第212話 ナタリーという女性は

 私が、ジョーを置いて、共もつけず、さんざんほっつき歩いていたため、叱られ続けること2時間。

 私がしおしおっとしているのが可哀想になったのか、ジョーが泣き始める。

 そこでやっと、ナタリーとデリアのお小言から解放されることになった。




「アンナリーゼ様は、汚いのでまだ、ジョー様には触れてはダメです!」




 ナタリーのいうことはもっともで、私は、さらにしおっとするしかなかった。




「アンナリーゼ様、今、お湯を用意しましたからお風呂に入りましょう。

 忙しくしていたのでしょう?

 まだまだ、領地については、改革を始めたばかりなのです。

 あまり、気負わずにのんびり構える時間も必要ですよ!

 でないと、見えているつもりでも見えていないこともあるかもしれませんから!」




 デリアに諭され、なるほどと思う。

 私、少し前のめりになりすぎていたようだ。



 ふぅ……と一つため息をつくと、どっと疲れが出てきた。




「デリア、とても眠いわ……」

「ダメです。

 きちんとお風呂に入ってください。

 私がアンナリーゼ様をきちんと整えておきますから、お風呂で寝ていてくれても

 かまいませんよ」

「そう……?

 お願いしてもいいかしら……」




 服を脱ぎ、温かいお湯に体を沈めると、張りつめていたものがすっと体の中から出ていくようでほわほわとする。

 湯船の縁に頭を置いたままゆっくり浸かる。

 すると、デリアが、石鹸を入れてぶくぶくと湯船を泡風呂にしてしまった。

 タオルで優しくマッサージするよう洗われていく体。

 ごっそりいらないものが剥げていく感覚だ。

 汚れだけでなく、緊張、不安、気負い、焦り、それら全てをだ。

 石鹸のいい匂いも心を落ち着かせてくれる。

 きっと、わざわざ私のためにリラックスできるよう気を使ってくれたものだろう。




「デリア、ありがとう……」




 夢心地でデリアにお礼を言う。




「いい夢をみてください」




 それを最後に眠ってしまったようだ。




「アンナリーゼ様、洗い終わったので湯船から出てください」




 デリアに揺り動かされ起きた。

 指示された通り湯船から出ると、お湯を体中にかけられバスタオルで拭かれる。

 バスローブを着せられ、半分寝ている私の手を握りベッドまでいざなってくれる。



 私は、ベッドまで行くとバタンと倒れるように寝転がる。

 ナタリーにしょうがない人って言われ聞こえたような気がしたが、もう瞼が重くて開かない。

 そのまま、私は、泥のように眠ってしまったのである。




 ふいに目が覚めて起きたときは、夜中であった。

 体中にあった、疲労もすっかり消えて、軽い体に驚く。


 肌を触ると、ほんのり香油の匂いがしたので、眠ってしまった後、デリアがマッサージをしてくれたのだろう。

 体中が、ツルスベになっている。




「おぉー!公爵夫人ね!」




 なんて、馬鹿なことを言っているとナタリーが起きたのかクスっと笑っている。




「起きられましたか?」

「うん、ぐっすり眠っちゃったみたい」

「こちらに来てから、ずっと動き詰めでしたからね……適度な休養も必要ですよ!!」




 さっきとは打って変わり優しいナタリーの声にありがとうと返す。




「デリアにもお礼言わないとね……体が、すっかり軽くなったの!」

「そうですか?それは、良かったです!」




 ナタリーの声は、まるで母親が子供を心配するようであり、私がとても心配をかけていたことがわかる。




「ナタリー、ごめんね……心配かけて、わがままもきいてもらって……」

「いいのですよ。アンナリーゼ様の役に立てているなら、私はそれだけでいいのです。

 デリアと二人でジョー様を見ていたのですけどね……

 段々、顔つきがジョージア様に似てきましたね。

 髪も銀髪っぽいですし、目もジョージア様と一緒のアンバーですから。

 でも、目で追うものは、アンナリーゼ様が好きそうなものばかりです。

 きっと、中身は、アンナリーゼ様そっくりになるのでしょうね!」




 デリアと話してたことを私に話してくれる。

 ジョージアの名前が出たことに少し胸が痛んだけど、でも、未来のジョーの容姿を知っている私にしたらそうねとしか答えられない。

 でも、中身は、私に似るって……それは、ちょっとダメな気がする。




「ナタリー?」

「なんですか?」

「この子の、ジョーの淑女教育をお願いしてもいいかしら……?」

「私ですか?

