第87話 ラストダンス

「殿下、次は私にそのお転婆娘と踊る権利を!」

「……なんか、私に対して失礼じゃない?」

「よいぞ。もう、じゃじゃ馬の相手は疲れたから、ハリーに譲ろう!

 ほれ、行くがよい!」



 殿下は、私をクルっと回しハリーの方へ向かせる。

 すると、優しく微笑んでいるハリーが目の前にいた。

 私は、こみ上げそうなものをグッと押し込め、微笑んだ。


 殿下に背中をポンと押し出される。



「僕と踊ってくれませんか?アンナリーゼ」



 ハリーに名前なんて何年振りに呼ばれたんだろうか?

 そんな優しい声で名前を呼ばないでくれと苦笑いする。



「喜んでお受けします、ヘンリー様!」



 私は、完ぺきな淑女の礼をもってハリーのお誘いに応えた。



 殿下は、私の姿をみて、ダンスホールにいたすべての者を脇へと追い出し、音楽も私が好きなものにするよう殿下自ら指揮者に伝えに行く。




 そして、始まるヘンリーとのラストダンス。



 このホールには、私とハリーの二人しかいない。

 ゆっくり息をして、ハリーへ視線を向けると微笑むハリーと目が合った。

 ハリーもわかっているのだ。これが、私たちに許された最後のダンスなんだと……



「アンナ、殿下は粋なはからいをしてくれたものだね?」

「そうだね!」



 あの雪の日以降、ろくに話もしていないので、私はハリーに対してぎこちない返事しかできない。

 ただ、差し出されたハリーの手を握れば、自然とハリーとの距離に落ち着いている。

 そのことに、私は驚いた。

 あぁ、殿下のいう半身ってこういうことなのかしら?

 殿下や兄ですら、ダンスをするときには距離に戸惑う。

 ジョージアは、私にうまく合わせてくれるのですでに0距離だが、ハリーは自然にぴたりと落ち着くのだ。



「じゃあ、いこうか。僕のお姫様」



 えっ?っとハリーを見ると少し切なそうにしているが、ほかの人にこの微妙な違いがわかるだろうか……?



「はい、私の王子様」



 大事に一歩目を進めた。あとは、流れるような動きになる。

 音楽が鳴り始めた。

 あぁ、これ、ハリーと初めて踊った曲だ。

 曲を聴くだけで、懐かしく、胸の内を暖かくしていく。



「これ、アンナと初めてダンスの練習で踊った曲だね。

 懐かしいな……この曲、アンナはいたく気に入っていたよね?」

「そうね。この曲は、今でも大好きよ。すっと体に馴染むもの!」



 クスクス笑うハリー。



「どうしたの?」

「いや、アンナもかと思って。俺もね、この曲が一番、体に馴染む。

 どんな曲も踊れるんだけどね、やっぱりこれかな?」



 二人の共通点を探せば、きりがない。

 違うところを探す方が難しいのではないかというほど、私たちは同調しているようだ。



「さっきね、殿下にハリーと私は半身だって言われた。今頃、それを感じたわ!」

「半身?」

「そう。もう夫婦ではなくて、半身。双子みたいなものだって」

「なるほどね。そういうものなのかな?俺らって」

「そうみたいね……」



 微笑むハリーから漏れてきたのは、驚きだった。



「じゃあ、お互いへの愛情深いのも納得だなぁ……」

「えっ?」

「殿下から、聞いたんだ……婚約打診のときのこと。何時間も泣いたんだって?」



 王宮の東屋でのことを思い出す。恥ずかしくて、顔から火が噴きそうだ……



「殿下には、秘密って言ったのに!!」

「そう、殿下を責めるな。聞き出したのは、俺だから……

 アンナに命令もせず、王太子妃にしなかったことを不審に思ったんだ。

 あの日、聞いたことを殿下もアンナに聞いたのかって思って」

「殿下には話してない……」

「そうだってね。俺も殿下には話していないよ」

「ありがとう……話さないでくれて……」

「うーん。話さないでいたというか、話せなかったかな?

 アンナがいなくなることなんて、やっぱり俺には許容できなかったからね」



 一層寂しそうな悲しそうな表情をするハリー。

 ダンスの途中で、ふとイリアが目に入った。

 イリアは、私達を見て泣いていた。ハリーのこの微妙な表情に気づいたのだろう。



「今日まで、ずっと考えていたよ……アンナをこのまま手放していいのかどうか。

 でも、答えは出たよ!」



 ハリーへ視線を向けると、苦笑いだ。



「俺は、アンナを手放すよ。

 アンナのあんな幸せそうな顔を見れば、それも仕方ないのかな……と思った。

 それにね、アンナがローズディアへ行ったとしても、俺は、何も変わらない。

 アンナの幼馴染で、1番の理解者であることに。

 だから、いつでも頼ってくれていい。来る日に向けて、陰ながら応援もする。

 もちろん、生まれくるアンナの子供も大事にしよう! 

 だから、ジョージア様のところへ飛んでおいき!

 『僕のお姫様』は、いつまでも、俺だけのものだ!」



 そういって笑ってくれる。

 さっきまでの苦笑いでもなく……ハリーの本当の笑顔だ。



「婚約、おめでとう!」



 ラストダンスの音楽は、もう聞こえてこない。



 終わったのだ……私たちの恋は。



 ハリーに淑女の礼をとり、ハリーは私に最敬礼をしてくれる。




 涙が、溢れてきた。



「ハリー!!ありがとう!!」



 そういって飛びつく私をハリーがしっかり支えてくれる。



「泣いたら、せっかくのお姫様が台無しだな……」

「そんなのいい……!」

「はいはい……」



 優しく頭を撫でてくれる。



「婚約祝い、贈らないとな……」

「とびっきりのお祝い頂戴ね!!

 もう、この国にはなかなか帰ってこれなくなるから……

 たまに、皆のこと思い出したいわ!」

「わかった。アンナにとびっきりを渡そう。

 いつでもトワイスを思い出せるように」



 そういって、私は、ハリーから離れる。



 名残惜しい……とは、もう、言わない。



 私の隣にやってきたジョージアに顔をのぞかれる。



「アンナ。ひどい顔になってるぞ?」

「ジョージア様まで……なんだか、今日は、みんな私に失礼ですよ!!」



 側にやってきたジョージアに涙を拭われ、よしよしと頭を撫でられる。

 小さな子供にでもなったかのようだ……いや、そうなのだろう。

 ハリーと手を繋いで、王都を駆け回っていた頃のような、新たな冒険へ飛び出すような少し不安な気持ちである。



「ハリー、イリアのところへ」

「言われなくても向かうよ。

 ジョージア様、こんなじゃじゃ馬ですが、どうかよろしくお願いします」



 ジョージアに向けて、私を頼むとハリーが頭を下げている。

 ジョージアは、そんなハリーに驚いているようだ。



「ヘンリー殿……あぁ、わかっている!」



 ハリーは、そのまま私たちをダンスホールの真ん中に残し、イリアの側に駆けて行き慰めていた。



「心が痛むか?」



 ジョージアからこぼれた言葉に素直に頷く。



「そうか。では、アンナの心が痛まなくて済むよう、俺の心で君の心の穴を埋め

 られるよう、最大限の努力をしよう!」

「ふふふ、期待しています!」



 涙を拭い、私はジョージアの腕にそっと自分の腕を絡めるのであった。

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