第59話  ハイヒール、返しておいてくれる?

 今日は、どうしても断れないお茶会がある。

 トワイス国公爵家イリア主催のものだった。

 仮病を使って行かないこともできるのけど、ハリーが行くらしいので私もトワイス国の上位貴族として行かないわけにもいかず、仕方なく出席している。

 ハリーに行ってないことがばれると……めちゃくちゃ叱られるのだ。

 すでに経験済みなので、学園で、上位者からのお茶会をすっぽかすことは二度としないと誓ったのである。

 これが、フレイゼン侯爵家としてなら、出席するお茶会を選んでもいいのだが、学園ではのっぴきならない理由がない限り、免除はされない。



 今日は、中庭を使った会場のようで、私のテーブルはどこかしら?と探し歩いていると……あった!会場の入り口付近である。


 ここって、下座よね?

 同じテーブルには、子爵あたりの子たちの名前がプレートに書いてある。

 そこに、どう考えても侯爵令嬢の名前があることが、まず、おかしい。

 それに気づかない侍女やメイドはいないだろうが、そういう命令がされているのだろう。

 イリアもやってくれるわね!と思うが、別に目くじら立てて怒るものでもない。

 いや、本来、怒るべきなのだが……イリアにそれほど、興味がないのだ。

 関わらなくていいなら……それが1番いいに決まっている。


 もうイリアに付き合うのはうんざりだったので、今の席に甘んじておこうと席につく。

 とりあえず、他の子たちが来るのを座って待っていることにした。



「アンナリーゼ様、何故このようなところに?」



 同じテーブルの子爵家の子たちが集まり始めれば、その場はざわつく。



「何故でしょう?私のネームプレートが、ここにあるので、今日は皆さんと

 交流することにしました。私がいてはダメかしら?」



 五人掛けのテーブルにはすでに四人とも集まって来ていて、男女半々であった。

 少し悲しそうに上目使いで問うと、あっさり受け入れられたのでホッとする。



「あの……私、アンナリーゼ様に聞いてみたいことがあったんです!

 なかなかご一緒できる機会がないので、今日はたくさんお話し聞かせてもらえ

 ますか?」



 食い気味に私と話したいと言ってくれるので、私も嬉しい。



「えぇ、もちろんです!せっかく同じテーブルになったのですから、楽しみま

 しょう!」



 四人とも着席してなお、お茶会は、まだ始まっていなかったが先に話始める。



「アンナリーゼ様は、ジョージア様とご一緒に卒業式に出てらっしゃいましたけど、

 とっても素敵でした!お衣装は、ご一緒に作られたのですか?」



 まずは、当たり障りのないところからなのだろう。

 卒業式に出ていたであろう女の子が、興味本位に聞いてくる。



「そうですよ。夏季休暇の前から準備を始めました!

 ジョージア様に合う青を基調にローズディアの薔薇をあしらったドレスがとても

 気に入ったのです。

 実はあのドレス、デザイナーが描いたものにわざわざジョージア様が私に似合う

 ようにとアイデアを加筆してくださったのですよ!」



 えぇーきゃーと可愛らしい声を出している令嬢二人。

 ジョージアの株も上がったようで何よりだ。



「ドレスってどれも一緒に見えてしまいます……」



 その反対に男の子たちが、ドレス一つに何をと不思議そうにしている。



「殿方が、それでは着ている私たちが寂しいですわ。パートナーとして式に出るの

 ですもの。

 似合っているものを着たいですし、パートナーには、可愛いと思ってもらいたい

 もの。

 パートナーをよく見てあげてください。あなたのために、可愛らしく着飾って

 いるのですから!」



 今度は男の子にちょっとお説教ぽいことを言う。

 そうするとチラッと隣の女の子を見ている。

 目ざとく見つけて、私は含み笑いをしておく。

 恥ずかしそうにしている二人が、なんとも可愛らしい。



「じゃあ、じゃあ、デザインを描き直してもらったということは、ジョージア様

 が、アンナリーゼ様を自分色にしたかったってことですの?

 胸のピンクの薔薇以外は、全て青薔薇に統一されてましたよね?」

「そうですね。もともとドレスにはピンクの薔薇はなかったですし、胸の位置も

 薄い水色だったのです。

 私の髪の色がストロベリーピンクでしょ?なので、それに合わせてくれたの

 ですよ。

 ただ、宝飾品全ては、ジョージア様の見立てなので、かなり豪華なものになり

 ました」

「髪飾りもネックレスもピアスも青薔薇で統一されていて、ステキでしたものね。

 ファーストダンスのときも、実は、私見ていたのです。婚約者が卒業生でした

 から……

 お二人が入場された時も相当驚きましたが、ダンスもほんっと素敵でした!」



 私でも褒められると嬉しい。

 普段、褒められ慣れてないので、恥ずかしくなってきた。



「それ、俺も見た!アンナリーゼ様、ホント綺麗でしたよ!

