第102話 初めてのデート

 毒を盛られた翌朝、出かける用意をしていると、ジョージアが部屋に入ってくる。



「アンナ、昨日、倒れたばかりじゃないか!

 今日は、一日、大人しく家にいなさい!」



 出かけようとしている私の姿を見て、また、ジョージアに叱られた。

 ハリーより、過保護なのだ……困る。

 でも、きっと、ハリーだったとして、こんなふうに私を止めるだろうなと思うとクスっと笑ってしまった。



「大丈夫ですよ!公都のお店に行くだけですから……」

「アンナがとても心配なんだ!昨日のこともあるから、しばらくおとなしく……」

「昨日のことがあるからですよ!私は、ジョージア様にも及ぶかもしれない毒を

 使うなんて……いくらなんでも、許せません!

 でも、あおったのが、毒耐性のある私でよかったですね!」



 ジョージアに笑いかけると、まったく……と呆れている。



「毒耐性なんて、アンナはいったいどこでつけたんだ……?

 侯爵家でしかも女性なら、そんな耐性はつけさせないはずだが……」

「もちろん、実家ですよ?王族なら大体してますよね?」



 はぁ……と深いため息をはくジョージアは悩ましげで、とても絵になる。



「ジョージア様って、絵にして残しておきたいくらい綺麗ですね?」

「冗談はそれくらいにしておこうか……アンナリーゼ」



 名前で呼ばれたということは、ジョージアはかなり怒っているのだなと思い、悪ふざけしてしまった私が悪い。



「はい……ごめんなさい」

「素直に謝れることはいいことだな。それにアンナには言ってないけど、俺も毒耐性

 はある」

「そうなのですか?」

「あぁ、小さい頃から少しずつ毒を取り入れてるんだ。だから、心配には及ばないよ」



 真剣な眼差しでこちらを見られると、何も反論できない。

 黙って、ジョージアのトロッとした蜂蜜色の瞳を見つめ返す。



「それで、今日はどこにいくつもりだったんだ?」

「食器を買いに行こうかと思ってました」

「食器だと?」



 毒耐性があるジョージアも知っているはずだ。



「銀の食器です」

「あぁ、なるほど……それなら、商人を呼べばいい。

 わざわざアンナが、店に足を運ばなくても、屋敷に来てくれる」

「それはそうなんですけどね?他にも頼みたいことがあるので……

 それに、さすがに私がお屋敷で用件を言える状況ではないので……」

「そうだな……昨日、命を狙われたんだったな。

 それなら、余計に屋敷の外に行くのは控えてほしいと思うが……」



 曖昧に笑っておく。

 実は、犯人は、わかっている。ただ、今は、証拠もない状況で、断罪なんてできない。

 それに使用人なんて、本当の黒幕に口封じされれば、それ以上調べられなくて終わりなのだ。

 毒を盛った人物にも、見当がついているのだから、生きてもらってないと困る。

 それにまだ、黒幕だろう人は、この屋敷にすら入っていないのだから……と、心の中で呟く。



「一緒に行かれますか?たまには、私と外でデートしませんか?」



 ニコっと笑うと、しかたなさげにしているが、まんざらでも無さそうなジョージア。



「父上に言ってくるよ。あと着替えてくるから、少し待ってて。

 アンナのことだから、歩いて行くんだろ?」

「はーい。大人しく待ってます!」



 準備万端になった私は、ソファにストンと座って待ってますよっとアピールしておく。

 それを見届けて、ジョージアは、部屋を出て行った。



 私、信用ないなぁ……と、少し寂しさを感じたが、まだまだ、私たちの関係はこれから築いていくのだからしかたない。

 フッと頭を過ぎる思いは、見なかったことにする。



 実は、ジョージアと公都へと歩いて出かけたのは、初めてだった。

 生まれたときから公都の屋敷で住んでたという話やお城での夜会の話、最近、ちょこちょこ領地を回っている話などジョージアの話を聞いて、久しぶりにゆっくり話すことができた。



「私たち、どこからどう見ても仲のいいカップルにみえるかな?」



 手を繋いで、ちょっとはしゃいだように歩く私を見守るようにしているジョージア。



「そこの兄妹!このお菓子は、どうだい!」



 公都には出店も出ている。

 呼ばれたが、「そこの兄妹」と言われたので、私たちのこと?と小首をかしげてしまう。



「おじさん、兄妹って私たちのこと?」

「そうだよ!違うのかい?」



 呼び止めたおじさんも私たちを見て首を傾げている。



「僕たち、これでも夫婦だよ?」



 ジョージアの言葉で、おじさんはごめんな……と、慌てて言ってくれる。



「悪かったね。てっきり仲のいい兄妹かと思ったよ。お詫びにほら!」



 そう言って、一つのお菓子を二つにわけて渡してくれる。

 それを、私は、パクっと口に放り込む。



「おじさん!これ、とってもおいしいね!ふわふわしてて、なのに口触りもいいし……!」



 ちょっと声のボリュームを上げて、大袈裟に言うと道行く人がワラワラと寄ってきた。



「嬢ちゃんのおかげだ!これ、持ってきな!」



 気を良くしたおじさんは、私にお菓子の入った紙袋を渡してくれる。



「やった!おじさん!ありがとう!」



 手を振ってその露店を後にする。後ろで繁盛している店を見て微笑む。



「あのお菓子屋のおじさん、繁盛だね!」

「アンナは、いつもあんなことしているのかい?」



 ジョージアもお菓子屋の露店を見ながら、私に問うてくる。

 きっと、ジョージアの経験からかけ離れたことを私がしているのだろう。



「いつもじゃないよ!今日は、たまたまおいしいお菓子をくれたから……」



 はぁ……と深いため息が、隣から聞こえてきた。



「ジョージア様?」

「いや、なんでもないよ。昨日、毒を盛られたばかりなのだから、気を付けて!」

「あっ!今、侯爵家の娘か、疑ったんでしょ!?殿下やハリーと一緒ですね!

 残念ながら、立派に侯爵家の娘ですよ!」



 私は、自分のことを説明していく。聞けば聞くほど、侯爵家の娘には聞こえないだろう……けど、こんな破天荒な娘もなかなかいいよね?とチラッと隣を歩くジョージアを見上げる。



 ふははは…………



 私が、必死に説明をするとジョージアは笑ってくる。

 ツボにはまったようだ。そのまましばらくはまっていればいい。私という底の深いツボに。



 そうこうしているうちにマーラ商会に着いたのであった。

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