第209話 石切の町

 翌日、私達が移動した町は、街道の石畳用の石切をお願いしている町であった。

 町の裏方には、大きな岩盤をさらけ出している山が見える。




「すごいわねぇー!

 ねぇ、見て、パルマ!」

「アンナ様、前を見て歩いてください!

 危ないですよ!」




 私は、山の方を指して騒いでいると、パルマに叱られ、前を向いて歩く。

 それにしても、すごい山だなと思う。




「ここも、町の人たちが、待ってくれるのね!

 おはようございます!」




 私は、元気よく集まってくれている町の人たちに声をかける。




「あぁ、おはようさん!」

「今日は、お掃除に集まってくれた方々ですか?」




 見渡すと、町の規模からしたら少ないが、そこそこの人がいることがわかる。

 いつものように挨拶と説明を済ませ、それぞれ場所に分かれて掃除にかかる。

 私は、一番汚そうなとこへ行くことにした。


 パルマは、私の後をついてくるしかないので、嫌そうだったが渋々ついてくる。

 無理してついてくる必要はないのに……そう思ってしまうが、私のことにも気を付けてくれているのだと思うと何も言わずに黙っておく。




「ここの町は、公爵夫人の申出で石切をしているところだよ」




 一緒に作業をしていたお婆さんが教えてくれる。

 なんでも、公爵夫人は、街道を石畳に変えたいと言っているとかで、町の男たち総出で石切に出かけているとか。

 おかげで、今は、潤っていて仕事もたくさんあるとのことだ。



 お婆さんは、年寄りですることがないから、参加したそうだ。

 それでも、町を綺麗にすることに興味を持ってもらえたのは嬉しい。

 この町は、私が落としているお金のおかげか、他のところよりは整っているので、正直あまり時間はかからないだろう。




「じゃあ、ちゃっちゃと始めましょうか!」




 お掃除隊の面々に声をかけ、お手伝いにきた町人たちにも声をかける。

 手慣れてきたからか、時間は思ったよりもさらにかからなかった。




 やはり潤っているところは、それだけ人に余裕が持てているということなのだろう。

 一番汚いところであっても今までに比べれば、たいしたことがなかったからだ。




「石切のところ行ってみたいのだけど……行っても大丈夫かしら?」

「お嬢さんが行くのかい?」

「そう……いや、いいけど危ないよ?」

「うん、でも、見てみたいの!」



 私の好奇心が顔に出ているのか、仕方なさげに町の人が案内するとかって出てくれた。

 お掃除隊をぶらつかせておくのももったいないので、パルマに言って先にユービスの仕切っている町へ行くよう伝えるとそちらに荷物をまとめて行ってくれる。


 そうそう、今日手伝ってくれた人へのお礼も忘れずにした。

 ただ、炊き出しをする必要がないので、少しばかりだが、食材を分けたのだった。



 一緒に行ってくれるお爺さんは、ワンダという。

 元々、石切場で働いていたらしいが、年もあって引退したのだそうだ。

 体つきを見れば、なんとなく職人とか体を使うような仕事をしていたのかなぁ?と思ったが、やっぱりということだ。




「公爵夫人には、全くの感謝だよ……

 ここいらの若いもんは、仕事に対してとっくに諦めていたんだ……

 だから、こうして仕事を与えてもらって、対価をもらえることでどれほどの感謝か」

「そうなの?

 例えば、石切の仕事が終わったとしたら、その後の街道整備とかも手伝ってくれたり

 するのかしらね?」




 私は、何気なくワンダに問うてみた。

 欲しい答えが返ってくることを祈りながら……




「えぇ、公爵夫人が、呼びかけてくれるなら、あいつらも仕事に向かいたいと

 いつもいってるさ!

 まぁ、これだけ、お金を落としてくれる方だ……少々の悪評があろうが、

 この町のもんはみんな味方だよ!」




 欲しい言葉以上のものが返ってきたことに言葉を無くし、目をぎゅっとつむる。

 お金をただばらまいているだけではあるのだが、誰かの生活に役立っているなら、よかった……と言えよう。

 味方だと言ってくれるその言葉は、私にはどれだけ響いたかワンダには計り知れないだろう。




「アンナちゃん、どうしたんだい?」

「うぅん、なんでもないよ!

 ちょっと目にゴミが入ったから、ね?」

「ハハ、そうか。

 もうすぐつくからな!」

「ワンダさん、案内ありがとう!」

「お安い御用だ!

 こんなかわいいお嬢さんとデートするなんて、わしの方がワクワクするわ!」




 たわいもない話をしながら、山の方へ歩いて行くと石切場へついた。




「親父!何しに来たんだ?」

「いや、アンナちゃんが、石切場を見たいというからな。

 連れてきたんだ!」




 私を見て、いぶかしむ男性。

 ワンダの息子らしい。

 さすがに、ワンダのいでだちと似ている。




「初めまして、アンナといいます。

 突然お邪魔して、すみません!」

「あぁ、そこの親父の息子でピュールだ。

 なんで、わざわざこんな石切場なんて……

 女なんだから、服とかもっと違うもん見とけばいいじゃないか!?」

「あーえーっと、石切りに興味がありまして!