 ジョージア様ともステキなダンスでしたが、やはりヘンリー様とのダンスは、

 また、違う美しさがありましたね!」

「ヘンリー様とのダンスもステキでしたね!!デビューの日を思い出しました。

 お二人は、ほんとに息がぴったりですよね。ステキすぎです!!」



 だんだん、褒められすぎてこそばゆくなってくる。



「ありがとう!ハリーとは幼馴染みだから何をしていても息が合うみたいなの。

 ハリーもダンスはとっても上手だから一緒に踊ってても安心して踊れるわね!」



 ハリーも一緒に褒められて嬉しい。

 周りを見渡せば、もう、そろそろお茶会が始まるようだ。



「あの……アンナリーゼ様は、どちらの方と婚約されるのですか…?」



 おっと、喜んでいたら、核心の質問がきた。

 周りの人も耳を傾けているようだ。



「どちらというと、ジョージア様とハリー?」



 コクコクと頷いている。



「そうね。まだ、わからないかな?ハリーとは婚約できないと思うし、ジョージア

 様もソフィアさんが母国にいるので、私、実は一人ぼっちなのかもって思ってる

 わ……」



 今の時点では、一人だといっておくと何故か周りがざわつく。



「あっ! 殿下はどうです? 殿下も幼馴染みと伺ったことがありますけど……」

「それは、ないよ。家格も違うし、私なわけないでしょ?」



 言われたことを、笑い飛ばしておく。

 殿下との婚約もなくはないのだ……王妃候補の令嬢として、私たちは幼馴染なのだから。

 それは、言わないでおこう。

 楽しいお茶会に水を差す必要はないし、私もこの四人とのお茶会を楽しみたかった。



 後ろから両肩へ急に手が置かれて驚いた。



「アンナは、何故、ここにいるのかな?君の席はあっちだろ?」



 後ろに立っているハリーは、口調は穏やかだが相当怒っている。

 肩に置かれた両手から圧力を感じ取る。

 ハリーは遅れて来たようで、私が入り口付近で、話を盛り上げていることで叱られた。

 貴族には、爵位の順位が重んじられるのだ。



「いいえ、私の席はここでしてよ?ハリー」



 プレートと見せる。

 かなり怒りが籠っているのが、肩に置かれた手にさらに力が入る。



「ヘンリー様、こちらです!」



 イリアがハリーを呼び、下座にいる私を見てほくそ笑んでいるが、ハリーはかなり怒っている。

 笑顔を張り付け怒っているハリーを見抜けるのは私くらいだろう。



「イリア嬢、これは、いったいどういうことなのか教えてくれますか?

 侯爵家であるアンナが、何故下級貴族と一緒なんだ!」

「ハリー、その言い方はどうかと思うわよ?」



 私が一言いうと、怒りの矛先がこちらに向く。

 さすがに私でも本気で怒ったハリーは、怖い……



「アンナ、わかっているのか?」

「わかっているわよ? でも、イリア嬢のおかげでおもしろい時間を過ごせました。

 ね? 楽しくなかった?」



 振り返って四人をみると、口々に楽しかったとかアンナリーゼ様と話せてよかったとか言っている。



「私はそれで、いいわ。

 なかなか、話したい人と話せないのだけど、ありがたいことにこんなチャンスを

 くれたわけだし。イリア嬢、ありがとぉー!!」



 上座に座るイリア嬢にお礼を叫ぶ。

 イリアのいるところから、下座のここまでは距離があるからだ。


 また、それが勘に触ったようだったが、イリアから始めた嫌がらせなので無視だ。

 私には気づかなかったのか、イリアの隣には殿下とメアリーが座っていてこちらを見て驚いていた。



「ハリー、そんなに怒らないで。

 そろそろ、私、行くわ。せっかくのお茶会ですから邪魔したら悪いし」

「だったら、俺も行くよ。これ以上、不愉快な思いはしたくない!」



 私の手を握って、そのままお茶会会場から出て行こうとするハリー。


 もちろん、ハリーのその行動にイリアが私に激怒した。


 手に持っている熱々の紅茶が入っているカップを私に投げたようだ。



「あつっ!」



 背中にティーカップが当たり、振り返るとゆっくり紅茶が背中で染みを作っている。


 お気に入りだったのに……しかも、新品……

 普段なら、流していた嫌がらせもさすがに、私もキレた。

 

 握られていたハリーの手を思いっきり振り払う。

 

 驚いて振り返ったハリーを置いて、私は上座にズンズン歩いていく。

 目の前にカップを投げてくれたイリアがいた。



「あ……アンナ……落ち着け!」



 ハリーの慌てた声が遠くの方で聞こえる。


 そして、目の前で私から逃げようとしているイリア。

 この私が、もちろん逃すわけがない。

 逃げようと振り返った瞬間、イリアの手首を掴む。


 そのまま自分の方に寄せていき、腰のリボンを掴んだ。

 ぐっと力を込めて、体を潜り込ませてイリアをぶん投げる。



 よいしょっと……!



 どぉーん!!!!!



 ……

 …………

 ………………



 と共に、イリアが履いていた片足のハイヒールがヒューっとハリーの前に飛んでいく。



 手をパンパンと払うと紅茶でべったりの背中を気にする私。


 足元で大の字に伸びているのは、トワイス国公爵家の令嬢、イリア。


 そう、私が怒りに任せ、イリアを投げ飛ばしたのだ。

 綺麗にスカートが宙に舞っていただろう。



「あぁーあ、これ、もう、とれないじゃない……!」



 ぶつぶつ文句を言いながら、イリアの横を通り過ぎ、会場の真ん中をツカツカと歩いていく。

 この会場で、動いているのは私だけだった。

 皆、イリアが投げ飛ばされているのを呆然と見ていたのだ。

 今も倒れているイリアを誰一人助け起こそうとするものはいない。


 放心しているのだ。



「はい。ハリー、イリア嬢にハイヒール、返しておいてくれる?」



 ハリーの前まで飛んでいった片方のハイヒールを拾ってハリーの手に渡す。


 渡されたハイヒールを握りつぶし我を取り戻したハリーが、私を追いかけてきた。



「着替えるのだから、ついてこないで!それより、投げ飛ばしちゃったイリア嬢を

 介抱してあげて!」



 それだけ言葉を残し私は、会場を後にしたのだった。

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