第50話 兄の婚約者候補Ⅱ

「ニナ……それほど……」

「お兄様、絆されてどうするのです? ニナを第二夫人に召し上げますか? 」



 私の言葉で兄はぐっとそれ以降の言葉を飲み込んだ。



「ニナ、あなたの心情は……察することはできるわ。

 でも、今後もエリザベスの侍女であり続けることは私が許さない。

 それに、あなたが、ワイズ伯爵に知らされていたのは、ほんの一握りの計画よ。

 その計画にはもう一つ大きな陰謀があった。

 あなたが兄の婚約者になったら、我が家は今ある財産をすっからかんにされるところだったのよ!」

「「「……!?」」」



 ニナの目がさらに見開かれた。



「それは、どういうことなの? アンナリーゼ。

 我が家の財産は、使い切れるほどの物ではないし、旦那様がそのようなこと許すとも……」

「お父様こそが狙い目でしょう。密かに殺されるのではないでしょうか?

 まぁ、このうちはお母様で持っているので倒れはしませんが、長い間、ニナとワイズ伯爵という

 病魔に襲われます。それは、私がここを去った後、顕著になりますよ。

 兄では、気づかないように巧妙に隠されていますから……」



 そこまで言われれば、兄も黙っていないかと思っていたが、意外と黙っている。

 図星なのだろうか……母は、サシャには無理ね……なんて呟いて、頭が痛いとばかりに

 額を押さえて首を振っている。



「それで、お兄様とニナにも今後の選択をしてもらいます。

 まず、お兄様。3つの選択肢です。

 エリザベスの侍女としてそのままニナを雇うか、第二夫人として娶るか、解雇するか。

 さすがに起こってもいないことで罪を負わせることはできないので、解雇が妥当でしょう。

 お兄様が、どれを選ぶかは、出ていく身の私では判断できませんからお任せしますよ。

 次にニナ。そうね、何個か選択肢はあるわ。

 1つ目はこのまま何も知らないエリザベスの侍女を続ける、2つ目は兄の第二夫人、

 3つ目はここを去る、4つ目は私の配下になる、5つ目は他国での婚礼、6つ目はただの解雇。

 他にもあるのかもしれないけど、どれにする?

 さっきも言った通り、1つ目は、私が許すつもりがないけどね!」



 私の選択肢に答えたのは兄だった。



「僕は、エリザベス以外の奥さんは考えられない……ニナには申訳ないけど、エリザベスを大事に

 したいんだ……」

「だ、そうよ?そうすると選択肢の1つ目と2つ目は消えるわね。ゆっくり考えて、時間はあるわ……」



 私たちはニナの選択が終わるまで、ゆっくり待つことにした。

 それが、昼から夕暮れになり夜にかかろうとも。



「皆さま……長らく……お待たせいたしました。お時間をいただき、すみません」

「人の人生がかかっているのだもの。性急に選べと言ったのは私だから待つのも当然よ」



 母も兄も私の言葉に頷いてくれる。

 あれ以降、ただ黙って一緒に待っていてくれたのだ。



「アンナリーゼ様、あの、虫のいい話ですが、他国への婚礼でお願いできるでしょうか……

 できれば、エルドア国でお願いしたいのです。

 ローズディアでは、私はエリザベス様の侍女として知られていますので……」

「わかったわ。そこは、調整しましょう。ニナなら、いい嫁ぎ先があると思います」

「ありがとうございます!!

 アンナリーゼ様、無理を承知で……私をあなた様の配下に加えてください!!」



 なんと!?配下になるかと言ったは言ったが……考えなしで言ったので、ニナのその選択に驚いてしまった。



「私の配下ですか? 構いませんが、私、結構わがままで相当振り回しますよ?」

「はい、ぜひ!!バクラーでの件、お返ししたいと思います。

 私、一度アンナリーゼ様にもお仕えしたいと思っていましたので……」



 ん? どういうこと? 兄だけじゃなく……私にも??なんか、やばい気がする……

 学園でのあれこれを詳細に知っているであろうニナに、ここで学園での話させるわけにはいかない。

 母も同席しているのだから。



「わかりました。エルドア国の方との婚約が決まり次第、エルドアで活動してもらうようにします。

 ニナへの信頼は全くありません。

 ですから、まずは、課題にて私の信用を得られるよう努めてください。

 エルドアの情報も欲しいですからね……私、意外と強欲なのかしら……?」



 ニナから、私の学園でのことを言われる前に口早に話をすすめたおかげで、学園生活の話は回避させたようだ。

 はぁ……と、ため息をつく。

 母に知られれば、破滅するのは私で母に叱られるのは必須なのだ。



「何を今さら……アンナは、欲の塊じゃないか?

