第四章 マロウブルーと七夕風ゼリー

はじめに

 もうすぐ七夕である。俺は街の七夕祭の手伝いをしていた。数週間前に、遊佐ゆささんと祭先輩がとある依頼の対価として請け負うこととなったのだ。とはいえ、その依頼――美津さんへの依頼と対価では見合わないとかで、ハインリヒやら聊斎リョウサイさんは大変不服そうだという。とはいえ、街の一大イベントの一つであり、人手が足りないということで自然と俺も手伝うことになったのだ。なので、商店街とそこから少し離れたところは普段より賑わっている。

 美津さんは美津さんで、喫茶店の方で七夕限定のスウィーツを出店に出すと張り切っていた。


「遊佐くん、祭くん、隠岐おきくん、休憩しても良いよ~」


 七夕祭を取り仕切っている壮年の男性が、俺たちに手を振っている。するとそれを聞きつけた町内会のマダムたちが一斉にわらわらと寄ってくるのだ。そうすると、腕いっぱいにお菓子やらペットボトル飲料やらを持たされる。そして、「持って帰りな」とにこにこといい笑顔で言われる。

 今日もそれは同じで、俺たちは苦笑をして顔を見合わせた。


「相変わらず、この量は消費しきれそうにないね」


 祭先輩が「よいしょっ」と腕いっぱいの物ものを抱えなおし、ため息をついた。遊佐さんも思った以上の量に毎回のごとく感嘆に表情を染める。


「あれ、お茶は持ってこなくてもよさそうでしたね」


 いつの間にか美津さんがお盆をもってこちらに近づいてきていた。少し大きめのポットと、五、六個のカップが載せられている。ついでに、彼女の背後に見たことのない青年がいた。


「だから言っただろ、みぞれは手伝いに行かなくていいんだって」


 その青年は美津さんの後頭部を軽く小突き、ため息をついた。


「吹雪」

「お、祭、相変わらず小さいな」


 吹雪と呼ばれた青年は、歯を見せてにかっと笑い祭先輩の頭をぐしゃぐしゃに撫でつけた。それから、遊佐さんにも親しく挨拶をしていた。俺は美津さんに誰かと視線を向けると、それに気づいた吹雪さんは俺を見て自己紹介をしてくれた。


「お前、見ない顔だな。おれは美津吹雪21歳、霙のお兄ちゃんだ」

「あ、はぁ……。俺は隠岐 左京さきょうです。四月に越してきました」

「あぁ、だからか。おれも兄貴も県外だから、こういうの知らないんだよな」


 吹雪さんは印象の良い白い歯を見せ、はにかんだ。美津さんのどこか穏やかそうな部分に、野性味というか、香辛料を足したような印象だ。

 とはいえ、どこか美津さんへの過保護なまでのガードが敷かれているような感じがする。なんというか、これ以上妹に近づくなと言わんばかりの感情が、瞳の奥にぎらついているのだ。


「吹雪お兄さん、良いんですか? 提出の近いレポートがあるのでしょう?」

「ぅげ、そういうこと言わないでくれよ、霙ぇ」


 吹雪さんは美津さんの指摘にさっと顔を青ざめさせ、喫茶店の方向へ一目散にかけていく。


「珍しいですね、吹雪がこんな時期に戻ってくるのは」


 遊佐さんが吹雪さんの後姿を見ながら、美津さんに同意を求めた。美津さんは苦笑しつつ、頷いた。


「遊佐さんは、彼と知り合いなんですか?」


 さっきまでの様子を見るに、遊佐さんにした思想に挨拶をしていた吹雪さんは知り合いのように見えた。少なからず、この街の同年代が顔を合わせない方が珍しいのかもしれない。すると、遊佐さんは頷いた。


「そうですね。私と彼は同級生ですから、顔は知っていますよ。とはいえ、彼やその

 兄はどこにいても中心的人物だったので、近づきがたい印象がありますね」

「ふーん、そうなんですか……」

「でも、吹雪はマシな方だよ。フレンドリーだし」


 美津さんを挟み、こういう会話をしてもよいのだろうかとふと気が付く。しかし、美津さんはお構いなしに持ってきたポットの中身を町内会のマダムたちにふるまっていた。あれが、七夕祭で出す商品なのだろうか。ふと首をかしげながら、俺はそのマダムたちから受け取ったペットボトルのお茶を一口飲んだ。ペットボトルのお茶独特の、強い苦みが口の中に広がり、一瞬だけ口をすぼめた。

 

「まぁ、霙が一番安全かな。しっかりしてるし、話を聞いてくれっ、痛っ……、なん

 か降ってきたんだけど」


 商店街のアーチ状の屋根から出た瞬間、先頭にいた祭先輩がしゃべることをやめ、頭の上に腕をかざした。俺たちは、なにか振ってきたという先輩に首を傾げ、空を見上げた。

 口がひらっきぱなしになるくらいの衝撃がそこにあった。

 空から、雨とともにキラキラとした小さな粒が降ってくるではないか。淡い紫、薄桃色、レモン色、空色、薄緑色それらが空から現れ、こつこつと地面にぶつかってゆく。


「霙ー‼ こっち来てー‼」 


 この異常現象に、いち早く声を上げたのは祭先輩だった。美津さんはすぐにこちらへ駆けつけてくれた。そして、この空の異常を伝えると彼女は空を眺め、にこりと微笑んだ。


「この粒はおそらく、普通の人には見えてないものですよ。さて、もうそんな時期で

 すか。とりあえず、これらは拾いましょうか」


 美津さんはしゃがみ、小さな粒をつまんだ。


「これは?」

「とある方が雨と共に、雨を降らしただけです。幼いころ、私が差し上げた金平糖が

 お気に召したようで何よりです」


 確かに、飴玉とはまた違いでこぼこのいびつな粒だ。ただ、ほんのりと色ごとに香りが違う。


「とあるお方とは、どちら様でしょうか?」


 遊佐さんが首を傾げつつ、地面をころころ転がっていく金平糖を拾っていた。ハインリヒは、裾の広い服の端をもって、それを手伝っているようだった。その中にはずっしりと色鮮やかな金平糖が入っていた。


「喫茶店で、待たれているかと思いますよ。一緒にこられますか?」


 美津さんが喫茶店の方向を指し示す。

 俺たちは、少しの不安と大きな好奇心を持って、そろって頷いた。すると、美津さんは微笑んで、「なら、今日の準備が終わった後、待ってますね」と踵をひるがえし、喫茶店の方向へ駆けて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る