第216話 葡萄酒作り
1週間半かかった領地のお掃除もつつがなく終わりを迎えた。
私があちこちふらふらと出歩いている間にリリーが、手分けして隊員を捌いてくれたらしい。
本当、こんな優秀な人間が埋もれていたかと思うと、今までが残念でならない。
探せば、領地内だけでも才能ある人間がたくさんいるのだろう。
生きることだけを考えていた人が、活きることを考えられる余裕がでければ、アンバー領も捨てたもんじゃない!そう思わせてくれる人に出会えた。
リリーは、お酒をやめたからなのか、生活に余裕ができたからなのか、生きがいを見つけたからなのか、お掃除隊の面々を活かせる場所に導いてくれている。
きちんと一人一人観察しないとなかなかできたもんじゃないけど、コミュニケーションをどんどん取って、人となりを知っているようだ。
リリーの元々の性格もあってか、その采配は見事なもので、丸投げ方式の私も見習わなければならない。
休養日をはさみ、多少の時間がかかったが、町や村は綺麗になった。
時間がかかったのは、町や村ではなく、そこに住む人間を綺麗にするのに時間がかかったのだ。
お風呂を嫌がる人もいたり、ちょこちょこいる浮浪者の説得に時間がかかった。
一通りアンバー領全体を綺麗にしたので、見栄えは、私が初めて領地を回ったときより断然良くなった。
あとは、継続していくだけなのだが、そこは、掃除に参加した人が多かったこともあり、意識的に領地外からのお客を呼べる町や村にしてほしいことを頼んである。
きっと、この綺麗な状況を保ってくれるだろう。
それには、きちんとしたルールも決めた方がいいなと思っているところだ。
さて、今日は、いよいよ葡萄酒作りのために畑の整備と収穫をする。
領地に点在する葡萄畑は、どこも手入れをしていないし、放置しているものばかりだった。
そこで持主を特定して、私は、紅茶畑同様、畑を全て買い取った。
ありがたいことに、廃れた葡萄酒と見限っていた農家ばかりだったので、広大な土地を購入したにも関わらず、思っていたほど買取料金は高くなかった。
唯一、また、葡萄を作れるならば、雇ってほしいと言ってきた農家もあったので、私は、採用することにした。
やはり、葡萄作りのノウハウを知っている人は、それだけでアンバー領の宝だ。
これからの特産品産業を考えても、なくてはならない存在である。
元葡萄農家の家族ごと今回の畑整備や美味しい葡萄の作り方を伝授してもらう講師役としたのだ。
お陰で、葡萄畑での草取りに始まり収穫までの一連の作業は見事な作業効率であった。
これは、かなり、助かった。
荷馬車に各地でとれた葡萄をたくさんいれたカゴが見える。
12台もある荷馬車に私は、とても驚いたのである。
「すごい量だね!
これ……どうするの?」
「まず、種類に分けましょうか?
アンバー領には、2種類の葡萄がありますので……」
葡萄農家のおじさんが教えてくれる。
私には、よくわからない品種をおじさんがわけていく。
それにならって、葡萄農家の家族が、葡萄を一房ずつ見てわけていく。
「おじさん、よくわかるね?」
「お嬢ちゃん、これでも生まれてからずっと葡萄農家だったからね。
こっちの葡萄は、香り高く繊細な味わいを持つ長期熟成型の葡萄酒ができるもの。
今、あっちの息子がわけている葡萄が、深みのある色合いとしっかりとした特徴で、
重厚で飲みごたえのある葡萄酒になるんだよ。
あぁ、この葡萄もあるのか……」
「この葡萄は?」
「この葡萄は、飴のような甘い香りが特徴で、優しい口当たりとなめらかな味わいの
果実味のある葡萄酒になるんだ。
とても、珍しい葡萄だよ!」
3つ目の品種があることを伝えているおじさんを横目に、食べてみる。
珍しい葡萄だとおじさんが言ったものは、口の中に入れたらとても甘くておいしかった。
これ、そのままでも、売れるんじゃないかしら?そんなことを思ったが……葡萄酒にした方が、売値が高くできることを考え、首を横に振った。
「おじさん、この葡萄、とても甘くておいしいのね!」
「そうだろう?品種改良がされた葡萄だよ」
珍しい葡萄におじさんも大喜びである。
葡萄が分け終わると、ここからは、葡萄酒を作ることになる。
お掃除隊がわっせわっせと運んでくるのは、何故かとっても大きな桶であった。
「手を洗って、葡萄ごとに房から一粒一粒採ってください!」
言われた通り、私もお掃除隊も手を洗って桶の前に座り、葡萄の実を取り始めた。
意外と地味でもくもくと取り始めること3時間。
さすがに誰もしゃべらずに、ただただ葡萄の実と向き合っていると、ぐったり疲れた。
これ、まだ続けるのかしら……と思ったときに、鍋の底を叩く音が聞こえてきた。
その音を聞けば、私のお腹がなる。
「みんな、休憩しましょう!お昼よ!!」
私は、立ち上がり声をかけると、お掃除隊の面々も疲れた顔でぼーっとこちらを見ていた。
さすがに、黙りっぱなしで葡萄と向き合っているとそういう表情になったようだ。
「みんな、大丈夫?
ちょっと疲れすぎてない……?」
私は、その場に立ち腰に手を当て、お掃除隊の面々を見る。
大丈夫ですとか消え入りそうな声で聞こえてくるのだけど、とても大丈夫そうに見えない。
でも、お昼を食べると英気も養われるだろうと、ほらほらっと追い立てる。
食事を口に入れるとホッとする。
「アンナ様、大丈夫ですか?」
「リリー!私は大丈夫だけど……他の面々は、ちょっときつそうね?」
「あぁ、あんまり細かいこととかできない人間ですからね。
結構、根気いりますし。
でも、あと少しなので、食べるもの食べたら、単純な奴らばかりだから
まだ、がんばれそうですけどね!」
リリーのその言葉は、私にも響く。
疲れてしまったが、食べるもの食べたら、私も頑張れそうだ。
作業自体は、そんなに苦ではなかったけど、ずっと同じ体制で黙って作業が苦であった。
「お昼からは、少し話でもしましょうか……?
黙って実を毟ってるだけだと、なんだか気が遠くなりそうよ!」
「それ、いいですね!
そうしましょう!アンナ様と話したいやつも結構いることだし!
今日は、隊ばかりがいるから、身分のことはいいでしょ?」
「そうね!別に気にしているわけではないんだけど……
公爵夫人って言われると、領地の人ってどうしてもみんな一歩引いちゃうから……
それって、寂しいのよね……」
「やっぱり、変わっていますね!」
「そうね!たぶん、こんな公爵夫人は、私だけよ!」
お腹にあたたかいものを入れ、少しリリーと話すだけで元気になれた。
昼からの作業は、やはり話しながらする方が、精神衛生上いいことが分かったので、率先して話しかけることにした。
うーん……何話せばいいかしら?
そんなことを考えて、お昼の時間は過ぎていくのであった。
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