第19話 招待状

「アンナ、入るよ」




 ノックもしないで寮の部屋に入ってくるのは、兄である。

 残念ながら、兄しかいない。




「ノックくらいした方がいいと思いますよ?」




 前回のお茶会で約束した通りの時間にきた兄を睨む。




「そうは、言ってもねぇ……」

「私だけであれば問題ないですが、他にお客様がいれば失礼になりますからね。

 しっかりしてください」




 うっと呻いて、兄はすまんと言う。

 すまんと言っても直らないだろう。

 相変わらず、お菓子を手土産に持ってきてくれたので、この前、アンバー領の子にもらった紅茶を出すことにした。




「それはいいですが、お話できましたか?

 私のほうは、ちゃんとできましたよ!」

「もちろんだよ。この前のお茶会の帰りにばったり会ったんだ。

 そのまま話をしたよ。

 日にちは、どの日でも大丈夫だって」

「そうですか。こちらもいつでも大丈夫です。

 では、日にちは、どうしますか?」




 兄と顔を見合わせながら、話をつめていく。



 入れたばかりの紅茶に舌鼓している兄は、満足気だ。

 私も一口含んだが、香りがふわっと顔を包むかの如くいいのだ。

 味も申し分なかった。




「明後日でも、家の方の準備は大丈夫だけど、性急すぎるかしら?

 でも、本人たちにも日にちを伝えてあるから大丈夫だと思うけど……

 真ん中の日にしましょうか?

 こちらもゆっくり準備ができるし、相手も余裕できるものね!」

「そうだね、そうしよう。

 では、招待状を書こうか。

 ついでに、ここで書いてもいいかい?」




 私は頷くと、便箋とペンをもって兄の前の机に置く。




「この便箋に書くの……? なんか、ものすごく女の子っぽいよ? 」

「あ……そうですね。

 それだと、そうですね。

 ちょっと待ってください。

 こちらの方がいいかな……? 」



 薄い水色の便箋を兄に渡すと先ほどと違い満足そうだ。

 私は、兄から私の花柄の便箋を受け取るとそこに招待状を書いていく。

 こういうのも、実は自分で書かなくても普通は侍女が代筆してくれるものなのだが、せっせと侯爵家の兄妹二人は書いていく。




「できた! 渾身の出来だな!」

「お兄様? 見せてください! 」




 できた招待状を見せろと無言の脅迫をしてみたが、兄はとっとと封をしてしまった。

 なんてことだ……確認ができない。




「アンナのほうはできたかい? みせて……」




 私は腹いせに近寄ってくる兄の脛を思いっきり蹴とばしてやる。

 さっきのお返しだ。

 そして、めちゃくちゃ痛かったのだろう、脛を押さえながら床に転がっている。




「私もできました。では、お互いもう相手先に持っていきましょうか? 」




 床で悶絶して転がっている兄を先に部屋から追い出す。

 兄は、私が誰に書いた招待状か確認したかったのだろう。

 でも、当日まで見せませんよと思いながら、悪い笑みを浮かべる私を見て、しぶしぶ帰っていった。



 兄を部屋から出してから1時間ほどは、部屋で大人しくお茶を楽しんでいた。

 兄からもらったお菓子も甘さがちょうどよく、紅茶にあい、かなりおいしい。

 いつも思うが、いったいどこから仕入れてくるのか持ってくるお菓子は絶品だ。

 有名どころのものだったり、名前も知らないお店のだったりする。

 今日も2袋もらったので、1袋はエリザベスのお土産に持っていこうと思う。



 そろそろ行動開始!