 どんな風に街道用の石畳ってできてるのかなぁ?って……」

「そんなもんに興味ある女は、公爵夫人くらいものだと思ってたけど、

 あんたも変わってるな!」

「ハハハ……よく言われます」




 その公爵夫人が私だなんて、小汚い恰好をしているので、なんとなく言えなくて笑うしかない。




「アンナって言ったか?」

「はい!」

「中も見てくか?」




 変わっている私を気に入ってくれたのか、案内をかってでてくれるピュール。




「いいんですかぁ!?

 ぜひ、見せてください!

 あの、切り出すところとか、石畳にするところとか見たいです!」

「わかった、わかったから、あんまり騒ぐな!」




 ニコライに話は聞いていたのだが、やっぱり見てみるのはいい!

 想像しきれてなかった私は、実際の大きな切り出された石をみて感嘆する。

 それを、運び出し、段々と小さく注文通りの石畳のサイズに合わせていく!




「すごい、すごい!!

 こうやって、石畳ってできているんだね!」

「アンナ、騒ぐなって!」

「ごめんなさい……でも、すごいね!

 話は聞いたけど想像できなかったのよね……これは、見に来てよかったかも……」




 私は、作業しているのを危ないからと少し遠くから見学させてもらったのだが、とても驚いている。

 あんな大きな石が、あの石畳になるのだ……目の前で見ていても不思議で仕方ない。




「これも、公爵夫人の提案なんだがな、俺たち、これがなくなるとまた仕事が

 なくなるんだよな……」

「そうなの?」

「あぁ、今が稼ぎどきってやつだ!」

「じゃあさ、さっき、ワンダさんとも話してたんだけど、街道整備も手伝ってって話を

 公爵夫人がしてきたら、手伝ってくれるかしら?」

「あぁ、当たり前だ!

 何もしない日々の苦痛に比べれば、こうやって仕事があって体を動かして、

 母ちゃんや子供にまんま食わせてやれることの喜びは、ないからな!

 そんな仕事させてくれるなら、喜んで俺たちは仕事させてもらうぞ!」

「ホント!?

 ここの人ほど、石の扱いに詳しい人はいないもんね!

 土木工事とかも、できたりするのかなぁ?」

「土木工事か……?どんなのだ?」




 私の話に興味を持ってくれたようだ。

 こういう石切場で働く人は、結構な知識を持っていると聞いたことがある。

 岩盤が崩れないように足場や通りを作るのだ。




「治水工事とかってどうかな?」

「治水か……確か、得意なやついたぞ?

 この町もそいつが、簡易の治水工事をしたからな!

 俺は、見ての通り、現場監督しかできないけど、なんなら紹介しようか?」

「わっ!いいの?」

「あぁ、構わねぇが、アンナは何者だ?

 そんなことに興味持つなんて、変だぞ?」




 えへへっと笑って誤魔化す。




「まぁ、いいか。

 カノタ!ちょっとこい!」

「なんすか?親方!」

「治水工事に興味があるそうだ!紹介だけな」

「へぇー可愛らしいお嬢さんだ!いてっ!

 親方、何するんっすか?」

「客だと思って接してみろ!お前のパトロンになってくれるかもしれねぇ―ぞ!」




 こんなお嬢さんがパトロン?みたいな顔で私を見てくる。

 うん、こんな私だけど、現在進行形であなたたちのパトロンですよ!と心の中で呟く。




「初めまして!アンナといいます。

 カノタさん、治水工事の設計ができるんですか?」

「あぁ、そういうの考えるのが好きなんだ!

 元々川べりの家にいたから、決壊やらなんやらで苦労もしたもんで……」




 なるほど、身を守るために独学で身に着けたものだということを感じる。




「ほとんどは、独学で学んだんだけど、隣国のフレイゼンってとこに少しの間

 行っていたこともあるから、それなりには役に立つと思うよ!」

「フレイゼンに?

 私、そこの出身なの!」

「は?あんな高度なとこから、こんな辺鄙なところに来たのか?

 あんた、馬鹿じゃないの?」




 もう、返す言葉がなかった。

 フレイゼンは、学都だ。

 実験と称しイロイロ作ったりしている手前、何もかもが、きちんと整えられている。

 それに比べアンバーは、何もない片田舎な上、全く発展の兆しもない土地柄である。

 カノタのいうことは、もっともだと感じてしまう。




「フレイゼンをそんな風に評してくれて嬉しいわ!

 私もあの領地が大好きだもの!

 でも、私は、アンバーも好きよ!

 磨けば、フレイゼンにも負けじと劣らずだと思うもの!

 この2週間、領地を回ったけど、いい人ばかりだから!!」




 カノタは、ふんっと鼻を鳴らして物好きめと悪態をついている。




「これから、よろしくね!」




 そんなカノタに私は、握手の意味で手を差し出す。

 すると、意外と素直にこちらこそと握り返してくれた。




 治水工事の設計士と現場監督、あと現場で働く人を確保できたわ!と私は、心の中でほくそ笑むのであった。

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