第153話 おかえり!

「姫さん、土産がある!」



 ウィルとセバスが、私の手紙によって屋敷を訪れてくれた。

 ただし、予定より早く来たためお昼の用意もしていなかった。



「ディル、突然だけど……」

「かしこまりました!

 ウィル様、セバスチャン様、ようこそアンバーの屋敷へいらっしゃいました!

 歓迎いたします!

 つきましては、昼食をご用意させていただきますので、アンナリーゼ様と

 一緒に客間へご案内させていただきます」

「あ……これは、ご丁寧に!

 これ、ひ……アンナ様のおやつに……!」

「ありがとうございます!

 お茶うけにいただいてもよろしいですか?」

「あぁ、構わない!

 ひ……アンナ様の好きなお菓子だから!」



 姫さんといつも呼ぶウィルが、いちいち『アンナ様』と呼び変えているのでおかしい。

 私は、クスクスと笑ってしまった。

 セバスも一緒のようで、少し横を向いて小刻みに揺れている。

 ウィルは、なんだか居心地が悪そうだ。



 客間に入ると、デリアがお茶を入れてくれた。

 私は、相変わらずホットミルクだ。

 冷めるとおいしくないので、あたたかいうちにいただくことにしている。



 ウィルが買ってきてくれたのはフィナンシェだったようで、食べやすいように切り分けられ、それぞれの前に並ぶ。

 私のお皿には生クリームを乗せてくれてあった。




「ホント、好きだよね!」

「生クリーム?」

「そうそう!生クリーム!」

「おいしいのよ?」

「はいはい……

 で、今日のご用向きは、小競り合いのこと?」




 手紙に呼び出した理由は何も書いてなかったのだが、このタイミングで呼ばれたなら呼び出し理由なんて決まっている。




「そう。

 若い文官って、やっぱりセバスだったの?」




 フィナンシェを頬張ろうとしていたセバスに話しかける。

 答えたのはウィルだ。




「あぁ、そうだ。

 2週間前、馬に乗って、作戦会議場にふらふらでやってきたんだ。

 俺、メッチャビックリした……」




 隣でモゴモゴとフィナンシェを食べて頷くセバス。




「で、司令官に小競り合いを早く終わらせるとか意見し始めた。

 俺、かなり肝が冷えたぜ……

 上官には、歯向かわないっていうのも、武官には当たり前のように

 しみついているからなぁ……」

「いや、文官も似たようなもんだよ。

 僕は、クビになるのか、首がとぶのを覚悟して行ったんだ!」




 意を決したかのように、セバスは私を見据える。




「あのときのお茶会に行く決意をしたのね。

 それで、爵位は取れた?」




 夏の終わりころに、パルマの爵位について話をしていたとき、セバスも密かに今後のことを考えていたようだ。

 私は、深刻にならないように、笑い話程度に聞いてみる。





「はい、アンナリーゼ様。

 爵位は、男爵位をいただきました」

「昇進、おめでとう!」





 セバスにお祝いを言うと、少し苦い顔をされる。





「僕は、男爵になれたんですけど、ウィルは、伯爵位を賜りましたよ!」

「え?ウィルももらったの?」

「おう、もらったぞ!

 もらえるものは、もらっておけって、姫さんなら言いそうだったから、

 ありがたーーーっくもらっておいた!」

「なんか、ありがたそうじゃないわね……」

「そりゃね……爵位も上がれば、責務も増えるからなぁ……

 預かる命も増えるんだ!」



 ウィルは、普段、飄々としているが、やっぱり人の命を預かる部隊長となれば、さすがに心しているようだ。

 そういうところは、当たり前ではあるが、意識し続けられることがすごいと思う。

 きちんと仲間の命を預かっているんだって自覚があって、守りつつ、結果も残しているのだ。

 たいしたものだといえよう。




「それで、どうやって解決したの?」

「まぁ、そんなに話を急がなくても……

 時間は、たっぷりあるんだ。

 俺もセバスも謹慎されてるから……」





 …………謹慎…………?





「何をしたの…………?」

「いや、だから、小競り合いをな?」

「うんうん。

 終息させたんだよねぇ?」




 ウィルとセバスを交互に見る私と気まずそうにするウィルと若干顔をそらしているセバス。





「なんで、謹慎になっているの?」






 …………沈黙が続く…………







 気まずそうに口を開いたのは、セバスだった。






「あのですね……

 僕が、有休をとって、戦地に行ったのがまずかったんだ。

 そのあと、戦況をひっくり返してしまったのも上官によく思われなかった。

 さらに、爵位までもらったことで……」





「妬まれた……と?」





「さすが、侯爵位のお嬢様だな……」




「ウィルもなの……?」




 あぁ、と苦笑いしている。



 まだ、話は聞いていないが、ウィルにしたって、セバスにしたってそれ相応の覚悟と命を張っているはずだ。

 なのに、上官に妬まれたから謹慎?

 頭、おかしいんじゃないの?と、思ってしまう。



 ウィルは、もともと期待されてたぶん、普段から妬みはひどかった。

 私が通うようになって、少しは解消されたと笑っていたが、セシリアに言わせれば、まだまだ嫌がらせは続いているとは聞いている。




 ただ、これは、この国の官吏たる2人の問題でもある。

 私がしゃしゃり出てもいいものか……少し悩んだ。

 でも、公世子様が明日くるって話も聞いてるから、少し探ってみようかと思う。




「2人とも大変だと思うけど、それぞれが乗り越えていかないといけないこと

 だから、私は、何もしてあげられない……

 ごめんね……」

「姫さんが気に病むことじゃないさ!」

「そうですよ!

 そんな体制も含めて、今のローズディアなんですから……

 それを変えていけるよう日々努力は必要だと思ってます!」




 ウィルもセバスも心が強い。

 でも、いつか、折れてしまわないか……心配もしてしまう。




「何はともあれ……

 2人とも、おかえり!

 無事に帰ってきてくれて本当に嬉しいわ!」




 私は、2人にニッコリ笑いかける。




「あぁ、ただいま」

「ただいま戻りました」




 ウィルとセバスも、私に応えるように笑ってくれる。

 その顔を見られただけで、私は、嬉しかった。

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