 いつものように、エリザベスの部屋をノックすると、侍女のニナが出てくれる。




「アンナリーゼ様、ようこそおこしくださいました」




 ありがとうと中に入ると、思い悩むエリザベスが目に入った。




「ごきげんよう、エリザベス。何かありましたか? 」




 エリザベスも声をかけられたことで、こちらへ顔を向ける。

 私だと気づくと、さっきまでの欝々とした悩んでいますという表情が一変する。




「ごきげんよう、アンナ。何もないわ。どうぞ、かけて」




 客用の席を進められるので、私はソファに座る。

 そして、いつものように兄からのお菓子をニナに渡す。

 正面に座るエリザベスは、さっきの印象からか今も少し変な感じがする。




「エリザベス……やっぱり少し変よ? 何かあったの?」




 エリザベスは、横に首を振るばかりで特に何もないというだけである。

 これ以上、しつこく聞くのは失礼だと思ったので、心待ちにしているだろう本題に入ることにした。




「そう。何かあったら頼って。

 私、本当にあなたのことを姉だと慕っているのだから。

 それと、これ、我が家への招待状。

 翌週の休日にさせてもらったけど、大丈夫かしら?」

「ありがとう。伺わせていただくわ。

 手土産は何がいいかしら?

 お好みに合うものがいいと思うから、教えてもらえると嬉しいわ」




 エリザベスにお土産の話をされ、うーんと考える。

 ここで、これと言ってしまえば、催促しているような気持になってきた。

 でも、ここは、エリザベスの株を上げるべきだ。




「そうね。もし、可能なら、ニナのお菓子が食べたいわ! ! お願いできる?」




 お茶を用意してくれているニナに問うと、エリザベスに目配せしている。

 そこに追随しておく。




「それ以外は、受け付けません。なんなら、エリザベスの作ったお菓子でもいいわよ!!」




 そこまで言えば脅迫だ……二人が仕方ないという風に私を見てため息をついている。




「わかったわ。私とニナの合作で作りましょう。

 持っていくのは、当日の楽しみにしていて!」




 エリザベスから言質はとった。

 兄へのお菓子は、エリザベスのお菓子、これに決定だ。




「ありがとう。楽しみにしているわ。

 そうそう、当日なのだけど……兄の時間とは、少し時間をずらしたの。

 まずは、本当に私とのお茶会を楽しんでくれると嬉しいのだけど……」




 緊張をほぐすという意味で私とのお茶会をセッティングしたのだが、反応はどうだろう。




「ありがとう!!もう、当日どうしようかものすごく悩んでたの……

 話題とか、何にしたらいいのかしら……?

 大混乱してたから、アンナのその気遣いはとても嬉しいわ!!」




 そういってくれれば、こちらとしても嬉しい。

 そして、あの兄に緊張するのか……とも思ってしまう。

 私からしたら、頭でっかちなだけで、そんなに魅力溢れるとは言い難い。

 でも、結構隠れファンはいるらしい……

 たまに、「サシャ様は……」と好きなものを聞いてくる令嬢もいるのだ。

 いやはや、物好きだ。

 もちろん、目の前にいるエリザベスもだけど……




「兄は、基本的に博識だと思うからなんでも話題になるかな?

 でも、お菓子についてはいろいろ知りたいみたい。

 ここにも持ってくるけど、いろいろなお菓子の店を回っているみたいだから……

 あとは、そうね。恋愛系の話はからっきしダメだね。

 でも、他はなんでも話できると思うから、無茶難題も言ってみてよ!」

「妹のアンナに親身になってもらえて、私は本当に心強いわ……

 他の方達は、ご自分で知恵を絞ってらっしゃるのに……私ったら、ずるをしているみたい……」

「そんなことないわよ。

 私がエリザベスを気に入っているのだもの。

 ずるだなんて言わないで。私が協力したいの。

 エリザベスにもだけど、兄に対してもね!」




 二人でクスクスと笑い、その後も少し別の話で盛り上がる。

 こんな風に未来でもお茶会を開けているといいなと私は思う。




「それじゃ、来訪を楽しみにしているわ!」




 エリザベスとの時間をたっぷり楽しんで、部屋を後にした。

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