 知りたい、遊びたい、手に入れたい。

 そこに優秀な人間を誑しこむからなんでも欲のまま手に入れているだろ……」



 兄は、強欲だと自覚がないのかと私を見ている。



「そんな事ないですよ!私だって、我慢もすれば、諦めることだってしますから!!」



 反論するが、母からはため息が漏れ聞こえ、兄からは冷ややかな視線送られ、ニナは我関せずだ……

 私、欲しいものは、兄に言わせれば、結構手に入れてきているようだ。

 『予知夢』と努力の賜物だと思うのだが、ほめられないのはなぜだろう……?


 私も大きく息を吐く。



「では、ニナの処遇はこちらで対処します。

 しばらくは、領地へ行ってお嬢様として磨き上げてきてくれるかしら?

 ちょっと、雇われ感が出てるからそういうのは一蹴しないと、いい縁談がまとまらないわ!」



 どこのお節介ばばあだ……と思いながら、これは両親が動いてくれそうかな? とチラッと母を見ると頷いてくれる。

 憎からず、息子を思ってくれた女の子を放り出したりはしないだろう。

 娘の配下にもなると言ったのだ……大事な身内として扱ってくれるに違いない。



「ニナの所作等に関しては、お母様にお願いしてもかまいませんか?」



 尋ねると力強く頷いてくれる。これは、とても頼もしい。

 あと、母に任せるということは、ニナも短期間でいろいろ叩き込まれるに違いない。

 想像をしただけで、体がブルっと震える。



「では、とりあえず、エリザベスに挨拶してきて。すぐ出立しなさい」



 私の指示通り、ニナがエリザベスの部屋へ挨拶に行く。

 兄も付き添うらしい、一緒に部屋を出ていった。

 残された母と一緒に、ニナの今後について軽く話しをする。



「私が『予知夢』で見たのは、ニナが伯爵令嬢となり兄と婚約する、そして、伯爵に操られたニナが

 我が家を蝕んでいくというくらいでした。今の選択は、夢にも思わなかった選択です……」



 母が話すにニナは1年くらい教育をしないといけないので他所には出せないと言われた。

 でも、それで構わない。

 行き遅れと言われようと、素敵な令嬢になれば、引手あまたなのだ。


 1年後、私と一緒に他国へ向かえればいいのだ……それに、まだまだ、ニナは若いのだ。

 私と違い未来も長い。

 1年くらい回り道をしても、幸せになれるなら、それほど回り道でもないどろうと私は思う。




 ◆◇◆◇◆




 領地のお屋敷へニナの紹介状を書く。

 ちょうど書き終わったころに、扉がノックされる。



「どうぞ、入って」



 母が声をかけると、部屋に入ってきたのはニナとエリザベスだった。



「お義母様、ニナの話を聞きました……どうしても、この家では雇えないと……

 どうしてもだめでしょうか……?私にとって、侍女である前に無二の友なのです!」



 事情をしらないエリザベスは母に懇願する。



「エリザベス、気持ちはわかります。ニナとよく話し合った結果です。受け入れてください。

 遠く離れることになっても、ニナはニナです。エリザベスは、友人の幸せを願わないのですか?」



 私は、エリザベスに言い放つと、くってかかってこようとする。

 それをニナが止める。



「エリザベス様、私は、罪を犯しました。あなたをワイズ伯爵に売ったのは私です」



 知らされてなかったのだろう、エリザベスは驚愕した。

 そして、ニナを睨みつける。



「私は、浅はかだったのです。それをアンナリーゼ様は助けてくれました。

 今度こそ、仕える主を違わず、一人の人間として幸せをつかみたいのです。

 それを手助けしてくださるとおっしゃいました。こんな罪を犯した私をです。

 エリザベス様、許してほしいとは言いません。なので、手放してください」



 ニナがエリザベスに語ることが真実だが、大雑把な真実だった。



「わかったわ……ニナが皆様に迷惑をかけていたのね……大変申し訳ございません」



 エリザベスは謝罪してくる。



「私は、私たちはエリザベスの謝罪は受け取りません。

 あなたも被害者だったのだから……それにもう解決したこと。

 そして、新しい未来を見据えたニナを私たちは支援したいのよ。

 だから、エリザベスに謝られると困るの」



 はいっとニナに手紙を渡す。



「これを持っていけば、屋敷に入れてもらえるわ。頑張りなさい」



 私は、ニナに激励をいうとありがとうございますと返事が返ってきた。



 もう遅い時間ではあったが、いつまでいても別れがたいので……と、ニナは、自分の荷物を持って屋敷から領地への馬車に乗り去っていくのであった。

 また一人、優秀な従者が私の配下に入った。

 今は、まだ、信用にたるかわからないけど、これから鍛えていくのだ。

 きっと、いい協力者になってくれるだろう。

 これは、素敵な旦那様を選ばなくてわ!!と気合が入るのであった。

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