 アンナリーゼ様の方が、完ぺきではないですか?」

「そういってもらえると嬉しいけど、やっぱりナタリーからも教えてあげてほしい!」




 何故、そう思ったか。

 ナタリーから借りた女性たちは、みんな庶民の出の者ばかりだと聞いていた。

 ただ、所作一つ一つが綺麗で、どこかの令嬢だと言われてもわからなかった。

 誰に習ったのか尋ねると、ナタリーから教えてもらったという。

 いつか、どこかのお屋敷で働けるようになったりするときに必要かもしれないからと……

 お掃除に借りだしてしまって申し訳なく思ったものだ。

 ただし、彼女たちは同じことを口にした。

「アンナリーゼ様の役に立てるなら、どんなことでもいたしますよ!」と。

 徹底された教育に思わず、驚いたものだ。

 私のためっていうのは、ちょっと違うかなぁ?とは思うが、ありがたく厚意は受け取っておくことにし、アンバー領のこれからを一緒に担ってくれるようお願いした。


 彼女たちは、私の言葉1つにとても喜んでくれたのが印象的であった。





「ナタリーって人を育てるのがとても上手だもの。

 私、あの女性たちが凄く活躍しているの、見ててそう思ったよ!」

「ありがとうございます!

 でも、私は、アンナリーゼ様に出会えたからこそ、今の自分があると思っています。

 この3日間デリアとアンナリーゼ様の話をたくさんしました。

 私は、強い方だとだけ思っていましたが、弱いこともあるのだと知りました。

 当たり前ですよね。アンナリーゼ様も私と同い年ですもの。

 悩むことも悲しむことも辛いこともあって当然ですよね」




 私に向かってナタリーは申し訳なさそうに笑う。




「そういうところ、デリアに言われるまで、失念していましたわ……

 私には、ジョージア様のように隣に寄り添うこともできませんけど、

 アンナリーゼ様がしたいようになさってください。

 どこまででもついて行きますから!」




 ものすごいいい笑顔を向けられると、なんだかとても心強い。



「私は、ウィルもセバスも頼りにしてる。

 ニコライなんて、とっても頼もしくなっちゃったのよ。

 ナタリー、私は、女性としてあなたにしかできないことを期待しているの。

 私、どっちかっていうとウィルよりだからね……

 何かおかしなことしてたら、注意してね!」

「かしこまりました!

 私は、アンナリーゼ様と共に社交界や表でしっかり動き回りますわ。

 デリア、あなたは、アンナリーゼ様をしっかり支えてあげてね?」

「かしこまりました、ナタリー様。

 私は、アンナ様に拾われた命ですから、元よりそのつもりです!」




 ナタリーとデリアは、すっかり仲良くなったようだ。



「ナタリー、デリア……

 ありがとう……」




 目尻に溜まった涙を手で拭う。




「ほらほら、ジョー様が呼んでますよ。

 久しぶりに抱いてあげてください。

 ずっと、アンナリーゼ様の帰りを誰より待っていたはずですからね!」




 ベッドでぐずるジョーを抱き上げて揺すってあげると、ぐずっていたのがウソのように笑っている。

 可愛らしい我が子は、私達がしようとしている改革には我関せずだ。

 あなたの手本になるように頑張るんだから、見ててね!

 頬をつつくと嬉しそうに笑っている。



 この笑顔を領地に広げるのが、私の使命だね。

 ナタリーとデリアに笑いかけると二人とも力ずよく頷いてくれるのであった。

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