第41話 卒業式の前日

「アンナ、明日の卒業式はいくのか?」



 殿下に問われるが、普通に考えて兄の卒業式でもあるので行くに決まっている。

 下級生が卒業式に参加するには、家族が卒業する場合か、卒業生のパートナーとして行くことになる。

 見栄を張りたい貴族は、そういうの関係なしに参加しようとするのだけど……殿下は公務、ハリーは殿下のお付きで参加することになっている。

 ちなみに、去年は免除されたらしい。



「兄の卒業式ですから、当然行きますよ?」



 いつものように学園のカフェテリアで昼食とっているところだったが、一瞬周りが静かになった気がする。



「それじゃあ、アンナのエスコート役が必要だと思うが、私が--」



 殿下が話終える前に断らないと何かとても厄介な気がする。

 上位者の話は途中で遮るものではないし、断るのもダメなんだけど……幼馴染みのよしみだ。



「殿下、私のことは構わないでください。すでにエスコートの相手なら決まってますし……」



 私の後ろの方であちこちからため息が聞こえてきた。

 そして、視線を感じて周りを見回したが、あちこちから睨まれているのは、隣に座っているハリーだった。



「ハリーまさか……」

「殿下! 何をおっしゃりたいのかわかりますけど、僕じゃないですよ!」



 さすがにあちこちからの視線を感じたのか、ハリーはすぐに否定をしている。

 ハリーの返事を聞いて殿下を始め、じゃあいったい誰なんだ!とざわめき始めた。

 ざわめいているが、私のエスコートは、そんなに大事なのだろうか……?

 他にも令嬢はたくさんいるのだから、みな、私のことを気にしすぎではないかといつも思う。



「だいたい、殿下もアンナを誘うならもっと早くに誘うべきじゃないですか?

 女性にはこういう公式な式典に出るには、たくさん準備があるんですからね。

 前日に誘うって、殿下は、全くアンナのことなんて考えてないでしょ?」



 おぉー女の子の準備の何たるかをわかってるね!ハリーカッコいいね!さすがだよ!と感心して心の中で拍手してしまう。



 実のところ、サンストーン家からは、夏季休暇が終わった時点で、卒業式のパートナーの打診があったのだ……

 すでに相手は決まっていると父が宰相に断ってくれたらしい。

 父は相手のことを伏せてくれていたようで、当日まで、知っているのは当人と家族、あとはエリザベス、勘のよかったニコライだけだ。



「もってことは、ハリー?抜け駆けしたのか?」



 その言葉に、また、ハリーに視線が集まっている。

 そして、もう一つ違う動きをしている人たちがいた。

 うん。第3の勢力と言っていい、その人達も事前に申し込んで玉砕されたらしい。

 母からも卒業式のエスコートの打診来てるけどと聞いていた。

 まさか、新学年が始まった時点で、私の相手が決まっていたとは誰も思うまい。



「抜け駆けって、殿下。そういうのを根回しっていうんです。

 目先のことを為すためには、影で動いて当たり前じゃないですか?

 僕以外にも他にもいるようですね。断られた方々が……」



 なに?!と、殿下は周りを睨む。

 私も釣られて見たところ、うん、下向いているのがまさに影の努力をした人だろう。

 何人かは、両親から聞いた名前の人物だった。



「それで、誰と行くのだ?それくらい聞く権利はあると思うのだが……」

「そんな権利、殿下にはないです。あるのは両親だけですよ?」



 とにかく、殿下には、言わない、関わらない。

 今日、面倒を起こされては、せっかくの計画が元も子もないないのだ。

『赤薔薇の称号』のためにジョージアと念入りに夏から準備をしてきたのだから。



「むっ!アンナ、自国の者の動向を知るのも私の務めであるぞ?」



 もっともそうな話をして、私から情報を引き抜こうとする。

 でも、まだまだ、殿下は甘い。



「務めなら、調べればよろしいではないですか?

 優秀な情報収集能力も王になるなら必要不可欠ですよ?

 与えられた情報の中でぬくぬくとしていては、いつか、臣下にそっぽむかれますよ!」

「アンナ、ちょっと言い過ぎだ……

 殿下もアンナのことを心配して言っているのだから、そこは汲み取って差し上げろ……」



 ハリーが話に割って入ってきた。

 殿下の臣下筆頭となるのはハリーだ。

 だから、私を嗜めるが、引っ込むわけにはいかない。



「ハリー、それじゃあ、殿下が王という名のただのお飾りになってしまうわ。

 それでは、国民が困るのよ。

 王が自ら考え、独自に情報収集をする。

 例え臣下が、情報収集をしてきたとしても裏付けができるくらいの手持ちは

 必要だといっているのよ。

 臣下は、自身の益のために嘘をつくこともある。

 国事を判断するには、それなりの情報操作もできるくらい情報通でなければ、

 臣下への抑止力にはならないのよ?」



 自分が蒔いた種とはいえ、殿下はまさかのとばっちりである。

 殿下は、私の言葉を聞いて伏せっていく。



「ハリー、あなたも独自に情報収集をするための人材は囲っているでしょ?」



 さらにとばっちりがハリーへ向く。



 こんな誰かれが聞いているかわからないところで、宰相候補には情報収集を専門とする者たちを囲っていると言われたら、焦る気持ちもあるだろう。

 そして、それは、私の相手が誰かを突き止められていない時点であんまり優秀でないと思われる。



「ハリー、私の相手が誰なのか、まだ、わかってないのでしょ?」



 図星を言われたので、ハリーは黙ってしまった。



「お父様から、与えてもらう者でなく、自分で子飼いするべきだと思うけど、

 それには、ハリーの実力も伴わないと何にもならないわ。

 もっと努力するべきね!」

「アンナ……君の情報網はいったいどうなっているんだ?」



 殿下に問われるが、明かさない。



「どうと申しますと? 私は所詮、侯爵家の人間。

 当主にはなれませんが、それでも貴族社会を生きるのに必要な努力は惜しみませんよ?

 ただ、それだけです」



 明日の準備があるのでと、席を立つ。



 盗み聞きしていたのだろう、立った瞬間にみなが自分の皿に視線を落とす。

 まだ、皿の上に食べ物が乗っているならまだしも、空の皿を見つめている者もいて、滑稽であった。



「あっ! そうそう。明日、うちの兄はとっても素敵な卒業式になると浮かれているので、水を差すようなことだけはしないでくださいね?」



 振り返って、笑顔で殿下とハリーを脅しておく。

 これで誰も邪魔はしないだろう。




◆◇◆◇◆




 後日譚だが、兄は卒業後、殿下の側近となった。

 この日の私の立ち振る舞いを知って、殿下とハリーに平謝りだったらしい。

 別にそんなことしなくてもいいのに……悪いのは、もっと早くに誘わなかった殿下とハリーなのだから……と兄に言ったのだが、このときばかりは、珍しく私は兄に叱られたのである。

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