第十一話

 祭先輩が急いだ様子で喫茶店へきて、それまでの経緯を報告し合った。

 それに関して、優造さんのことを話さねばならなかった。もちろん、遊佐ゆささんと先輩の反応はよくはなかった。二人とも少なからず、ショックを受けていることに変わりはなかった。ただ、それを聞いていたハルジオンさんは特に気にも留めずお茶をすすっていた。


「そ、そんなこと聞いてないよ……」


 祭先輩が美津さんや遊佐さんに言う。


「それは、私も初めて知りました」

「……私も初めて云いましたよ。少なからず、少ない情報で繋げた結果の事実ですか

 ら」

「じゃあ、みぞれの推測でしかないんじゃ……」


 美津さんの肩をつかみ、「冗談言わないでよ」と祭先輩は縋り付かんばかりに言った。美津さんはこれと言った表情を浮かべず、「事実です」と淡々と口にした。それにいまだにショックを受けているであろう祭先輩とは反対に、遊佐さんは苦しそうにも呑み込もうとしているようだった。


「……なんで、霙さんはそれを知っていたのですか?」


 当然の質問だった。

 それを聞かれ、美津さんは答えに悩む様子だった。はらはらとした様子で、ハインリヒが彼女に視線を送っている。しかし、ハインリヒからこの話を聞いてはいないのだ。

 しかし、このタイミングで呼び戻された人がいた。聊斎リョウサイさんだ。遊佐さんが祭先輩を呼び出していた頃、同じように美津さんは聊斎さんを呼び出していたのだ。


「はぁはぁ、急ぎってなんだ嬢……」


 急いで駆け付けたのだろう。肩で息をして、息が荒くなっていた。


「はぁ、遅いですよ」

「そんな、冷たいな。嬢、ずいぶんと勢揃いだが厄介ごとでも起こったか?」


 カンカン帽を取り、聊斎さんは微笑んだ。

 ハインリヒが、そんな彼を見つめて苦しそうに眉を寄せた。そんなハインリヒを見て、遊佐さんはどうしたのかと首をかしげる。


「今にも堕ちそうな顔をしているな。救いがなくなるぞ」


 ハインリヒを見つめ、聊斎さんがそう告げた。それを怪訝に思ったらしい遊佐さんは、ハインリヒをかばうように彼の肩を引き寄せた。それをどこか懐かしそうに見つめる聊斎さん。

 

「……聊斎さん、とりあえず座ってください」


 いまだ立ち尽くしたままの聊斎さんに美津さんが指示をする。聊斎さんはしぶしぶと椅子に座り、ふうと息をついた。


「あの、この方はどなたなんでしょう? 夕方、一度お目にかかりましたが……」

「俺は、お前の母親の知り合いだ。人間ではないが、少なからず向こうが相談事をし

 てくるくらいには話していた。お前とは、おそらく一歳半くらいのころまで会って

 いた。その天使とも、何度か話したか……」

「私の母の……?」


 聊斎さんは、遊佐さんに遊佐さんの母親の面影でも重ねているのか、嬉しそうとも寂しそうとも取れる表情をした。遊佐さんは実感が湧かないのか、首をかしげて眉を寄せている。


「ま、この話はあとにしよう。嬢、神父の件はどうする。ぐずぐずしてたら、結界が

 破られる状況にでもなったのではないのか?」

「……場合によっては、ありうる話ですね」


 遊佐さんから話をそらしたかったらしい。聊斎さんは、美津さんに視線を移した。美津さんもその意図をくみ取ったのか、遊佐さんに一瞬だけ視線をやってから答えた。――しかし、結界が破られる状況とは。さっきは、おそらく大丈夫だろうといっていたが、そういう訳にもいかなくなったのだろうか。

 すると、美津さんが説明してくれた。


「おそらく、優造さんに憑いている方は優造さんの精気を吸って力を増しているんだ

 と思います。結界は、外側からの力に強いですが、実は内側からの攻撃に弱い。…

 …ので、遊佐さんの話を聞く限りでは、結界はすでに破られているか、その寸前で

 しょうね」


 美津さんの説明に、遊佐さんやハインリヒが黙った。

 

「それは、どうにかならないのですか?」


 遊佐さんの質問に、美津さんが瞬きをした。ゆっくりと――。

 遊佐さんは彼女からの答えを求めてるようだったが、それに答えたのは聊斎さんでも、ハインリヒでもなく、ハルジオンさんだった。


「なる」

「な、っなら……」

「だが、お前は何を対価に差し出せようか?」


 ハルジオンさんの言葉に遊佐さんがぎゅっとこぶしを握った。

 

「霙なら、これくらい何とでもできよう。だが、こいつは便利屋じゃない」

「ハルジオン」

「基本的に快く依頼を受けるが、今回は違う。一人の命がかかっている。お前は、そ

 れを阻止したいと言う。それにお前は何を差し出せる」

「……それは」


 ハルジオンさんを一度止めた美津さんも、構わず彼はつづけた。責め立てるような口調に遊佐さんは少し委縮して、視線を落とした。これには聊斎さんも口を出せないと言ったふうに、視線を向けた俺に首を振って見せた。


「お前も甘すぎるぞ、霙。お前の両親でも、対価は絶対だったぞ」

「……」


 小言めいたことを話すハルジオンさんに、美津さんは苦笑を返した。

 そして、聊斎さんとハインリヒ以外不思議に思ったのだろう、遊佐さんも祭先輩も俺も首を傾げた。

 ――お前の両親でも。

 過去形。まるで、もうこの世には存在しないような口ぶりだ。


「ねぇ、白いお兄さん、それってどういうこと? 霙の両親は」


 祭先輩の問いかけに、ハルジオンさんが美津さんに視線を移した。

 

「ふん、お前らに教える筋合いはない。霙が教える気はないらしいからな」

「は? なにそれ」

「……まぁ、俺でも聞かぬことをお勧めするな」


 ハルジオンさんも、聊斎さんも知っているようだった。だが、教える気は毛頭ないらしい。俺たちの視線は美津さんに集まった。


「私も教えるつもりはないですよ。この話が聞きたければ、対価が必要ですから」


 美津さんは人差し指を口元に当てて、ニコリと微笑んだ。

 

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