第211話 葡萄酒

「おはようございます!」

「おはよう!ユービス!」

「アンナリーゼ様は、朝がお早いのですね!」

「そうなの、体動かしたりする時間って、どこに行ってもこの時間しかないからね……

 それに、今日こそは、屋敷に戻らないと……ナタリーとデリアの頭に角が

 生えてそうで怖い……」




 ジョーをまかせっきりになっているため、ナタリーとデリアはきっとカンカンに怒っているだろう。

 乳母を雇わない私が悪いのだけど……迷惑をかけっぱなしなのは、2人に心苦しい。




「何日もお掃除隊と一緒に行動されてたんですか?」

「そうなの……徒歩だから、帰れなくてもう3日目。

 もう、怒られるのは覚悟はしてるから、今日は必ず帰るよ……」




 領地で飛び回っているので悪いことはしていないはずなのだが、ジョーにしたら面倒をみない悪い母親ではあるなぁ……と思うと落ち込む。




「では、さっそく向かいましょうか?

 早く行って、早く帰ってあげてください。

 屋敷までの馬をご用意しますし、お掃除隊なら、ここで預からせていただきますから」

「ありがとう……」




 私は、弱々しく笑うしかない。




「歩いていけるところなので、徒歩で向かいますね。

 町はずれになっていますから……

 アンナリーゼ様の農場のように一応こちらも小奇麗にはなっているので、

 掃除は不要です」




 ユービスの話を聞きながら20分ほど歩く。

 すると大きな建物が見えてきた。




「こちらになりますよ!」




 そこで出迎えてくれたのは、初老夫婦だった。




「初めまして、アンナリーゼ様。

 葡萄酒を作っておりましたサムとヒサアと申します。

 お話は、ユービスより聞かせていただいております。

 まずは、こちらに!」




 そういって、案内されたのは、葡萄酒が保管されている蔵であった。

 蔵の中は、ひんやりしていて薄暗い。

 ろうそくの火を灯してもらって蔵の中を見るとたくさんの樽が所狭しと並んでいる。




「わー!すごい数の樽ね!」

「これのほとんどは、まだ中に入っております!」

「そうなの?」

「はい、全く売れませんでして……どこにも需要がなく、売れ残っていくばかりで

 数年前に辞めたのです。

 今回、お話を伺って……とても驚いているところです」




 サムが蔵の説明をしてくれる。

 たくさんの数の樽の中に、いまだ葡萄酒が眠っているというのだから……しめたものだ。




「これ、買い取るから……どれくらいのお金になる?

 私、あんまり今、持ってないのよね……」

「いえ、もう私たちは失敗してしまったので……こちらは、全て差し上げます!」

「そんなわけにはいかないわ!せめて、少しだけでも受け取ってほしい!」

「いいえ、いりません」




 頑ななサムをこれ以上説得するのは、私には無理なような気がした。

 なので、発想を変える。

 この今ある葡萄酒は、お金を受け取らないなら、これから作るのならいいわよねと。




「わかりました!

 ありがたく、ここにある葡萄酒は、いただくわ!

 ただし、今から作る分については、指導料としてお金を受け取ってほしいの!

 そんなに多くは出せないけど、アンバーの特産品として、売り出すから、

 気合入れて作らないといけないのよ……」

「作るのですか?これから?」

「そうよ!作るの!

 ここ2,3年は、売り出すことはできないから、ここにあるお酒を出し惜しみしながら

 売りさばく。

 そして、新しい葡萄酒を、アンバー領の特産品として私が売ってくるわ!

 だから、協力してほしいの。

 人なら、いるから……お願いします!

 私にその技術と知恵を貸してください!!」




 私のお願いに驚くサム。

 先に聞いていたユービスも私がサムへ頭を下げることに驚いている。




「……あの、……売れますか……?」

「売るわよ!

 せっかく、特産品になりうるものが目の前にあるのですもの!

 ユービスが言うにおいしいっていうし!

 ただ、宣伝不足もあるんじゃないかって思うのよ!

 私、社交界に出てから、葡萄酒なんて見たことないもの!」




 はぁ……と大きくため息をつくサムには、不安の色もあった。

 でも、私の息巻いた姿を見て、次の瞬間には、無骨な手を差し出してくる。




「お願いします!

 私たちは、この葡萄酒こそが、最高のお酒だと思っています。

 どうか、アンナリーゼ様、私達に力を貸してください!」

「もちろんよ!!

 私の方こそ、力を貸してほしいの!お願いね!!」




 差し出された手を両手でギュっと握る。

 その瞬間にサムは、泣き笑いになった。

 支えるようにヒサアが、そっとサムに寄り添っている。

 その姿は、私には、とても美しく映り、羨ましかった。




 そして、ひとしきりサムとヒサアが喜んだ後、私は、今からできることを教えてほしいという。




「まず、各地で葡萄がたくさんなっていたんだけど、あれって使える?

 多分、品質的に最悪のものとなるんだけど、練習用として使うには十分だと思うし、

 これからの領地改革で出すお酒は……酔えればいいって話らしいから、

 サム達のプライドさえよければ、今年から作りたいのだけど……」

「えぇ、かまいません。

 プライドなんて、とうに折れていますから……」

「ホント?じゃあ、そうね……来週あたりから、葡萄酒作りにかかりたいのだけど、

 どうかしら?」

「それは、いい!

 葡萄の収穫は、もうそろそろいい頃なので……

 ただ、その葡萄酒を保管するための樽が、全く足りません。

 作れればいいんですけど……お金がかかりますからそこをなんとかしないと」




 私とユービスは、顔を見合わせ、頷きあう。




「人手ならたくさんあるのよ!

 大工仕事もできる人もいるから、作ってもらいましょう!

 いくつあればいいかしら?」

「50は必要かと……」

「50ね!頼んでみる!」




 私の軽い返事にサムは驚いていた。




「あの……アンナリーゼ様、良ければ、こちら飲んでみてください」




 遠慮がちにヒサアが持ってきてくれたが、私は下戸なのだ……



「あの、申し訳ないのだけど……下戸で……」

「ユービスにお聞きしていたので、アルコールは抜かせていただきました。

 なので、飲んでいただいても大丈夫ですよ!」

「そんなこともできるの?じゃあ、いただくわ!」



 葡萄酒独特の甘い匂いと口に入れたときの渋みが広がる。

 今まで、のんだことがない味がして不思議であった。

 でも、これはこれでおいしいと感じる。



「おいしいわね!」

「よかったです!

 アンナリーゼ様からのご依頼は、この葡萄酒をと考えているのです」

「これなら、私、捌ける自信があるわ!

 なんで、こんなおいしいものが出回らないのか、不思議ね……」




 私の言葉に苦笑いするユービスとサム、ヒサア。



 私は、来週からの葡萄酒作りがとても楽しみになったのである。




 そこから、町に戻り樽の製造の話をした。

 請け負ってくれる人が、お掃除隊にいたが、人数が少ないということで町の人にも声をかけてもらうことになった。



 私は、ユービスの厚意に甘え、馬を借りビルの店に顔を出す。

 そして、葡萄酒の話をして、樽の製造を手伝ってくれる人がいたらお願いしたい旨だけを伝え、3日ぶりに屋敷に戻ったのである。



 もちろん、ナタリーもデリアもカンカンに怒っており、仲が良くなかったはずの二人に息ぴったりに叱られたのである。



 私はというと、二人にごめんなさいと平謝りするばかりで……あった。

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