に進められない交渉にとても苛立つ。
しかし、そういうものを見せてしまえば、さらに向こうのペースになるのだ。
それだけは、だめだと冷静さを取り戻すよう小さく息を吐く。
「まぁ、そうカリカリするなって!」
「してませんよ。
私もこう見えて、公爵夫人ですからね!
そんじゃそこらの狸なんかにゃ負けませんよ?」
挑発するようにノクトを覗き込むと、孫が粋がっているくらいに思っているのだろう。
「せっかく、受け入れてくれたんだ、なんでも好きなものをやろう!
例えば……俺の首でかまわないぞ?」
「そんなのあげるって言われても熨斗つけてインゼロに返してさしあげますわ!
私が欲しいのは、そんな一円の利益にもならないものなんていりません!」
「い……一円って、敵国なんだから、それなりの褒章はあるだろ……
じゃあ、なんだ、何が欲しいんだ?」
私はノクト宛の手紙に、目的のものは書かなかった。
欲しいものがあるから交渉に応じてくれとだけ書いたのだ。
見事、欲しいものを先に手に入れられてしまったのだけど……仕方がない。
「欲しいのは、砂糖です!」
「砂糖だと?
あんなあチンケなもんが欲しいのか?
それなら、嬢ちゃんが望むだけいくらでもやるぞ?」
「いりません!
砂糖を作るための原材料となる植物の種か苗、あとそれを作れる技術のある農民、
加工できる職人が欲しいんです!
できれば、工場建てる資金援助もしてください!
返すお金はないので、お金ください!」
はっはっはっ……私の言い草に大笑いをするノクト。
私のところに来るのなら、隠しても仕方がないのだ。
それに、アンバー領のことなら、すでに知っているはずだ。
ノクトは、砂糖に興味なさげだが、これがどれほど莫大な利益に繋がることか知らないのだろうか?
いや、各地を回る商人もしているこの人のなら、知っているだろう。
我が公国での価格……砂糖がとても高いことを。
まぁ、それでも、ノクトの首に比べれば、安いものなのだが……
「いいだろう、それら全部集めてやろう。
アンナは、おかしなものに目をつけたな?」
「そんなことないさ!
姫さんは、生クリームが好きで仕方ないんだから、砂糖菓子はあってしかるべきだ」
「ウィル、しぃーだってば!!」
私は、話に割り込んできたウィルに釘をさすが、すでに遅かった……
「ほぅ、砂糖菓子が好きなのか?
では、たらふく馳走してしんぜよう!」
ほら、こういう展開になる……私は、おでこに手を置き、軽く振る。
「いいえ、いいです……
ノクトだけで、お腹いっぱいですから、いりません。
それより、砂糖の原材料とかは、一体いついただけますか?
できるだけ、早く、研究させないといけないので!!」
私は、せかすように、ノクトにせがむと、あぁーじゃあ、来週あたり帰るから、そのときにでも連れてくるという話になった。
そんなに簡単なものなんだろうか?首をひねってみる。
「心配しなくても、ちゃんと約束は守るさ。
敵国のものだと、しかも将軍だとわかっても連絡付けてくるような嬢ちゃんとの
約束を反故にしてしまうなんてことはないさ。
それより、俺らの住む場所も、ちゃんと用意しておいてくれよ?」
ニカッと笑うノクトが、あまりにも憎たらしくて仕方がなかったが、勝負に勝って賭けに負けたってことだろう。
あぁ……私って、まだまだなのね。
狸にまんまとやられたわ……と、空を眺めるのであった。
交渉は終わったので、昼食を食べるために一旦部屋に戻るとノクト達が出て行った。
ソファに深くかけなおし、ふぅ……と、体の中から全ての息を吐きだす。
空になった体に、空気を入れ直すと、二言だけでてきた……
「やったぁー!!手に入れましてよ!!」
かしこまって、公爵夫人をしていた私は、喜びを爆発させる。
これで、これで、アンバー領の特産品へとつながる道が1つ増えた。
もう1つ、不本意ではあるが、ノクトという大物も釣れてしまった。
しかし、インゼロ帝国の公爵であるノクトは、一体どうして、ローズディアの公爵夫人の私に雇えというのは……どういうことなのだろう?
うちと違って、資金は潤沢だし、戦争ばかりしているとはいえ、賠償やら何やらで帝国自体疲弊しているわけでもない。
考えれば考える程、わからなかった。
私を裏切るくらい、たいした痛手にはならないのだ。
まぁ、監視は必要だろうけど……領地の役にも立ってもらいたいというのが本音ではある。
「やりましたね!
まだ、油断はできませんけど……なんとか、第一段階ってところですね」
「そうね!セバス!
これで、砂糖さえ作れるようになれば、かなりの利益が見込めるわ!
公都でケーキやアンバーの紅茶を提供する喫茶店を開いてもいいしね!」
「アンナリーゼ様、それはいい案ですね!
甘いお菓子は、女性たちの心をつかんで離さないものですからね!
公都なら、月1回の贅沢と称し、おいしいケーキを食べておしゃべりできる
ちょっとした空間の提供は、喜ばれますよ!!」
とりあえず、私の想像は、膨らむばかりだった。
私とセバス、ニコライの喜びはひとしおだ。
そんな私達を、ウィルとナタリーが不思議そうに見ている。
お金勘定は、基本的に私とセバス、ニコライが受け持っているため、その喜びは、伝わらない。
まぁ、私達が喜んでいることだけは伝わっているようで、何よりだった。
一緒に昼食を取ることになったのだが、商人として歩き回っているノクトの話を聞くことができた。
どの話もとてもおもしろく、しかも、実際あちこち行っているためか、ニコライにもわかる話もあるようでソワソワして目が輝いている。
私、ノクトを手元に置けたのは、商人ニコライにとっても大きな誤算となるような気がしてきた。
百聞は一見に如かずというが、こうして、歩いてきた人の話を聞くだけでも学びとなるだろう。
いい交渉ができたと自分に言い聞かせようと思っていたが、これは、案外、かなり交渉ができたのではないかと思う。
あとは、ノクトを抜け出せない程どっぷり私の陣営に染め上げるだけだ。
うん、楽しみになってきた。
私は、先ほどと違い心はとても晴れやかになっていくのである。
そして、次の日、屋敷を後にし、公都へ帰る。
ちなみに、あの豪華な屋敷は、ノクトの所有物だという。
敵国の将軍が、堂々と屋敷が持てることが……何とも言えない気持ちになったが、あれだけのものを維持できるというのは、さすがということか……と思える。
さてさて、吉と出るか凶とでるか。
アンバーへ引越ししてきてもらってからの話になるなと、私は、友人たちと公都の屋敷に戻るのである。
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